音楽 Feed

2015年2月16日 (月)

ハードオフ病

P2

 久々にハードオフに物色に行きます。ハードオフに行くと、決って考える妙な事がある。アイデア倒れ主観的と言うか、冷静になると大抵はバカげる。お出かけのテーマ、懸案がない訳ではなく、今回それはDVDプレイヤーが怪しいこと。

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 そんなにタイミングよく、プレイヤーはない……それがあります。ソニー540円動作との表示、だがよく見るとアイワXD-AX10で、ソニーは店の書き間違いです。むろんリモコンがない。それでも動作して540円なら、いいかあ。

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 前回のパイオニアDVDプレイヤと違って、ちゃんと電源ボタンがある……そら、あるよ。12/9/4に買ったDV-353では、手持ちのソニーと比較したら、違いはありました。私はその体験でCDによって、DVDソースによってプレイヤーを使い分けるようになります。

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 だが01年製造の手持ちのDVP-NS300は長く持たず、次いで03年製造のパイオニアDV-353も怪しく、その怪しいという事を説明すると……私はCDスタピライザーを使う。これを軽重2枚持っていて、早い話がCDと同型のCDを押さえる重しです。

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 プレイヤにはスタピライザーの使えるメーカーと使えないメーカーがある。CDを2枚重ねでかかるメーカーもあるが、そういうプレイヤはスタピライザも大抵かけられる。使えれば音質的にトクで、ソニーもパイオニアも、最初はスタピライザーの重い方がいい。プレイヤーがへたって来ると軽い方に変える。

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 軽い方も使えなくなって、CDを素でかけても動かなくなると、ご臨終になります。そろそろパイオニア機がスタピライザーを受け付けない。今は素ではかかる。だからブルーレイプレイヤを買えばいいんです。いくら金がないったって、そこまでない訳ではない。

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 物がへたって来ると、ついハードオフに行く。行くと妙な衝動に駆られ、つい買ってしまう。アイワXD-AX10は03年の製造です。リモコンは汎用なので設定すると多分、出来るト安易に考えてしまう。しかし部屋に帰ると、リモコンは設定出来ない。

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 未練がましく古いソニーのリモコンを出してみるが……あ、使えた。スタピライザも効いて低音がドシリ、鮮明な音像は小音量でもイケます……な、何なんだ。ネットでAX10を検索すると、外側はアイワとはいえ、中はソニーDVP-NS530らしい。

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 アイワの取説はすでにないがDVP-NS530の取説なら存在する。汎用リモコンもソニーとして登録すると動作する……ややこしいが実質ソニー。そして面白い記載を読みます。記載氏は、黎明期の古いCDプレイヤとDVP-NS530を聞き比べたという。

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 結果は古い重量級のCDプレイヤの圧勝と書かれる。私は笑う。スタピライザを使わなければソニーもパイオニアも、こんな安物に差はない。いや、そうではなくアンプの下に、DVDプレイヤを入れ置くとアンプの重さで差が出る……故長岡鉄男さんは、そう言いました。

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 ブルーレイプレイヤがいい。私も冷静な時はそう思うが、記載の主のように昔のプレイヤの方に贔屓する。すると何を言い出し口走るか、その可能性は高い。高齢者は思い込みが激しく、賞味期限の切れたものの方が好き、冷静なんてアテになりません。

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 佳人薄命、ジャンクは短命。病膏肓(やまいこうこう)重度のハードオフ病なのです。冷静になるとブルーレイプレイヤを買いたい……しかしリモコンはまだ元気なんだし、パイオニアDVDプレイヤに出物があったら?

