おでかけ Feed

2017年11月 3日 (金)

只今、水泳中毒中

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 イエスとノウは短くふたつにひとつ、余計なコメントには嘘が含まれる。イエスだけど、ノウだけどとは……ノウでない分むろんイエスではない。どっちつかずの答えの長い言い訳の先には、残念な意味すらある。まあ仕方がない時はそんな物だ。
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「そんなに泳いで、夜、痛み出さないか?」身障の男に聞きかれる。私は笑って首を振る。嘘をいうつもりもないが答えはイエスであり同時にノウだ。正確になんて言えない。聞くな、言葉で何か通じるなんて思えない。私ならたった今、スイマーズハイの最中だ。
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 もう1000m泳ぎたい。いや出来ることなら2000m、泳ぎ着くこの先には何もない。プールの中という、いつものココがあるだけ……米国のデンバーでは5万人マリファナ集会があるという。フリーのイベントに、行けば無料のマリファナが手渡される。
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 映画評論の町山智弘さんは、その取材に行くという。合法化されたとしてもマリファナが身障対策になる訳ではない。だが意図して水泳中毒になれば、やり過ぎという冷静な意識は冷め、まあいいではないか。良いは悪い、悪いが良いという事だってある……私が私をだます事だって。
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 素面でクルマで夕暮れを走れば、急激な冬に空気は冷える。この先は夜……こみ上げてくる眠気に負けないよう家路につく。部屋でエレパルスをかけフットマッサージャーをかけ、それからロキソニンテープをはりつけ、痛み止めも少し飲む。程度はともかく眠れば間違いなく痛む。
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 痛みその物はたいした事はないが、それは古い記憶につながる。発病時の記憶は悪い夢になって蘇る。症状が最悪化した時のこと……悪夢は足首から膝に向かい太腿へ、肩の辺りから別の生物が侵入してヤアとばかりに笑いかける。馴染んだ痛みだが不気味で好きにはなれない。
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 マリファナのように外から入れた薬物と、脳内で生育した物質では違うとされる。危機を免れるために危険物質を分泌する……人体のメカニズムについては確かな事を私は知らない。リハビリについて身障者仲間は否定的、冒頭に書いた人の意見が代表的です。
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 地震後、公的なプールがすべて閉鎖された。インストラクターは私営に行ったという。私はただイライラしながらコーヒーを飲んだ。苛立ちにはアルコールやニコチンのような強い禁断症状はないが、それでも水泳は中毒する。中毒感を取り込む。
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 スポーツは健全な趣味という。リハビリにスポーツを取り込んでいる。私の試みも健全なはずです。マリファナは米国のデンバーでは合法だが。むろん日本では禁止されている。薄い中毒性を逆手に取って、私は障害から自由に向かおうとして一度は失敗した。
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 もう1000m泳ぎたい。いや出来ることなら2000m、泳ぎ着く先には何もない。プールの中という、いつものココがあるだけ……少しだけ自由に歩かせろ。2,400m泳いだあとの水中歩行に、誰か私に話かける。あの身障の男ならもう返事はしない。
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 いや女性だ。時々見かける人で「どれだけ泳いだか」を聞いている。疲れているのか治療薬の副作用か、女性の声は音楽のように聞こえて意味は聞き取れない。水に、いや水泳に酔ったように私はちょっとだけ危ない。
――2キロです。
実際は2キロ400だが、400は勝手に四捨してしまう。健常な彼女にとって大差はない。
「わたしも2キロ、泳ぎたい」

 どうすればいいかト言外で聞かれた。なぜ彼女が2キロ泳げないのか。私の方が信じられない。どうにも普通に答えが出来ない。聞くな、言葉で何か通じるなんて思えない。私ならたった今、スイマーズハイの最中だ。
 なお翌日、彼女とはスーパー店内で偶然会い、連絡事項は伝えました。

2017年10月23日 (月)

