芸術 Feed

2015年5月 3日 (日)

印象派のふるさとノルマンディ展

Siroki

「印象派のふるさとノルマンディ展」に行きました。おおむね印象派といえば、モネに始りディフィに至る。古典から始まり、ざっとイラストの元祖あたりまで。

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 その間には、日本の浮世絵の影響もあったそうです。ポスターでも取り上げられた代表画は、ヴィットリオ・マティオ・コルコス(伊)の「別れ」、実物も際立って鮮やかでした。

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 タイトルからは蒸気船で去っていく人を見送るト、解釈されます。ただ蒸気船は近代へ入った女性の、もう帰れない運命も思わせる。白い服で極端に腰のくびれを強調する。

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 思わず目が行ってしまう性的な魅力、もう一方で顔を隠す。魅力の主が誰なのかも判らない。具体的なモデルはあったが、大ぴらには出来なかった。そういう事情を感じさせます。

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 この画像から判りませんが指輪が克明に描かれている。おそらく送られた、ここで別れた相手、男性側からの絵の注文です。しかし絵は保存される事なく、売りに出された。注文主は私物化がかなわなかった。

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 おかげで私たちは、こうして観れるんですがね。没落の運命には時代の流れ、蒸気機関の台頭があった。蒸気の力はやがて男の力、筋肉の力を空しくした。男女が働く時代へつながる。

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 下記画像の逞しい女性の腕と比較頂きたい。むろん直には関係ないだろうが、ここからそういう時代が始っている……そして、また会おうの約束も果たされなかった……との推理は如何でしょうか。

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 女性の立ち姿を描いたのは浮世絵です。博覧会がパリで開かれ、これに日本も始めて参加します。これがイタリア人のマティオの印象にも残った。だから今までない縦長のカンバス。

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 印象派の絵には、浮世絵からの引用が濃いい作品が多いそうです。最近のプロモビデオではむろん下記のように、戻っています。

Siro

●ノルマンディ展、熊本県立美術館本館で2015年6月21日まで。5月18日は障がい者の日。

2015年3月 3日 (火)

移動祝祭日 本

Idou_2  映画「シティ・オブ・エンジェル」の冒頭では小さな子が死ぬ。熱を出し病院に行くが助からない……なぜというに、求めても理由はない。私の発病もそんな風だったし無論それに納得します。
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 現実の物事には理由はなく、時はそんな風に過ぎていく。生まれた年から順番に死ぬとか、病院の受付やスーパーのレジを待つようには、現実はならない。
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 あの映画が面白いのは、そのままそれを再現し……ただ天使の仕事に見せかける。主人公の仕事内容は、むしろ死神だが、そうは言わないのがミソです。
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 生ものは死ぬ。理由をつけるとすれば、死ぬまでを必死に生きる……そういう風になる。ダラダラ長くならないように世代間の交代は急ぐようトカ。命題は以外に簡単なものです。
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 文句をいうなら、この始まり方に文句を言うべきだろう。映画はこの始まりに決定された、あらかじめ用意された結末に向け、映画は物語を押し流していく。
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 物語は図書館が重要な場所になる。本は人の遺書のようなモノで、生きる決意であり、それは死ぬ決意にも重なりますが……ヘミングウェイの「移動祝祭日」がその代表とされます。ヘミングウェイは「ミッドナイトインパリ」にも出てきます。
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 移動祝祭日は遇然ではなく、意図した最後の一冊です。ヘミングウェイは最初の妻に宛て、作家デビューの妻との日々を書き、そしてその後に猟銃自殺を遂げます。この本かなりのところまで明確に遺書じゃないか。
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 シティは移動祝祭日については描きませんから、ヘミングウェイに関心のない人には何がナンだか判りませんが……この意味を悟るのは難しい。しかし天使が自殺すると、人間としての人生が始る。映画の進行とは重なります。
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「ミッドナイトインパリ」のウッディ・アレン監督は自殺しないが、明らかに行詰って、何本撮っても同じですから、何で自殺しないんだろ……そういう風に見るとあの映画も面白い。どこまで生きても君は同じ、何で自殺しない……ウッデイは観客にそう問うんです。
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「シティ」は何でハッピーエンドじゃないんだ、そう怒る人もありますが、ハッピーエンドの映画は「めぐり逢えたら」ですでに撮ってある。娯楽映画じゃなくって、生きる意味とか死ぬ意味を問い直す。哲学的というか、もっとアーティスティックにやろう。
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 だから「めぐり逢えたら」はシティの下敷きで、段取りは全く同じ、見比べるとおっかしいほど。私も小さな子の時に死ぬはずだった。熱を出し病院にいき、何とか間にあった。間に合わなかった部分は死んで障害として残る……そう了解するのです。
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 誰でも死ぬ。順番じゃなく死ぬ、何時にとか老人だからとか、そういう理由はない。文句を言っても仕方がない。出来ることは生きてる間を必死に生きるだけ……すっきり理解とは行きませんが、この辺の納得は書いたとおりです。