2015年1月 7日 (水)

ブログでDJ 17

Bebe_2

最近またよく、音楽を聞いてます。ほとんどジャズかクラシックなので、読者や人に紹介しても仕方がない。若干、知られればもっと聞かれそうな?……なのは、このBEBEさんだけかも。無断借用の画像もそうです。

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BEBEさんを知ったのは108円の古いオーデイオ雑誌で、オーデイオ記事は役に立たなかった。BEBEさんはクラシックからポップスに転身し、ジャズレーベルからデビューした女声ボーカルと紹介があった。

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 こういうのはyoutubeで検索すると、すぐ出て来る。youtubeで聞くと「トイレの神様」が近い線ですな。ノンビブ歌唱が斬新に聞こえる。ジャズレーベルでデビューしただけに、基本的な音がいい。選曲にセンスが感じられます。

 まずはbebeで「ふたり」https://www.youtube.com/watch?v=6X1MCSLyGXE

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 英国ではフォークに一定の需要があって、ベス・ウォートンさんが私は贔屓です。最近もありましたね。イングランドでの関係で、エンヤやスティングさんなどケルト音楽の伝統にある? ミステリーという曲はどういう意味か知らないけど、いかにもの雰囲気があります。 ベス・ウォートンで「ミステリー」https://www.youtube.com/watch?v=FpEafEZbWIE

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 社会に接する姿勢が前向きというか、肯定的だとフォークになります。社会への信頼に影というか、不信があると恋愛に焦点が合ってくる。ファーストラブからセカンドラブへ移行した後に、ファドなんて聞きません?

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  ファドとはファからソラシの音階3音を抜いて、いきなりドになる。ポルトガル音階と……冗談をいったら真面目な人から怒られました。昔、ライブのディスクジョッキーをやっていました。ファドの女王アマリア・ロドリゲスさんが亡くなって、新しい女王はこの方に……アナ・モウラさんで Desfado https://www.youtube.com/watch?v=B3c7etWevJY&index=8&list=RDQAfd9VfS-6Y

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 枯葉を歌ったのはシャンソンで、恋の季節が終れば老後が待っている。ファドも、そういう意味でしょ? アナ・モウラさんのファドも全体にはそういった意味でしょう。シャンソンのスタンダードが枯葉なら、ジャズのスタンダードも枯葉でして、キース・ジャレットさんの枯葉はいい。 ではキースで 枯葉 https://www.youtube.com/watch?v=Z_3ElWFOv4w

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 ジャズはサックスかトランペット。リード楽器がリードしていたのですが、ビル・エバンスさんあたりからピアノトリオに注目がいって、今のようにピアノ演奏にピークが来ます。キースさんのピアノは比較的「陽」で、むろん陰の演奏もあります。その時の気分で、陰方向と陽方向、自分の感情をコントロールする。

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 キースさんと反対、暗めのピアノはニューヨーク・トリオ、先に書いたオーデイオ雑誌で見つけます。普通のCDではなくSACDといって高価、オーディオチェックにいいそうです。私は寝る前にこんなの聞いてます。ではNEW YORK TRIO - SMOKE GETS IN YOUR EYES 煙が目にしみる。 https://www.youtube.com/watch?v=q36a8TTgZdM&list=PLo-hWOK4skabjX9-Fy92HuvJP1xuQJ2lP&index=1

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 クラシックを出してないので、最後にもう一曲、紹介します。年末は第9とかがスタンダードですが、ベートーベンは、ちょっとヤボったい。年末年始は誰も誘わず独り、ゴールドベルグ変奏曲プログラムなど聞きに行きたい。そういうのが趣味ですが、そんなコンサートは客が入らない。そもそも、ありません。

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 これはバッハの傑作で、不眠症のゴールドベルク伯爵のために作曲されたが、天才グールドに弾かせると到底、眠れない。私は朝からかけ、これで起きるのです。ギャグみたいですが本当です。一度お試しを。 https://www.youtube.com/watch?v=1PBlY3USDXA

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●「ブログでDJ」シリーズは2008年に、4・2、4・3、5・4、10・2、12,15 9年に入って1・2、3.29、4.4、8.17、9.16、11.25 10年には1・31、9・9、11年に2・14、7・11、11・21の計16回ほど、やっています。次はいつか判りません。

2014年6月 6日 (金)

国内盤と輸入盤

Figi

CDも国内盤と輸入盤では違う。その違いがまた気になって来ます。アンプの調子も小慣れるにつれ、女性ボーカルにも馴染んで行く。最初は違和感があった……ローラ・フィジイの「イントロダクション」なんか、その最たる物でしょう。

●瞳のささやき http://www.youtube.com/watch?v=SXsbZmY1uEA&list=RDSXsbZmY1uEA

●Don't It Make My Brown Eyes Blue http://www.youtube.com/watch?v=iJu9PQThmno .