若冲の雪

Zyakutyuyuki

 元気塾で講演会がありました。今回、講師は県立美術館の金子岳史さん。「若冲とみやこの美術」細見コレクションの精華……話題の絵師、若冲というので注目しました。謎の浮世絵師は写楽だが、若冲のどこがどう注目なのか……この段階では分かってません。
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 金子先生に質問しお答えをいただき、何とか書いてます。金子先生は色んな流派を勉強して後に若冲流を打ち立てている……若冲には特別性はない言うか、お考えで……私は時間や年月の受け止め自体、感性に特色を感じます。
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 前回、書いたように鶏はスーパーリアリズムの概念に合致します。だが鶏以外の題材については符合しない。竹に降った雪などはリアルでなく普通に見える……関羽とか宝珠とか縁起物、誰にでも喜ばれそうな絵も、後年は色々と描いています。
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 すると絵全体はーパーリアリズムや高機能自閉症の符合はない、ようにも見えます。琳派や狩野派に入門するには年齢的に遅かったのか? 何か不都合があったのか、そういう謎解きいうか理由が必要です。
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 若冲は結果としては長生きするが、40才を目前に絵師になっている。人生50年なら、急がなければト考えたのか。その画号の意味は老子の言葉から自分で付けたらしい。「本当に満ちている物は空っぽに見えて、その働きは枯れる事が無い」の意味。
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 物事には見かけではない深い意味がある、いう所でしょうか。孔孟が主流の中では、老荘は亜流になります。人間社会の表面的な規則より、自然に生きる意味を重視した。動植採絵などのネーミングに、そういった哲学性が出ます。人付き合いよりは生死が問題といった考えです。
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 溶けかかる雪に関しては鶏のようなスーパーリアリズムは断念されたらしい。雪は菊花に降り掛かって僅かに花びらが見える。つまり初雪か、それに近い季節時候です。夜から朝にかけて雪は振り、今は止み昼の光に溶けていくのでしょう。
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 下手をすれば醜い。なぜなら菊や植物の茎を伝う雪とは、高層から地上まで空気中の汚染物を吸い込んで、ただの泥水です。だが、したたりは泥水とは描かれず、白い雪としても描かれず、中間的な若冲的な象徴として、絵の中に存在します。これは私には不思議に見えます。
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 微妙な移ろいに時間が過ぎていく。年末年始の大きなイベントではなく、若冲は、その前の秋の終わり冬の始まりに注目します。人で言えば中年から初老に向けての時期がある訳で、例えれば小津安二郎の映画のようなブラッドベリの短編集のような味わいを感じます。
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 戦国時代はともかく、中年も初老も江戸時代にはありました。それは数年だっと思われ、今のように10数年なんなんと長く伸びた時間ではなかった。今は中年以降を水泳ピラティス、お能やダンスによって体を維持しないといけません。不用意に数年、何もしないでいると恐ろしい状況に陥る。
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 前回、書いたように朝早くから食べ貯める鶏のように、中高年は金力ならぬ筋力を貯めなければならない。昔は知らず今は鶏は空を飛ぶ訳ではない。なぜ勤勉に食べ続けるのか? 雪の寒い朝ぐらい、少し遅くまで寝ていてもいいじゃないですか、ねえ。
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 人に飼われ飛ばなくなった今、鶏の一生はいったい何を意味するのか? 解け溶けかかる雪は何を意味するか? 100年後ではなく1000年後と若冲は言いましたから、私の出番ではないのでしょうか。若冲の絵は解けない謎のように存在しますなあ。

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●同美術展は10月24日に後期に入ります。11月12日まで熊本県立美術館本館2Fでの公開となります。まだ行かれてない方はお急ぎ下さい。

●なお次回、元気塾は。

◆日 時 平成29年11月22日(水) 18時~20時
◆場 所 熊本市流通情報会館5F 第1研修室
◆内 容 『パルスパワー技術を駆使した
        イノベーション創出と日本の産業復活』
◆講 師 熊本大学パルスパワー科学研究所前所長
       名誉教授 秋山 秀典 氏

〒862-0967 
熊本県熊本市南区流通団地1丁目24番
熊本市流通情報会館
TEL 096-377-2091
FAX 096-377-2096

2017年10月17日 (火)