2014年11月17日 (月)

パスキン展

Pasukin

 色を先に置けば、線はあとに、にじむ。線を先に引けば後の色にかすれる。どっちでもいいが、にじむ色とかすれる線だけが、絵の世界を構成する。むろん現実世界に、二次元の線も色のにじみもない以上、描かれた世界とは虚構でしかないのです。

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 パスキンの絵には、絵自体の持つ矛盾、絵そのものを描く。だから線はかすみ色は薄まり、線と色が食い合うように存在の彼方へ消えて行く。原稿用紙1枚近く書いた原稿の、たった一文字を消しゴムで消せば、はずみで一句を消す羽目になります。

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 そして一行を消せば数行を消す羽目になる……消しゴムで原稿一枚までは消さないが……もう数字まで書いた一枚分を、丸ごと丸めて捨てることはある。その意味で、ですが……パスキンの絵はチリ箱の中の原稿用紙に似ている。

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 もっとも最近はメモ以外は紙に書かず、パソコンのディスプレーに打つのが大半……これも絵を説明するのに作った話に近くなります。だが丸っきり嘘とは言えないでしょ? 一枚の絵という存在がそうだったとして、パスキンという人の存在がどうだったか?

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 裕福なユダヤ人の一家に生まれるが、1930年に45才で自殺。なぜか? むろん特定はできませんが、ナチスの台頭、うつ病、アル中、ダブル不倫と条件は、むしろそろいます。それで浴室で手首を切り、したたる血でドアに短いメッセージを書き、首をつる。

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「ADIEU LUCY」(さよなら、リュシー)典型的とほめていうか、ありふれるとけなすか。破滅型芸術家のよくある光景になります。そうすると作品の主題、その解釈も容易に見えて来ます。リュシーというのは友人の奥さんで、この展覧会のポスターにもなった絵。

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 ただし絵はリアルな現在形ではなく、出会った頃の若いリュシーが描かれます。もしかすると想像上の、少女のリュシーかも知れません。パスキンは椅子に座った子供の絵をよく描いている。物心つく前の幼い少女、現代心理学では女性の性の訪れは早い事をいうが……

 画家としての出会いはパスキン25才、モデルをしていたリュシーは20才そこそこです。パスキンの絵は一応はモデルを置くが、一種の自画像として内面の孤独を描きこむ。現在形では中年同士、むろん実在の家庭を抱え、お互いに幻想の相手を求める。

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 パスキンは椅子に、家具として家庭の意味や家族を見ている。同時に椅子は喪失の象徴になります。大人になればやがて崩壊する家庭と人生感があります。だから座った若い人物を描く、それは男より女、たとえば太宰治の手記体の小説につながります。

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 現実にはパスキンも中年ならリュシーも中年、短い逢瀬にデッサンを描いて、それを再構成した絵ではない。幻想とも追憶ともつかない、夢の画像にパスキンの真骨頂がある。なぜ私はそう思うか、たとえば障害者は家から離れ施設に収容されました。

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 家に居られてはジャマになる……そういう訳の時もありで、そうでない時もあり、社会にあってはジャマにされる時もあり、そうでもない時もある。弾き出されたようにポツンとある。弾き出されたことのある人は、人の中にあっても自分がポツンとあることを知ります。

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 つまり色を先立てれば線はかすみ、線を先に引けば色の後に滲む。書いた光景から、自分を残すか他人を残すか、自分で消えなければ誰かが収容にやって来る。居てもいい場所はどこにもないから、ひそかに無言の告別をするように滲む悲しみ、それがパスキン。