全く同じ曲を、国内盤と輸入盤で並べて聞くと判ります。ハーモニカで目立っているのは、トゥーツ・シールマンスという人です。トゥーツのモニカを国内盤ではミキシングで殺してる。ローラさん独唱のように聞かす訳です。輸入盤では二人の掛け合いの楽しさを聴かせる。

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昔、歌謡曲で男女デユエット曲が流行りまして、女性のほうにファンがあります。そのファン氏曰くに「男の声を消せないものか? 男の声は要らない」無粋というか、音楽ファンではないのです。ローラさんのこの曲はトレンディドラマに使われ、ヒットしました。これも無粋で悲しい。

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ローラさんはシャンソンも歌えば、ラテンナンバーも取り込む達者な所を見せます。むろん楽しい時もあったが、私の人生もそろそろお仕舞いか……そういう意味の枯葉。なぜか予感がするキスして私に、なぜか最後になりそうだから……詞はそういう意味のベサメ・ムーチョ。

●枯葉 http://www.youtube.com/watch?v=ZCToiC9GJsQ

●ベサメ・ムーチョ http://www.youtube.com/watch?v=z5A7krDVBJE

. 私の買ったローラ・フィジイは、もう1枚ありまして「WATCH WHAT HAPPENS さあ、何か起こるよ」ですが、早い話がミッシェル・ルグラン音楽集です。これには名曲が並んでます。シェルブールの雨傘、風のささやき、 ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング このユウ・マストは日本版のみのボーナス曲。

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ボーナス曲をつけないと売れないのネ。「おもいでの夏」これも曲は屈指の名曲。映画は若い女性向けとは言えない。曲を聞くと見たくなるらしい。それで私、内容説明を求められる。まあ何と言いますか? 男の子の初体験の話とも言えず、女性は見ない方がよいとも言えず、はぐらかします。

●the summer knows http://www.youtube.com/watch?v=PMYsGbVQMKc ●Where's the Love http://www.youtube.com/watch?v=xDNr8UBCMik

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このCDはどこで買ったか、例によってハードオフの100円均一です。ケースというか表紙は別ので内容はこれ、違っている。「Where's the Love」そこはもう恋。そういう意味になりますが、何か違うんじゃないか。帰りにカーオーデイオで聞いても違和感があります。

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いかにもフルオーケストラでゴージャスな雰囲気、これはいいオーディオで聞かなきゃいけません。日本盤のミキシングが何でこうなるか。昔、ラジオなど音楽をモノラル等で聞いた影響があります。いいオーデイオがなかった貧しい時代は日本版はこうでなければ理解できなかった。

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もちろん今は違う。声と楽器の掛け合う楽しさ、それも判らなければ話にならない。だけどレコード会社は今もラジオが標準です。今もこういうミキシングをしてます。悪い冗談のように私のCDケース表紙は「瞳のささやき Don't It Make My Brown Eyes Blue」だったんですネ。

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話が上手く落ちたようですから最後の2曲にします。ローラ・フィジイのイントロダクション、恋の始まりという意味です。悪くいうと恋は、心の隙きに付込み、付込まれる事です。そうすると始めるに当っては、愚かでなければならない。むろん全くの愚かでもいけない。賢く愚かいうか……Heartache心痛に耐えることです。

●Good Morning Heartache - My Foolish Heart http://www.youtube.com/watch?v=rHtExch_Ls4

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2014年5月24日 (土)

協奏曲の出番

Contye

映画「野獣死すべし」で主人公が頬を擦り付けんばかり、高級スピーカに聞き入るシーンがあります。トラウマの癒しは、病院の診断や医師の処方箋ではなく、その金額によって行なう……トこの時期は信じていた節もあります。主人公は音楽療法を試みている。

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私のクラシックの好みは、ベートーベンからシューベルト、やがてモーツァルトと移行しました。映画ではタイトルの後、主人公が最初に聞くのはシェスタコービッチ第5交響曲の冒頭、バーンスタイン盤ですが、すぐモーツァルトに移ります。