若冲の鶏

Niwatori

 伊藤若冲の絵の謎を解くべく、県立美術館に向かいます。「私の絵は1000年後に理解される」との言葉を残した。天才絵師は極彩色と精密な筆致で鶏(オナガドリ)などを描き「神の手を持つ男」と呼ばれています。
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 今日の天気予報は雨、それでも曇空はわずかに青い部分も見え……どこにも寄らずに急げば振られずに帰れそう。パンフレットで見る若冲は、ニワトリが好きで庭に数十羽放し飼いにしていたという。
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 なぜ鶏が好きか? 本当は孔雀を飼いたかったが当時は無理、では、なぜ孔雀か? 孔雀は鳳凰のモデルで……生きた鳳凰を無理にも見るには、鶏を飼うしか手段がなかった……もっと理由はなかったか?
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 そこまでは現物の絵を見なくとも分ります。絵を誰かが描いた絵に学ぶのではなく、極彩色と精密の現実から学びたかった。誰かがすでに概念化した概念は、本当とは限らない。若冲はリアリストだった事を示します。
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 似たような話ならあって、レオナルド・ダ・ビンチは最初から師匠より上手かった。師匠の絵をなぞって上手くなったのでなく、観察力、写実力が師匠よりあった。現実を師匠としていた事を意味します。
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 レオナルドはアスペルガー症候群だったといわれる。高機能自閉症と訳される。現代と違う限られた絵具、墨はワンタッチで一気に書かれている……若冲の絵は修練の技も見られる。ついレオナルドと比較したくなる。
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 そうか、自然や現実から学べば誰でも天才になれるのか? そうは行きません。鶏の動きは早く目に止まらない。虫を見つけると首を縮めて寄り、次の瞬間にはバネ仕掛けのように早く首を伸ばし食べていて……のみ込む仕草が見えるばかり。とても絵になんて出来ない。
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 むろん虫を狙ってない、動作の準備もしない時の、止まった絵は描けますが、それを描いても生気を封じ込めた事にならない。動かないポーズではなく、前のポーズから次の動きまでを一瞬の後を見せる。連続させ重ね合わせた、絵がまるで動画と動いて見える。
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 ニワトリも含めて鳥は象徴として、歩くより走るよりも熱量、カロリーを必要とする。つまり飛ぶという行為は絶え間なく勤勉に、一生懸命に食べなければならない。空想の鳥、むろん鳳凰と違うとしても、牛と違い、犬や猫とも根本から違う。
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 若冲は贅沢や音曲、女性にも関心がなかったトされる。家系は代々、青物問屋をし、裕福だったが、それを早くに弟に譲った。青物商いと鳥の暮らしは重なる……鶏や、花の上で溶けかかる雪の画題は、これを象徴して見える。
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 家督の問題があって父はレオナルドを引き取ろうとした。だがレオナルドはすでに成長しており後継者として適性に欠けた。父はレオナルドを後継とすることを断念した……といわれる。あいまいなエピソードとエピソードを重ね合わせても仕方がないが……
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 家督を弟にゆずった若冲のエピソードは、そう解釈すればだがレオナルドの父の心情と重なる。出来るとするは必ずしも重ならず、出来てもしないことは誰にでもある。私がいうのでなく若冲の敬愛した老子のいう事です。
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 空が怪しい。天気予報は雨です。ある種の共感を込めて若冲が鶏を描いている。それを発見した事を収穫として今日は帰ろう。若冲のもう一つの執着、溶けかかった雪の解明は次回とします。

2017年10月12日 (木)

マインドフルネスの至福

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 一番、簡単なのは座右の銘、モットーというのもあります。具体的にありがちなのは和ですね。哲学的な支柱として「和をもって貴しとなす」……憲法という説もある。本当にそう思うのか? どうしていいか分からない時の原則なのだが……
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 実は処世術というとがっかりされる。処世術は相手が仲間内の場合はそれで通用するが、外部の人が多く交じると難しくなる。まあまあ、今日のところは……というと場の空気でまとめ、採決はしないで決める。
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 エイリアンが一人で徹底抗戦、白黒をつける論議にもって行くと、多数派になる場合もある。エイリアンは弱者のひとり狙って、口で攻撃する。多数の者も口撃の巧みに恐れかなわないト、一人ずつエイリアンの手下になる。
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 つまり多数派も最初から多数ではなく、理由があって多数派が形成される。理由は合理的、正しいとは限らない。最初は正しかったが、時間に古び劣化したかもしれない。その時々の合理性や正しさを見つける。普通凡庸ではできず時間もかかる。
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 そして多数派は形成され類型を学び、やがて保守性を身に着けていく。和をもって貴しとなすとは争ってはならない、いう意味です。争いは時間のムダ、労力のムダ、心労のムダ……確かに間違いではないのだが。
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 同じ頃に中国から入れたの知恵に孔子孟子の思想がある。老荘の扱いはやがて軽くなり次第にぞんざいになった。思想には盲点がある盲点を突かれると弱い。孔孟は書いたように対人間の教え、社交術であって一番、基本的な思想ではない。
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「然」は自然の然です。則天去私は漱石の愛した座右の銘だが、社交ではなく根本的な自然な生き方、然はないだろうか? そういう意味になる。漱石は英語の前に漢語を学んでいたが、漢語には孔孟に混じって老荘があった……らしい。
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 いわゆる日本的なモノとは多分に中国的なモノでもあります。セカセカしないでゆったりと構える……と言います。座禅とか散歩とか寺院参りとかは、スタイルやファッションと違う、もう少し現実的な意味があるのでは?
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 話は結局、ジジイ臭くなって来た。これだから年寄りはダメ……ダメとは言うな。ニューヨーカーが「マインドフルネス」を特集して入門講座での効果を報告している。事前と事後を測定するに。ホルモンの分泌がよくなり脳内に変化が生じた。
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 ゾーイ・シュランガー記者による「マインドフルネスの至福」は信ずべきか信じざるべきか。それにしても効く哲学があり、効かない座右の銘がある。何となく脳科学者の中野信子さんが言いそうな内容です。 