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●パスキン展、熊本県立美術館本館で2015年1月12日までの開催。

2014年10月25日 (土)

織田信長からの手紙

Nobunaga

「織田信長からの手紙」について2つの講演を聞きます。昔のことは意外なほど判っていません。二人の先生の研究結果を比べ聞いて……信長って言われるより普通でした。

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 新聞に出ましたから明確な事実と言えます。信長は足利将軍を頭にいただき、全国統一しようと考えていた。ということは突拍子もない、伝説にもなった革命児ではなかった。そういう手紙が出ました。

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Nobunaga2

 いっては何ですが武田信玄と変わらないような、普通武将だった。いえ武田に比べれば格下の、当時としては小さくはないが中級の武将です。信長は信玄亡き後の武田軍を打ちのめす訳です。

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 むろんこの結果は変わりませんが、信長の持っていた銃は本当に3000丁もあったのか。1000丁を3に書き直した後がある……のだそうです。むしろ武田を破ったので話が大きくなったのではないか。

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  信長は武田と一向一揆に、特別の怨念があって手紙では「根切」という言葉を使うが、容赦がなかった。この2つのケースが一般化して考えられた。昔のNHKドラマでは信長をイメージして、高橋孝治さんを当てた。

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 大映映画では若山富三郎(城健三郎)さんを当ててましたから、極端にイメージが違います。知的で現代的な高橋さん、野生的で荒々しい若山さん……どっちも嘘と思われます。だって残ってる資料は、有名な絵あの肖像でしょう。

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 今回、熊本県立美術館もあの絵を元にマンガを描きます。そうしないと子供には説明ができない、らしい。いえネ。むかし私の友人が高橋信長に心酔して、映画の若山信長を見ましてね。不満で不満で仕方がなく、映画に文句いってました。友人は子供だったんですね。

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 ファンは現実を認めない。そういうモンなんでしょうけど……あの信長絵については一般にも評判が悪く、イメージが違うと言われてます。元となった絵に、秀吉による改ざん疑惑があるという。つまり信憑性の高い信長絵は存在しない。

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 信長のイメージとは、勝手に作られた想像、悪くいうと妄想になる。なにがしか調査によるのが歴史小説、想像や妄想による創作が時代小説と別けられる。だが、こうみると2つの間に大差はないでしょう。創作って想像、根拠を求めても……

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 アスペルガー症候群ではなかったか。信長にはそういう事をいう人もいます。アスペの診断は難しくて出来ない。したがって典型的な妄想……坂本龍馬には負けるものの、聖徳太子や真田幸村に並ぶスター偉人。日本史の華ですからねえ……意外な実像はショック。

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●熊本元気塾10月22日 山田貴司 県立美術館主任学芸員

●熊本県立美術館講演会10月18日 稲葉継陽   熊本大学文学部付属永青文庫研究センター教授

2014年5月20日 (火)

三島文学と裏付け

Kinkaku

伊藤洋一さんが古典の推薦を求められ、三島由紀夫の「春の雪」を推します。そして2番目は潮騒です。理由は文章の美しさ……三島入門の著作として、私も全く異儀がありません。では三島の一番、重大な著作は何か、それは春の雪や潮騒とどういう関係にあるのか。

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「潮騒」は三島が地中海を旅行し、ギリシャ彫刻に着想した作品とされる。地中海を瀬戸内海に置き換え、理想的な若い男女の関係性を探します。三島自身の事実はご存知のように、同性愛にセンスがあった。事実と小説では違います。

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春の雪は「豊饒の海」四部作の初作で、これは正に美文なのです。しかし続く3作の評価は低い。豊饒全体で何を書こうとしたか読み取れない人まである。そもそも三島文学は主張内容から何だったのか。そういう疑問を想起させる。

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その意味で次の重要作は「金閣寺」です。これは放火事件をモチーフにした小説で、潮騒のように事実との類似と違いが隣合います。主人公、三島は自己のこれまでの外側を溝口に反映させ、もう内面を柏木に反映させる。そして理想的な鶴川青年を配置する。

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金閣寺の執筆前から、三島はボディビルを始めており、これまでの貧弱な体からの脱皮に成功している。ボディビルの成功から剣道への着手、剣道の成果は居合へと展開される。金閣寺にはそういった成功、あるいは予感に裏打ちされた自信によって書かれます。