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シェスタコ曲とはベトちゃんより、男性性を強調したと思われます。しかしトラウマの癒し方はモーツァルトに向う。「短くも美しく燃え」でも有名なピアノ協奏曲21番の2楽章。また映画の場面変わってショパン、ピアノ協奏曲1番。

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このコンサートシーンで主人公は見知らぬ女性に見初められる。シンフォニーからコンチェルトへの流れ、独奏楽器とオーケストラの対話から協調への方向は、映画も音楽から恋愛療法に流れるかに見える。しかし主人公は副主人公を連れて来る。

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「女に心を写すのは間抜け」とのセリフから、副主人公は自分の女を殺してまう。銀行強盗の犯行現場で主人公はコンサートで知り合った、あの女性も射殺します。そうすると音楽療法も恋愛療法もありません。心を癒すのは金だあ、犯罪だあ。

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物語はそういう流れになります。そうなると映画も英雄性というより、狂気にのめり込んでいく。ひところのコンサートがオープニングに序曲を使い、ベトちゃんのエグモントとかレオノーレです。これにピアノコンチェルトを続け、ラストは交響曲で締める……そういう選曲をしました。

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原作本では曲の指定はあるのか? なさそうと大藪本は読んでない私です。私の中でショパンやモーツァルトで始まった、女性化というかフランス化の傾向はサティ、ドビュッシーへと移っていきます。時折、バッハにかえる事はあってもワグナーには向いません。

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そのうちモーツァルト療法などと時代は流れ、音楽療法も一般的になっていく。しかしモーツアルトだけが特別に聴くという事もない。先の第5交響曲で書くように、全く同じ曲でも解釈が違い、イメージが大きく異なるケースもあります。

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個々の曲を組み合わせ、心をある状態から違う状態に導く。毎回そうなれるのなら音楽療法と言えるでしょう。私だけの方法、曲順はあっても、それが誰にでも効くものではない……ちょっと書いたように、コンサートで取り上げられた曲順がひとつ、参考にはなりますね。

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●映画「野獣死すべし」http://www.gooddrama.net/japanese-movie/the-beast-to-die-movie

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2014年2月 5日 (水)

ジャズを一番、聞いた頃

Agawaかれこれ2、いや3年ぶりか。「ブログでDJ」の17回目です。最初に私がジャズを意識したのはマイルス・デビスで、友人はコルトレーンが好きでした。後にも流行った「僕たちの失敗」森田童子さんがデビューして、歌の中で出したチャーリー・パーカーは、それほど人気ではなかった。

●チャーリー・パーカー ビギンザビギン http://www.youtube.com/watch?v=TWPWLM5CGDk

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診察を待ちながら読んだ雑誌に、ワルツ・フォー・デビーの推薦がありました。ビル・エバンスがギル・エバンスとは違う人らしい、そう思った後で、再入院がまた決った。晴れ渡った窓の下に可愛らしいコスモスが風に揺れていました。

 ●ビル・エバンス ワルツ・フォー・デビー http://www.youtube.com/watch?v=LCNyRcaTeMw

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私も、知り合いの娘にカセットの録音を頼まれまました。若かった頃に、阿川佐和子さんは「いつか王子様が」という曲が好きで、その曲ばかりを集めたテープを男友だちにもらったという。で、阿川さんはジャズに目覚める訳です。男友だちが何でそんな面倒なテープを作ったのか、思わなかったのでしょうか? いえ私もその娘と、それぎりになります。

●中本マリ&阿川泰子 オールオブミー  http://www.youtube.com/watch?v=DGv6uR6LZUQ

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男は女性ではなく、女性も男ではない。性差は不思議なものと気がつきます。男の耳には、なぜか女性の声は甘く聞こえます。きっと女性の耳には男の声が甘く聞こえると、そう思うのですが……甘い声が好きかというと必ずしもそうではない。こんな突き放すようなボーカルが聞きたいこともあります。