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2017年10月 8日 (日)

倫敦塔~ジェーン・グレイの処刑

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 ロンドン塔は古い城塞だったが、政治犯を幽閉する監獄、処刑場として使われた。禍々しくも今なお幽霊が出る。つまり熊本城とは違う。漱石がロンドンに行ったのは1900年、明治でいうと33年、33才のこと子供も生まれた後のことです。
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 漱石が亡くなるのは49才、言うまでもなく今の一生から考えると、ずいぶん短い。「倫敦塔」を書いたのは直後ではなく5年後、38才、東大講師時代に書かれます。「倫敦塔」が先で同じ頃に「猫」を連載、あいだには「坊ちゃん」も書きます。
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 それで気になるのは漱石が倫敦塔に行った。そこでこの絵「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を見たという内容を……文章にした動機です。同じ頃に書いたのなら猫も同じ動機と思われますが……5年後に何でこんな話を書いたんでしょうか?
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 懐かしい思い出、楽しい思い出いうなら分かりますが、こりゃあハーンか、泉鏡花です。 鏡花はあれが趣味ですが、漱石は違う。絵を思い出し取り上げた動機がある。そう話を立てましょう。絵の説明いうか、漱石が文章で再現を試みた所を下に引用します。(青空文庫からの引用、よみがなが混じる)