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金閣寺に比べれば、潮騒は表面的でアイデアの域を出てない。瀬戸内海を取材したそうです。つまり金閣寺は題材と別に、自己内面を3人の青年に分けて作り変える。手の込んだ手法に成功します。あまり間を置かず書き連ねる。

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地中海を瀬戸内に置き換えたのもある意味でのドキュメンタリなら、これは別な意味のドキュメンタリになります。潮騒ほどの美文には、金閣寺がなってないとすると、その原因は金閣寺は現在進行形で書かれ、そこまで美文に整える余裕がなかったからでしょう。

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現実の犯人は自殺しようとして失敗するのだが、三島は小説の主人公に「生きてみよう」と思わせる。まだ自分は成功の途中にあると考えた、三島の率直な声だろう。裏づけは事実を持って来てもいいし、理論や哲学や、もっと曖昧な教えであってもいい。

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ただ教えはあいまいで試している間に失効もする。ボディビルや剣道は三島の身体を作り変えはしたが、生き方や信念には結びつかなかった。今、考えれば当り前だが、それは最近、判った事です。中近東に飛んだサヨク青年もあれば、北朝鮮にあこがれた青年もあった。

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それは時代の限界です。三島も全学連の集会にゲスト参加している。彼らと共に……とは思えないが、ウヨクもサヨクも、思われるほど違いはない。春の雪の美文は、三島の裏づけが伴わなかった事を意味し、豊饒全体の失敗は、その美文さえも力尽きた事を意味する。つまり「生きてみよう」とさえ思わなくなった。

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三島はボディビルや剣道の向うに何を、いえ三島文学は何を求めて展開していたか。三島文学のドコに、それはどのように前ぶれされているか? 興味深いと思いませんか。それを書くには私もまだ準備不足です。いつか書きたいとは思うのですが……

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2014年4月30日 (水)

ピカソ 版画展

Mazusiki

何度も結婚する人は、いるもんです。ピカソには3人の女性の間に4人子供がある。愛人も多かったそうで……モデルに雇って描いた訳です。描いてからヤルか、ヤッテから描くか……失礼しました。どんな時も一人でいられない人でした。

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日本では先にビッグダディが4回目の結婚をした。それで20人目の子の父になったとか? そういう連続ドキュメンタリの主人公のことが話題になりました。どういう人か、TVを持たない私には詳しいことは判りません。

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映画界でクリント・イーストウッド監督は6回とかの結婚暦が有名で、子供の数はビッグダディに負けますネ。結婚回数はエリザベス・テイラーさんの7回があって、簡単に達成出来ないウルトラセブンといわれてます……また失礼しました。

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結婚回数や愛人が噂になるのは関心があるからで、一般にもある種の充実と見られる。性体験あるいはその反芻によって人生を計る。ある意味の比較が行われてるト思われます。ピカソは女性にまめでモテる言うことではなかった。

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ただ絵に関しては最初から、ある程度は出来、その上に急速に手を上げた。器用だった。技術的な側面の大きい版画は、ピカソの持味に合っていた。コントロールがままならない版画は巨匠の意欲を、逆にあおったのでしょう。

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版画とそれ以外の絵では構図に若干、違いがある。版画には自己と言えないのも含め画家が写し出されています。「人生」は当初自画像が入る予定だったが友人に置き換えられる。またモデルだけを切り離すと版画以外の絵になります。

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人の意欲の三分の二が性欲といわれる。恋だとか愛だとか言い変えても、人の欲望の大部分が性とのつながりにある。性欲も関係で、ピカソはその関係をどう捉えたか、原型は版画の方にある。個人的な話で恐縮ですが、物書きのモノは印象が薄いです。

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私は書いたモノの知名度はなかなか上がらず、記事に添える写真を撮るようになってカメラマンとして目立ち印象が深かったという。あとコーヒーが入れられ、出前コーヒー屋の印象はさらに強い言う話です。物書きの才能は極めて低いことが判りますネ。

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ピカソの話にもどります。版画におけるピカソは自己と女性の間を多く描いた。つまり男としてよくある事です。その画家が牛だったり醜かったりする。優越感は劣等感と裏表でどちらか片方はない。強い劣等感が、才能を育てているト指摘しましょう。