●ダイアナ・クラール Cry Me A River http://www.youtube.com/watch?v=S4hPii_RVHE

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あたり前ですが、ジャズ曲にも曲名はあります。一番、ジャズを聞いた頃、ジャズ喫茶でリクエストを取られた事があって、シャドウ・オブ・ユア・スマイルと言った覚えがあります。隣にいた古株氏に初歩的と非難されます。リクエスト曲へ非難もどうなのか……その後、イソシギはジャズでスタンダードになって、中年の恋を描いた映画の方が残れなかったのでは。
●いそしぎベスト集 http://www.youtube.com/watch?v=U4n8fL5BYMo&list=PLSkjwA1J7aaY_ZkkPXYrWmKiCcvl7DI2G

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この一曲という曲はないか? 私にあるとすればオータムリーブス、枯葉だろうと思います。ビルもマイルスもダイアナも、ほぼ全ミュージシャンが枯葉を演奏します。いつか阿川さんがもらったテープのように、枯葉ばからりを集めてテープにしたい。そうは思うがテープというメディアも、古くなりましたなあ。

●ビル・エバンス 枯葉 http://www.youtube.com/watch?v=WkrArlcqpgI

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●「ブログでDJ」シリーズは2008年に、4・2、4・3、5・4、10・2、12,15 9年に入って1・2、3.29、4.4、8.17、9.16、11.25 10年には1・31、9・9、11年に2・14、7・11、11・21の計16回ほど、やっています。次はいつか判りませんが、お楽しみに。

2013年6月12日 (水)

ユーミンを口づさむ

 Kamotuアナタを思い出すこの店に来るたび……と言うのはユーミンの「海を見ていた午後」の歌詞の1行です。昔はいい事もあったがその時は過ぎてしまい、ここには何も残ってはいない。そういう意味の歌は珍しくなく、ありふれる。

 

去った時は残らない、誰でもそうなのだがユーミンは非常に美しく、それを表現する。Bメロの、ソーダ水の中を貨物船が通る……という歌詞はスゴイ。小さなコップの水に大きな船を入れてしまう。そして食い違う今と昔のギャップをも忘れさせてしまう。

 

でも忘れた方がいいのか、忘れないがいいのかは判らない。遠いあの日は帰らないから遠いあの日です。そんな思い出の1つや2つは誰にだってあるでしょう。でも船とコップの手品のような記憶術は、誰でも使える訳ではないのです。

 

海を見ていた午後は普通にいい。何もしなかった人にも、歌謡曲と同じに聞ける。「いちご白書をもう一度」はそうはいかない。異性とふたり映画を観に行った体験は、誰でもあるでしょう。当時よく知らないセーラー服の子と、私もいちご白書を観ました。そんな風に観るには、あれはえらい映画でした。

 

映画には歌詞にあるような哀しい場面はない。ユーミンが歌詞でいうのは、学生たちが体育館に立てこもりレノンの「平和を我らに」を歌うシーンと思われるが、その直後のシーンは私にもあの子にもショッキングでした。

 

当時はどの大学でも学生集会が行われます。経営側は大量の使途不明金を出し、どの大学でも授業料を上げて凌ごうとしました。ユーミンが行っていた中央大学も例外ではない。だがユーミンは集会には出ない学生だったト聞いています。

 

それで学生は怒って、体育館を占拠する訳です。これに対抗し大学側が警察を導入しました。ひとりづつ警官に引き抜かれる学生の中に恋人を見つけ、主人公は階段の上から人の中にダイビングする、そのストップモーションで映画は終わります。

 

エンドタイトルが終って場内が明るくなった時、あの子は歌のように涙ぐみ、拳を握り締めセーラー服の肩を震わせました。私はあの子に「手を握りそびれたから映画は面白くなかった」トそういう意味のギャグを飛ばしました。

 

いちご白書のスゴイ所は、雨に破れかけた街角のポスターに、過ぎ去った昔がト「海午後」のようにキレイに今と昔を対比させする。だが失われたのは恋心ではなく本気で怒る事、忘れてはならない事を忘れ大人になった自分。就職は敗北感の味がした……

 

ポスターは破れて雨にぬれている……ロクでもないものに金を使い過ぎ、赤字を抱えまた性懲りもなく税を上げる政府。あの時と何も変わらないのに、なぜ私は変わってしまったか……なんてね。この歌はそんな風に思わせる……あの子? さあ今頃は、どうしているのでしょう。