「猫」とは違う文体で、どこを違えて分けたのか……ただジェーン・グレイのように禍々しく写されているのは、ある意味で猫も同じです。誰にも受け入れられなければ死、「猫」は冒頭で書生に食われると読者にうったえています。
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「倫敦塔」では塔に入る前に子連れのジェーン・グレイに似た女性を見かけたという。親子は鴉の話をしていた。本当だか幻影だか作ったのだか、それは知りませんがね。そういう意味では似ている。いえ漱石は間を置かず、2つの作品でほぼ同じことをアピールしてます。
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 「倫敦塔」は当時としては常識的な漢文書き下し体というか、この3年後「草枕」でも使われる。猫の方を発展させた文体は「坊ちゃん」で、猫の文体は落語です。漱石は小さんの落語が好きで原稿用紙の上で、小さんのマネをした。
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 だからユーモラスなんです。倫敦塔のような漢文体で何本も書いていたら、自分の息が詰まる。東京大学講師で食えるようには成ったものの、学生の評判は悪く教授たちへの評判も悪く、漱石は陰鬱でした。教授になれない講師で終わる可能性があった。
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 漱石の持病は今で言う、躁鬱か統合失調かは知りません。予定より早くに帰国した。後の修善寺の大患とか「行人」執筆中の行き詰まりとか、精神病を抱えていて……実は漱石は発病発作寸前だったト、私は思います。そうでもなければこんな陰鬱な文章は書きません。
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 むろん評判になったのは猫で、しかし評価が高かったのは草枕です。草枕を見て朝日新聞は雇いに来ます。だから東大を辞める、辞められたのです。用心して編集長ではなく社長と約束を交わす……それは先のこと漱石自身は、文明開化落語体とも言うべき文体で、自分の鬱を笑い飛ばしたかった。
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 新聞一作目に「草枕」のようなと注文があったかも知れません。そして「虞美人草」は漢文調です。何しろいまだに「草枕」を褒める人があります。坊ちゃんはダメだ、言う人がダメと私は思う。猫や坊ちゃんで開発された文体は「三四郎」に統合されて行きます。
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〇倫敦塔より 「 女は白き手巾ハンケチで目隠しをして両の手で首を載のせる台を探すような風情ふぜいに見える。首を載せる台は日本の薪割台まきわりだいぐらいの大きさで前に鉄の環かんが着いている。台の前部ぜんぶに藁わらが散らしてあるのは流れる血を防ぐ要慎ようじんと見えた。背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩くずれている、侍女ででもあろうか。白い毛裏を折り返した法衣ほうえを裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色こんじきの髪を時々雲のように揺ゆらす。ふとその顔を見ると驚いた。眼こそ見えね、眉まゆの形、細き面おもて、なよやかなる頸くびの辺あたりに至いたるまで、先刻さっき見た女そのままである。思わず馳かけ寄ろうとしたが足が縮ちぢんで一歩も前へ出る事が出来ぬ。女はようやく首斬り台を探さぐり当てて両の手をかける。唇がむずむずと動く。最前さいぜん男の子にダッドレーの紋章を説明した時と寸分すんぶん違たがわぬ。やがて首を少し傾けて「わが夫おっとギルドフォード・ダッドレーはすでに神の国に行ってか」と聞く。肩を揺ゆり越した一握ひとにぎりの髪が軽かろくうねりを打つ。坊さんは「知り申さぬ」と答えて「まだ真まことの道に入りたもう心はなきか」と問う。女屹きっとして「まこととは吾と吾夫おっとの信ずる道をこそ言え。御身達の道は迷いの道、誤りの道よ」と返す。坊さんは何にも言わずにいる。女はやや落ちついた調子で「吾夫が先なら追いつこう、後あとならば誘さそうて行こう。正しき神の国に、正しき道を踏んで行こう」と云い終って落つるがごとく首を台の上に投げかける。眼の凹くぼんだ、煤色すすいろの、背の低い首斬り役が重た気げに斧をエイと取り直す。余の洋袴ズボンの膝に二三点の血が迸ほとばしると思ったら、すべての光景が忽然こつぜんと消え失うせた。」


〇作家でドイツ文学者、中野京子氏が2007年に出版した美術書「怖い絵」シリーズで紹介した。ドラローシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』(1833年)が10月7日から上野の森美術館『怖い絵』展に来てます。ロンドンまで行かなくても絵が見られます。解説は中野さんが書かれたか、吉田羊さんが読まれたそうな。

2017年9月24日 (日)