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タブローについては2007年にピカソ展があって、このブログでは10月29日などに扱っています。学芸課長、村上さんのお話はピカソ、マザコン説がありました……うーん、マザコンは男女共みんなマザコンでその現れ方が違うだけ。前回コンプレックス説の方が面白かった。

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●TKU主催5月18日まで http://www.tku.co.jp/web/ai1ec_event/picasso2014

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2014年2月15日 (土)

織作峰子さん

Orisaku織作峰子さんは美人カメラマンです。それは女性は誰でもそれぞれに美人といった、軽い意味ではなく、撮影モデルのほとんどを食べてしまう。写真は、ある意味でカメラマンの自画像だが、あれではセルフポートレートでも取る他に、自画像も出来なかろうト……そう思える美人です。

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昔、その織作さんの講演を聞いて引掛った。で、何に引掛ったか考えたが、さっぱり判らない。織作さんの師匠という、大竹省二講演会にも出かけてみます。大竹さんには、それはそれで納得しますが、命題は解けません。画像は大竹さんと織作さん。

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それで命題を諦め、どこかで織作さんの最初の傑作という、アクビ美人を見ます。それで「ああ、こういう事か」と納得します。あくび美人というのはモデル撮影会のあらかた終った。で、疲れたモデルがアクビした、その一瞬を捕らえたものです。

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これはアクビが出る前にカメラを構えた構図の準備、モデルの疲れに共感した感性と、偶然を反射的に捕らえる運動神経が必要になる。つまりカメラを学習して写した写真ではない。謎はひとつ解けると次の謎になって行きますが、織作さんはなぜ、そんな配慮を知っているのか?

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人が配慮を知るのは幸福からではなく自らの不幸からト……誰かそんな警句を言った。だが誰かは忘れます。面倒なことは忘れるに限る。講演は終ったし、幾ら美人でも、もう知ったことではない。そして何十年も経った先日、ラジオで織作インタビューを聞きます。

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晴天の霹靂、織作さんは投槍の体育少女である前に、美術少女だったという。近所に画家が住んでおり、その画家に習ったと言う。通知表で絵は評価5だったそうな……つまり絵筆をカメラに持ち替えただけ、構図の作り方も判っていた。

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ひとつ解けた謎は、また次の謎になっていく。この人はなぜ、そんなに美術が好きになったのか? 傍証になりますがミスユニバースに応募したのは友人でした。本人も了解してのことですが、まさか受かると思わなかったので、そう理由付けされている。

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それは前から言われ、私はよくある謙遜と思っていました。織作さんは体も大きく声もよく、それがいかにも美人のそれ……なのに自分が美人とは思われなかった……不自然です。まだ引掛かる。またそれで考えるが、さっぱり判らない。

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ト、話はここまでです。この先はない。もし先があるとすれば、ですが……織作さんは幼い時に、何かあったのではないか。例えばですがお母さんが亡くなられたとか、良くないことが何かあった。そんな気がします。

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発表の写真を見ると子供のほかに……女性は誰でも子供を撮るのが上手い。ほかにお祖母ちゃんの写真に特色が出る気がします。織作さんの近作は桜、山の中に1本だけ咲く桜とか……つまり一種のお祖母ちゃん写真です。どうなのでしょうか?

2014年2月14日 (金)

サイケデリック

Saike性が生きる意味の大きな部分を占める。そして、その後の子育てになる。大きな宗教の根はひとつで、諸悪の根源を性に見ています。ただ仏教は別で、仏教は性より生に根源を見るのか?

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盗むな殺すなという原則的な悪も、理由を問うと性につながる。カネがあれば自分も、もう少しモテるかもトカ。それを理由に泥棒にトカ、お金持ちを殺したとか、そういった事件になります。

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先の大戦後、聖書に書いてある事は違うんではないかト、言われます。ベトナム戦争で米国が負けますしね。男は女性より偉いとか、白人は黒人より偉いとか、これまでの常識が変わります。

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深く宗教を信じていても、運悪く病気になったり、事故に会うことがあります。何のために教会に行くか、そういう不幸に会いたくない……信心の理由と現実の不合理も明確化して。これを不条理といいます。