 

歌謡曲では使われない和音が出て来ます。ちょっと無理な歌詞を詰め込んだ曲の進行は覚え難い。だからだと思う。ユーミンは最初の2枚のLPは全くヒットしなかった。斬新に過ぎたのです。でも覚えてしまえば忘れられない……のではないかと思います。

 

●海を見ていた午後 http://www.youtube.com/watch?v=K05kwmqOXmY

●いちご白書をもう一度 http://www.youtube.com/watch?v=lbt0Vh86k34

●平和を我らに http://www.youtube.com/watch?v=q7hGh6GORuo

2012年9月20日 (木)

陽水88年ライブ

Yousui井上陽水さんの88年ライブを、ハードオフでLDで買います。40才の井上さんは若く、ステージでは例のテレ笑いを浮かべています。すでにファンとの間を的確につかめたかに見えるが……意外な事につかんでない。

 

オープニング「東へ西へ」は戸惑いの歌で、2曲目の「ワカンナイ」でも似たような気持ちを歌います。ワカンナイは賢治の「雨ニモ負ケズ」を下敷きにした詞で、自分は誰にも判らない、判ってもらえない……との気持ちに重点がある。

 

雨にも風にも負けないでね 暑さや寒さに勝ちつづけて というのです。井上さんは詞を着想するとすぐ、糸井重里さんに電話をかけ「アレはどういう詩か」と聞く。糸井さんから、私はそういう発言を聞きます。

 

賢冶の詩には最後に「ソウイウモノニワタシハナリタイ」と結論があり、賢冶もある種、戸惑いの中でこの詩を書いた。ライブはサントリーホールで行われ、一つにはクラシックのホールで演奏する事に井上さんの戸惑いがある。

 

トークで、このホールに初めて来た人、来た事のある人と、拍手で決を取っている。次の曲に行きかけて行かず「お願いがあります。満場の拍手を聞きたい」と言い出すのです。アドリブトーク、本音の気持ちに聞こえます。

 

つまり大スターらしからぬ、つらく不安な気持ちが透けて見えます。東へ西へ、ワカンナイは、その気持ちに重ねて歌われる。さらに重ねますト、賢冶も手帳に雨ニモ負ケズを書きつけた時、軽く自分を見失っているのでは……。

 

この記事も前の日から考える事はなく、行き当りばったりが多い。結論を考えてから書く事も、まあ少ないです。たまには明確にありますが……そういう意味では不安に書き進めます。今日も、そろそろオチを考えなければなりません。

 

ワカンナイという曲は、ここでは自身で弾いているギターの音も消されたようです。ボーカルだけに聞こえる。違う後のライブではピアノに重点をかけるなど、ボーカルのウエイトを軽くして演奏されます。

 

そうなると井上さん自身の不安も消え、安定した演奏にはなります。そうすると曲は魅力を増すか? むろん好きずきで意見は分かれるのでしょうが、私には疑問になります。(下に比較引用)

 

記事の場合、あまり毎回同じ結論はダメでしょう。進歩がない事になる。はっきり言えば進歩がない。意見が変らければ、書く必要もない。たとえで言うと賢冶がなりたかった「ソウイウモノ」は、私には見えてきません。

 

88年 ワカンナイ http://www.youtube.com/watch?v=TSzXhU9sviE

 ●02年 ワカンナイ http://www.youtube.com/watch?v=Mv_Z07P6o1A&feature=related

2012年9月11日 (火)

演歌が消えていく

Uta_2どこかのラジオが演歌は無くなるのか? トいうような話をやっています。それに重ねコメンテイターは、「演歌・援歌・歌」といった方向に持って行く。それは五木寛之さんが藤圭子さんを論じた時の話だろう。

 

1969年あたりから歌謡曲はワケが判らなくなった。岸洋子さんがシャンソンではなく歌謡曲として「希望」を歌っていたし、フォークの南こうせつさんも「神田川」を歌謡曲で歌った。他にも……

 