ガンは身近な病い

Photo 元気塾で済生会熊本病院、高森啓史医師の「消化器がんは身近な病い」を聞きます。高森医師にはこの他〇通常型膵癌おける性差による治療反応性の比較 〇膵頭十二指腸切除術前胆道ドレナージに伴う胆道感染の細菌学的評価 〇膵癌に治癒は望めるか? —5年生存者からの検討—……といった講演があるという。
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 消化器がんというと食道から直腸に至る経路かと思ったら、乳がん、前立腺がんまで含むようです。私は50代で、20年前1998年に胆のうポリープが出来、胆のうごと取られました。面談や説明でガンの名称は出なかった。大げさに考える必要はなくなっている。
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 腸などでは小さなポリープは、内視鏡検査段階で取ってしまうのも傾向です。開腹手術の前に腹腔鏡手術で行われ、4.5か所穴を開けて軽い手術で済ます。(私の場合も開腹を覚悟していたら拍子抜けで)更に傾向は拡大鏡にかけてのロボット手術がある。
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 前立腺など、細かい部分をダビンチの名称機で行なわれる。ロボットとはいうが、むろん操作は医師、腹腔鏡手術が直線移動なのに対して、曲線移動が行える点に特徴……今や開腹手術は最後の方法になる。
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 最後の質問で出てくるが、患者の中にはそれでも切りたくない人がある。あまり前段階での手術はしたくない人いうべきか? 私のようにポリープ段階で取る必要があるのかを怪しむ? 私のは5ミリのが7ミリに大きくなったので取った。
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 ネット検索すると1センチ以上を切るとあり……実は胆のうは取ると副作用がある。あまり高齢の場合も手術事態が圧力になり、開腹すべきかすべきでないかで論が判れる……場合もある。「自分は切ったが……」と70才の方が質問に立たれた。
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 発症前にガンになる可能性を知り、発症予定部を取ってしまう。女優のアンジェリーナ・ジェリさんが血液検査で乳腺ガンの可能性を知り、お母さんが56才で亡くなった事情もある。複数の医師との相談の上、ガンの出ていない乳腺を切除しまった。2013年。
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 ジェリさんはこの方法に確信的で、2年後、これも複数の医師に相談し卵巣も摘出した。この時のガン出現率は87%だったという……可能性が高ければガンが出る前に切り取ってしまう。そういった方向での医療は「日本では行われないのか?」私、hataが質問します。
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 血液の一滴で、ガンの可能性は計れる、その時代はすでに来ている。それはドラッグイレブン等が数年前に広告を入れた事がある。価格は5000円前後だったが、売れなかった。針で指をついて血を出すのに抵抗がある……との声もあった。
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 もう一方で、人間ドッグは10万円前後、検査項目が多くて女性の方が高い。あと女性の質問があった。済生会病院で毎年検査したのに2カ月後の発症が見逃された。つまり人間ドッグの意味がなかったとの指摘で、更にいうと小林麻央さんケースに似ている。
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 細かい点は聞き取れないが女性の質問はネバっこく「ドッグの価値がない」あるいは見つけて欲しかった事を強調された。ガンは早くに見つけ、素早い判断で対処しなければならない。だが見つからないケース、切りたくないケース、判断できないケースも今なお少なくない。
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 高齢の場合は長生き自体が苦痛になるからだ……本人の要望と家族の希望が食い違うケースもあるだろう。前立腺肥大は尿の出で本人が一番判る。無論まだガンではない。早く切った方が前出したように軽く済むが、痛いという評判が広がった。
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 特別、痛いんですか? ある内科医に聞くと「友人が切ったが、痛いとは言ってなかった」どうも怖いので痛いという評判に変わったらしい。つまり男でも痛いのは怖い。そういう人は結構ある。その辺の受け止めは個人によってかなり分れる。
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 検査しなくても両親の亡くなり方は分かるでしょう? 分からなければ検査すればいい。ドラッグイレブンに問い合わせればいい。指に針を刺すのが怖ければ無理にしなくてもいい。むろん人間ドッグまで待ち超すのもいい。
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 やろうと思えば何でも出来る……長寿が怖いので安楽死の予約という人もある。何をしてもしなくても日本人の平均寿命は80才から86才を超え、なお毎年伸びる傾向にあります……全体においては贅沢と言えば贅沢な状況です。

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●「熊本元気塾」第5回は「伊藤若冲と江戸時代の画家」10月12日pm6、金子岳史 熊本県立美術館 主任学芸員を迎えて。講演問い合わせは流通団地内、情報会館にて。096-377-2091

2017年9月13日 (水)

DVDを買う

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 先月「グリム」という連ドラのDVD、シーズン1,2を買います。どこかで面白いと噂を聞いたが……どうも勘違いで、中世の妖怪談と現代の刑事ものがゴッチャになった内容です。
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 シーズン1は見ますが2は封も開けないでブックオフに持って行きます。ほぼ毎回完結の読み切り……林道をランニング中の女子高生が誘拐される。本性はオオカミという男が容疑者に上がる。
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 民話というか童話収集のグリムの血筋という、主人公刑事にだけ、男の本性が見える。その部分のCGが売りです。しかし証拠にはならない……この先はミエミエの捜査になる。子供に分かる筋立て、合理的な部分と不合理な部分が混ざります。
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 妖怪に女性が犯されると首の辺りに卵を妊娠する。それが純金の卵というので、女性は妖怪に監禁され……ラストは手術で取り出される卵。夜空に砂金となって飛び散ります。まあ性教育はいらない。子供ドラマではないが分かり易い。
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 シリーズ1だけで匙を投げた理由、お分かりでしょう。先月はパソコンが故障してヒマでした。私はドラマでも「フィッツ」とかが乗るんです。あんな傑作ある訳がない……いえ電気店がソフト部を閉鎖し、売れ残りをワゴンセールで出した。
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 犬も歩けば何とやら、通りかかった私はワゴンの中を覗き、安かったので買った。昨日、売ったドラマ2セットほかに、映画2本も買います。それ以外は意欲が湧かない言うか、あれもこれも一律100円という捨値でした。
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 昔にLDソフトを転売した経験がありまして、ワゴンごと買ったらと思わないではなかったが……買えませんでした……金がなかった! いえいえ今度はどうなるか、ヤマ気がないいうか、単に気が小さいのね。
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 ……で「グリム」その2本は幾らで売れたか? 2500円でした。差し引き2300円の儲けになります。せっかくならヤオフクで売ったら2倍、チャンスとワゴンごと買っていたら10倍……そうしていたらネ。