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ちなみに11才の私は、あまり信仰していません。病気から身障者になりました。私の若い担当医は、それで不条理を感じたようです。神と人間の合理的な関係が問われるようになります。

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時代の風潮は時々で変わりますが、この流れ、方向は変わらず逆流はない。その中で私は、流れの生き証人になった気がする。信仰を否定した訳ではないが、あまり積極的に信ずる気にはなりません。

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町を歩いていくと人がいいます。あなたが悪かったから、そういう事になったのだ。信仰しなさい。子供が私を見ます。お母さんが子供にいいます「見ちゃいけません」ト、私には世の中が、しっくり来ません。

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身体障害は死にかけ、その死にかけた跡が残った。そう言っていいでしょう。ある意味で死後の形になります。しかし一度も死にかけた事のない人は、死をそういう風には見たくない。 これは仏教も含みます。

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その人なりの違う考えがある。性は妄想を伴ないます。妄想は罪悪感の元となり、聖書では人間の罪をここに置く。著作のネタとしている……2千年の時代が下って色んな事が判ってくると矛盾も出てきた。

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どんなあの世も妄想なら、神との決りも妄想ではないか? そういった考え方が出ます。夢や麻薬からの妄想とこの世界は、根本的に同じではないか。極端にいうとそうなります。

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そういう考え方を、サイケデリックとかシュールレアリズムと呼びます。無意識という意味です。実現してみせると差し障りますので、絵や文学や映画に作品として出す訳です。これは身障の私には合ってました。

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親のような神がいて、子供のような人々を、いつか何処かで公平に裁く。あるいは安らかな死後に導く、そういう世界観から見ると、これらの作品は訳が判らない。まるで性の妄想のように、世界を不思議へ導いてしまう。

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お母さんが子供にいいます「見ちゃいけません」ト、私には世の中が、しっくり来ません。

2013年10月22日 (火)

劇団夢桟敷 遊戯療法

Yumeアートプレックスくまもとで劇団夢桟敷が「遊戯療法」いや「療法遊戯」どっちだったか。本公演の予告のような劇をやります。座長とおぼしき年配者がプロローグの案内し、観客はそれに従う。実は公演では天井のない中庭を使う。(振らなかったが予報では雨)
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観客に移動を要求する。昔はこういうの前衛劇と言いました。今は取り立てて言いませんが、客を選びますよねえ……4人連れの中国人は大きな声で話していたが、始まる前に席を立ち、それぎり帰りません。20代とおぼしきカップルも始まって10分くらいで出て行きました。
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寺山修司さんの作風はこうです。ミズエは1と書くつもりだったのに手が書いたのは2でした。「赤糸で縫いとじられた物語」意志が本人を裏切るのではなく、手が本人を裏切るイメージ、それが寺山さんになります。
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自由になりたい。その思いは強いらしい。でも何から自由になりたいか、それは判らない。意志に従うのではなく手に従えば自由になれる。机の上で字を書くのではなく町の文房具屋に、違う鉛筆を買いに行けば自由になれる、そう思うようです。
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三代前の祖母を殺せば自由になるとか……幻想の中から自分が始まる。母も家族も置き去りに、どこかの町で生きる。自立自活的な意味でですがイメージは、そういう事はありました。心理とか前衛とか言っても基本は芝居です。
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漱石の「坊ちゃん」は母が死んだので、清を母に見立てて同居したいんで、そうなる所で終わります。三四郎とかそれからも、結局そういう試みではなかったか? 寺山さん逆で、お母さんを置き去りに自由になりたかったト思う。
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書を捨てよとか言うけど、あれは母のイメージです。それが出来なかったので三代前のとか、言い出す。芝居に行く事が、常識とか明日の予定をチャラにして、役者の衣装と化粧の匂いに酔いしれる。あれは女性の世界です。
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衣装を着てポーズを作って、アクションを入れてセリフをいう。セリフは言う前は明々、自分の言葉ではないのに言った後で、不思議にも自分の言葉になって行きます。私もライブのディスクジョッキー等、訳の判らない事をしていた関係で、その辺りは多少、覚えがある。
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曲名とか演奏紹介は違うけど、内容の話は少しづつ形を変えた自己紹介になっていきます。芝居の独白はあれは自己を語る場面ですネ。この夜も誰か、女優さんがモノローグをやってましたね。
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寺山さんの自由のイメージは精神病院にも近いらしい。町には患者とも医師看護師ともつかない人々が行き交っていて、行けば自分も入院あつかいで直してもらえる? 本当の精神病院は払いが大変らしい。(画像はちらしよりコラージュ)