「泳げタイヤキくん」や「黒猫のタンゴ」は何年だったろう? 概念からは童謡のはずなのに歌謡曲の枠で歌われた。流行歌なのだから演歌でもカンツォーネでもいい、商業的に成功すればそれでよかった。

 

今は演歌ではペイしなくなった。ポップスやクラシックがペイしないようにペイしない。それに歌謡曲という枠も無くなってしまった。すでに歌にジャンル分けはない。

 

当時の五木さんの演歌論は、情感という事を書いていて、それは今を限りに消えて行くものト、読めた。大衆小説とか中間小説とか言われた。その中での当時の五木文学のありかを示そうとしていた。

 

実際に演歌か歌かトいうエッセーは、哲学的な論考だったのです。今、邦楽でもラップがありJポップも、何とかもある状況、演歌が無くなったとしても特別な感慨はない。むしろペイしない音楽は消えて行って当然です。

 

たとえば新聞から谷垣自民は消え、野田民主がまだ残りそうトいった事と変らない。センチメンタルが私たちの心にそぐわず、ドライでクールな歌も同じくそぐわない。私たちの歌は何処へ行ったのか?

 

演歌や歌謡曲といったジャンルの音楽があったのに、今は音楽自体までが無くなったか? そういう事ではない。ポップスは民族音楽にルーツを求めます。そのポップスにJポップスはルーツを求めようとしている……かもしれない。

 

初期の五輪真弓さんは、声が似ているというのでキャロル・キングを意識します。しかし音楽的方向はシャンソンに流れる。長谷川きよし、因幡晃さんも似たような物で、フォークにもそういった情感路線がありました。

 

ラジオでの話題にもどれば西野カナさんの情感も、それと似ている気がします。今は今の情感がある。昔の歌には昔の情感がこもるが、今の情感は流れない。古い歌は消えていく。どんな時代であろうト、歌はそういうものと思います。

 ●参考文献 五木寛之「ゴキブリの歌」演歌と援歌と怨歌 1970・6・9

2012年8月17日 (金)

いちご白書をもう一度

Itigo_2 官邸デモの一部は、youtube(下記)でも見られます。投石や火炎瓶を見た世代としては隔世の感に打たれる。この模様では極端な迷惑をかけていない。プラカードより子供づれ、あるいは楽器を抱えた、のんびりしたデモです。

 

官邸デモと学生集会は違うんですが、似たような所はあります。学生集会がなぜ開かれたかと言うと、大学側の使途不明金が発覚し、経営がうまく行かなくなった。それで大学は授業料を上げると言出した。集会は、それに反対した学生の集会でした。

 

原発依存は随分と迷惑な話で、かかりは庶民が持ち、出来た電力を企業には安く使わせるシステムです。運営費用はもちろん、事故ればその費用まで税金で賄う。庶民は踏んだり蹴ったり殴られたりですなあ。

 

ジャイアンとお取巻きに、体よく恐喝される様なもんです。恐喝されるのが悪い。殴られ蹴られ踏まれるのは、その者にそれなり理由があるからだろう。やられる方が悪い……そういう理屈はありませんが石投げるとマ、そういう理屈になります。

 

ユーミンに「あの日に帰りたい」というのがあって、それが前にヒットしました。最近は「いちご白書をもう一度」の方に人気が移ったと聞きます。映画「いちご白書」は、学生が立てこもる話で、まだ投石はしません。

 

フォークもニューミュージックも、簡単に言えば歌謡曲の発展したもので、懐かしいは初恋の頃の「あの日」という訳です。ユーミンの曲は進行展開が斬新でしたが、詞内容は初恋の頃、まあ誰にでもある感傷でした。

 

「暮れかかる都会の空を思い出はさすらって行く」島倉千代子さんが歌ってもそんなに違和感がないでしょ? 誰にでも向くといえば何ですが、実際には小野リサ、坂本冬美さんなどがお気に入りのようです。

 

「いちご白書」はメロディの進行がやや難しい。「いつか、君と、みたあ、映画が、またあ、来るう」詩曲の重なりはあまり自然ではない。「雨に、破れかけた、街角の、ポスターに、過ぎ去った、あの頃が」いうんですから無理やりです。