2017年9月12日 (火)

それから4

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 ここで奇妙な事が起きる。大岡昇平さんは、なぜ漱石に魅かれたか? 愛人と奥さんの間を行ったり来たりした大岡にとって、恋愛というか性愛というかは、珍しくもなかった……はずです。
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 たとえ講演録にしろ500ページをかけて追求するような何が、漱石にあったか? 大岡はスタンダールを専門とし、スタンダール以外で深くこだわった作家はいないので、つまり漱石は例外中の例外です。 
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 鴎外の「舞姫」にはモデルがあって、最近、彼女が日本に来た痕跡が見つかったそうな……同じく漱石の書いた美人のモデルは誰それではないか? むろん大岡も「小説家夏目漱石」で書いている。
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 モデルで有名なのは江藤淳さんの、登勢という兄嫁説です。私の説ではモデルは問題にならない。あれは母、それも観念的な架空の存在です。「それから」でも架空の存在としなければ納まりがつかない。
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 恋愛の駆け引きで波風も立たず、結婚生活に入っても衝突が起きない。それはキレイな人生ではあろうが……それで人間は成長できるか? 波風や衝突といった事件の中からしか、人間の熟成は見込めないのでは?
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 漱石は熊本にいた時、年間で千に近い俳句を作ります。これが松山で子規に習った時より多い……理由は寺田寅彦に教えていたからです。この句数が、漱石の心の開かれた状態を示している。本当に寅彦と、肉体関係があったかなかったか?
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 気持ちが悪いので恋人寅彦説はこれ以上、追求しませんが……漱石の会話体の面白さは、おそらくこの時に出来たものでしょう。俳句は出来なくとも、弾む会話はありえたのでは……それはそうでしょう。鏡子夫人も三千代モデルとして確かな位置を占めたと思われる。
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 だが漱石の面白さとはシュミレーション恋愛、シュミレーション色恋、不倫、姦通……違うのではないか。恋愛は楽しく色恋は快感、不倫や姦通は悦楽……私はよく分からないが、それも違っていないか? つまり来るべく恋愛のテキストとして漱石を読むのでは利用法が違う。
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 するとデイトコースを下見、ロケハンするのも無意味という事になる。ロケーションハンティングは映画作りで言われるが、小説でもありうる。デイトでコンサートに行くとすると、クラシックにするかポップスにするかで、効果が違うからです。
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 小説での恋愛相手は美人だったりスマートだったりするが、現実ではそういう必要もない。本人が納得できれば周囲の誰にひけらかす必要もないからです……給料が安すぎると生活できない。恋愛感情も維持できない……まあ、そういう人もあるのかも知れませんが。
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 漱石は恋愛小説には不用意でうかつ、本番の色事には更にそう。漱石のうかつを知りながらながら大岡はNGを出さない。大岡は用意万端を整え、武蔵野夫人を書き「事件」を書いている、かのように見えます。実際「事件」では男女関係が、物語の謎のカギになる。
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 奇妙でしょう……本当のことは奇妙なもんです。昨年は「君の名は。」が流行りました。あれ、まだ今年でしたっけ……やっぱり君の名はのような恋愛をしたいとか、若者は思うのか。……そもそもアレでは恋愛でも、ないでしょうね。(終)

2017年9月 1日 (金)