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●劇団夢桟敷公演 遊戯療法 レミングより 2000円
11月28日~12月1日 河原町ギャラリーADO 090-4581-5190

2013年10月 7日 (月)

山下清 展

Kiyoshiこの半券チケットは拾ったもの。身障者入場に半券はありません。チラシにもポスターにもあるこの絵は、山下清さんの代表作「自分の顔」「長岡の花火」2枚をコンピュータ合成したものです。場内で半券は届けず、ちょっとスーベニールにもらって来ました。

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そういう訳で贋作の半券絵を探してもあ会場、どこにもありません。原作の「自分の顔」「長岡の花火」の2枚はちゃんとあります。どうしても見たければ頭の中で合成するしかありません。ここがちょっと面白かった。行かれた人は納得されましたか、それとも違和感がありました?

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この宣伝に作られた、画像で判るように、実際の絵はそのままでは足りなくなっている。言っては何ですが時代の流れに絵が古くなったトいう事でしょうネ。そんなバカなモリジアーニやピカソ、それに山下清さんとも比較された、ゴッホやルソーが何時、合成されて宣伝された事があったか?

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何か違うのではないか……そういう意見には一理あります。最初にゴッホを引合いに出したのは梅原龍三郎さんですが、これはちょっと褒め過ぎた。清さんは知的な構成力には欠けており、誰のアイデアか知りませんが、今回展でも補われて原作を越えたト言わざるえない。

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昭和に良く合った、清さんの作風は昭和だから愛されました。素朴で生真面目でひたすら根をつめた絵ではあるが、心に裏表のない。難しい事をしない作風は、平成には合わなくなっている。絵葉書でもコピーでも、何か一枚買うとするなら、合成と判っても、半券絵が欲しい方はあるでしょう。

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清さんの絵は普通の絵ではなくプリミティブ・アートと言われる。そのジャンルに属して原始的造形と言われます。身障者だけでなく未開民族美術もそう言われる。未開美を手仕事で再構成したのがモジリアーニ、ピカソ、ゴッホでした。好意的にいうと清ポスターでのコンピュータ役を、彼らが手で行った。

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悪くいうと、彼らの芸術も盗作に過ぎません……がネ。誰が何といおうと清さんの絵に引き込まれる物がある。それは判り易いキャッチフレーズがあると、より入り易い。画家というとゴッホしか知らなかった時代にあって「日本のゴッホ」のキャッチフレーズで引き込まれた訳でしょう。

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小林桂樹さんの主演で「裸の大将」が映画になる。有名にならないと絵が売れない。絵で食えないと困るのは清さんでした。身障者のプリミティブ・アートもレコードジャケットやカレンダーになれば、それでは食えないでしょうが画材くらいには化けます。

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新作映画では音楽家の石川浩司さんが清さんを演じる。映画でもドラマでも止まる事がない。今回展でも使われた「放浪の画家」も清さんのキャッチフレーズだが、行方不明だった時期は1940年から54年と短く、生涯放浪を続けた訳ではない。だがイメージで商品化されます。

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売れないよりは売れたがいい。しかし清さんは放浪中に絵を売っていた訳ではない。日記はあったが、実は絵はあまり描かれていない。今はコンビニ弁当など、それなりあるが、戦争をはさんだ時代は無銭旅行、信じ難いが食べ物ももらっておられた。飢えた戦争孤児も沢山いた時に……人徳でしょうなあ。

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清さんは晩年、弟さんと同居、享年49才でした。知的障害も身体障害も個々の事情は違うが、およそ体を動かすのが苦手になります。それで清さんも高血圧から眼底出血で、まず目が悪くなり次に脳出血に倒れられる。小林さんから石川さんまで清さんのイメージである、あの体型が清さんには命取りになります。

●熊本県立美術館 障害者の日は11月18日(月) http://www.museum.pref.kumamoto.jp/event_cal/pub/Detail.aspx?c_id=10&id=23&type=top&trk_kbn=A