 

学生運動も次第に発展すると投石に火炎瓶ですから随分、周囲に迷惑をかけたト思います。鑑別所の檻に座らされ、機動隊に殴られた傷や火傷や石の跡など点検すると、自分が生きて行くとはどういう事か考えてみないではいられません(話に聞きます)

 

学生運動に深い意味でタッチした人は、森田童子を聞くんでユーミン曲はあまり……関係なかった人が聞くと思われる。下にバンバンの「いちご白書」を引用しています。ここに迷惑した人が最近になってコメントを付けてます。

 

逆に共感のコメントも出ています。一身障者として、どちらがどうと言うことはありません。こういう曲も見直されて別な意味を帯びていく。それが官邸デモの今の時代と思います。

 

官邸デモに行けば行ったという、ある意味の一票で、一生心の中から消えない。では行かなければ行かなかったという一票か……それは原発への賛成票になります。ジャイアンの恐喝に加担し、人を殴り蹴った一票と、私は思います。

 

2012622日(金曜日)1850分から19時にかけて http://www.youtube.com/watch?v=drmdXky9wuU

 ●いちご白書をもう一度 http://www.youtube.com/watch?v=K5gh5WWiTIY

2012年5月30日 (水)

赤とんぼは歌わない

Akato_2由紀さおりさんが理想の歌は童謡といいます。その童謡の中で人気ナンバーワンの曲は「赤とんぼ」。由紀さんは一般に歌の言葉が多すぎると言います。伸ばされた子音が、十分なセンチメントを含有するのでしょう。

 

シンガーソングライターがブームの頃に、由紀さんにも詩を書くよう、お勧めがあったト言います。だが由紀さんは自作ブームには馴染めず「言葉が多すぎる」と感じたそうです。

 

「今日の仕事はつらかった あとは焼酎をあおるだけ……」という岡林さんの曲はともかく「おいで皆さん 聞いとくれ僕は 悲しい 受験生……」高石さんの曲は、いわれるように音符より言葉数が多くなります。

 

 

 

これはセンチメントをより、状況説明、人物画取った行動を述べる事に重点がある。「夕焼け小焼けの赤とんぼ負われて見たのはいつの日か」という中、主人公は姉やの背中にある。

 

 

 

幼くて行動がない。姉やは15で嫁に行くが、姉やにも主体はなく、おそらく結婚は周囲の大人が決めたと思われます。赤とんぼの中では、夕暮れのセンチメントが自分の物となっています。

 

 

 

由紀さんは「姉と歌う」この歌に理想を見ます。この時、由紀さんは何をどう思うのか? 姉やや坊やは何をどう思うのか? あるいは何をどうしたいのか? 気になります。

 

 

 

五輪真弓さんの歌でも、状況はともかく行動はあまりない。ユーミンでも「海を見ていた午後」では「あなたを思い出す この店に来るたび」店に行く行動はあるが、後は何も行動しません。

 

 

 

ユーミンも「いちご白書をもう一度」では、主人公は映画をもう一度見に行きます。学生集会にも時々、出かけました。行動を取ることで何をどうしたいか、を考えます。

 

 

 

中島みゆきさんの歌の中で、女性の主人公はとても行動的で、男に出した手紙の束を取りに行ったりします。フラレて立ち尽くす、五輪さんの歌の主人公とは違います。

 

 

 

「逢いたかった逢いたかった逢いたかった、エイ」目当ての男子を見かけ、走り寄ってコクるように迫る。AKB28に出て来る主人公、この女性は非常に行動的です。みゆきさんを越えて行動的です。

 

 

 

親だか親戚だかが決めた、訳の判らない結婚を受け入れる「赤とんぼ」の姉やとは違いましょう? 由紀さんは詞が書けなかった事もありましょうが、自らの行動が取れなかった。何をどうしたいか判らなかった……と私は思います。

 

 

 無論そういう時代であった事もありましょう。私は間違ってるでしょうか。行動する事で考える。考える事から行動する。私は赤とんぼは歌わない。なぜなら以上のような理由があるからです。あなたは赤とんぼを歌いますか?