納得の買い物

Photo 私は中央区にいます。コンビニ等を使えば、買い物は中央区内で事足りるが……少し南区などに足を延ばせば買い物がぜん面白味を増す。
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 南区は中央区に比べ物価が低い。中央区を100とするとほぼ70か? それは中央区TSUTAYAでDVDを借りると108円で、南区のGEOで借りると新作は別だが、準新作までは75円で可能……数年も映画館に行きません。
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 電気器具から米価まで、こういった傾向は続く。入れ歯の人には悪いが、無洗米を使うと洗う手間がなく栄養価も高い。価格も5Kで1700円、普通米とほぼ同価格になる。(イオン系のビッグエクスプレス)
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 5キロ一箱108円という記録的に安値なジャガイモとか、魚のアラとか、7本50円のバナナとか、一本30円の大根とか、2把10円のロマインレタスとか……枚挙にいとまがない。(津山商店等)
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 むろん訳ありの商品です。箱ごと夕立ちにぬれた、銘柄が馴染まない……単に古くなっての見切りもあるが……あまり聞くと売ってくれません。よさそうなのを黙って買う。
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 画像に出したシール「富良野すいか」で指で叩くと、ジュンや蛍の声が聞こえそう……珍しいというか懐かしいというか。買います。この時期のスイカは以前は中央区では鳥取産でした。
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 同じく富良野産で「ヒグマのごちそう」という銘柄もあります。こちらの方が県内、植木産に近い味でインパクトがある。前出銘柄は比較すると上品いうか? 好みの問題です。どちらも普通サイズで745円。(中央区ではイオンで1000円、ネット通販で買うとサイズが特大とはいえ4000円)
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 富良野の近くに美瑛があって、ラベンダーなど花壇の名物が……三ツ星レストラン「モリエール」場所は札幌だが、中道博シェフによると美瑛の食材自体が売りだそうです。
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 富良野、美瑛は地形が盆地に近く、昼に照らされ夜冷える。植物は糖分を蓄積する。夜は冷えないが照らされ方が激しい熊本産と、何のことはなく似る。9月の西瓜が甘い理由、ある意味でだが西瓜の味で納得できる部分であります。
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 ディナー目当てに行くと……東京から飛行機で泊まりに行くと……メインディシュは時期の野菜で、TV紹介ではタラの芽でした。費用が一泊2万円、よく調べてませんが全体10万円を超えそうで、そうなると台湾に行った方が安いか。
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 むろん札幌、美瑛に行くなというのではありません。私の主張は逆、富良野の西瓜を食べてからの美瑛行きでもいいでしょう?ドラマ「北の国から」は今もYOUTUBEにあります。

2017年7月20日 (木)

鰻丼とまむし

Una

 10年ぶりcoopでK子さんに会います。その間にK子さんはクルマを売り、シルバーカーに代えたという。障害は重度化して見える。

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 ご主人を亡くされ需要が減り、維持費だけが嵩む。それでクルマは処分するが、それでか年齢か、体力も減退という。

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 クルマにすべきか、シルバーカーにすべきか? 一概には言えない。結果として減ったのは仕方がないが、体力を減らさないようにすべきではあろう。

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 K子さんの今日の目当てはウナギの半額処分という。coopの半額処分は開店朝9:30から始まるが、まだ日が若い13日では「かば焼き」の半額は無理でしょう。

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 今、夏には穴子はむろん、サンマや金目タイを、かば焼きで売ります。昔に林芙美子は「めし」を朝日新聞に連載した。昭和30年、1955年ころ鰻丼は100円と書かれる。55年から現在、一般物価はほぼ10倍と化したが、いま千円で鰻丼は食べられない。

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 倦怠期にある夫婦に、夫の姪が家出して転がり込んで来る。夫は姪を大阪見物に連れて行くのだが、これに妻は同行しない。なぜか? 費用を心配しての行動だが、それで夫と姪の間が妖しくなる。

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めしは新聞に100回弱、書かかれ林の遺作となる。しかし原節子主演で映画化され、書かれなかった部分を脚本で田中澄江が補う。この映画はさらに川端康成の監修も物ものしいが……

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 大阪では鰻丼をマムシという。ご飯をあさく敷き、上に鰻を置いてご飯を置いて、その上に本当に鰻を置く。贅沢に鰻をまむしたことからマムシと言われた。

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 その後、マムシは蛇の蝮と関連づけ、強壮剤のようにマムシドリンクと関連づけられた。つまり未亡人とマムシの話はわいせつな意味を帯びる。

――ウナギは……

 私が後の言葉を濁すと、店内魚部の店員が振り返る。私はあわてて目礼する。むろんK子さんにも私にも、そういう意味はない。やれやれ……