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2017年10月25日 (水)

水泳やめる理由

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 今頃になってDVDで「悼む人」を見ます。関心はあって何で見なかったかは分からないが、まあ、一種のお伽話の内容は、好みが分かれます。

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 今回は映画の話ではなく、主演の石田ゆり子さんの水泳愛好家としての挙動です。つまり氏は「悼む人」のプロモーションに出てきて、水泳を止めた話をしてます……何でまた、聞きたくなるのに理由は言わない。この画像は少し前の物かと……

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 水泳を止めて6年、もう水も見たくなくなったそうな……その理由を推理する。バカですねえ。水泳は中毒になり、プールに行かないとイライラします。ましてや水を見たくなるなくなるまでには並大抵ではない。

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 吉永小百合さんはバタフライで週に6キロほど泳がれます。2,3回に分けて毎回2,3キロという所か、これを見てかどうか? 桃井かおりさんは宮沢りえさんを誘ってスイミングスクールに行ったそうな。およそ30数年前。

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 この頃から水泳は俳優女優の心得として注目された訳です。石田さんも水泳を40年くらい続けられ、女優としてより子供の習事から、どちらにしろ似た計算になります。「奇跡のアラフィフ」には訳がある……とすれば止められた理由とは?

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 伊達公子さんが再デビューされた時にピラティスと水泳をされていた。言動からはピラティスが上位で水泳は下位でした。その後、ピラティスやホットヨガ、ただのヨガは、体幹、インナーマッスルを鍛える方法として注目されて行く。

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 はっきりはしないがそういった流れがあるのでは? つまりゴジラ松井だけではなく高校野球が水泳を取り込み、ハリウッドスターが自宅に25mプールを作るのは、何ら関係はないものの読む分にそう読めます。

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 伊達さんの水着写真は出ており、私は見ました。逞しくも仁王像のようで、言っては何だが女性を褒めて言うに適当ではない……しかしテニス姿も基本的にそうなので現実というモノでしかない。

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 伊達さんでなくシャラポアさんだと顔に目がいくのだろうが、試合のリアルは誰だろうが違いはない。毒を喰らわば皿まで、国策に沿って違法薬物を打った事実も消えない……それがプロという事です。

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 論理は脱線したが、伊達さんは尊敬するが私はああは成りたくない。試合のプロではない女性は思うのではないか……言うのが私の推理です。むろん何と思おうと勝手であって水泳もピラティスも各自の自由です。

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 筋肉っぽくない。ふわっと健康がどこかにないかしら……いうのが石田ゆり子的な本音ではないのか? 水泳では筋側に効きすぎる、証拠としては、最近インナー筋トレ両にらみのトレーニング用のゴムチューブの類がよく売れている。

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 インストラクターや女性の客に聞いてみよう。いや「悼む人」のお伽話の部分をもう一度、見てみよう。

2017年10月10日 (火)

カズオVS春樹

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 村上春樹はダメで、なぜカズオ・イシグロがOKになったか? 今年のアカデミー文学賞の選考理由は、すんなり理解できました? 去年度に村上の受賞はない。そう断言した私としては首を縮めました。
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 ざっくり言うと「ノルウェイの森」になくて「私を離さないで」にあるモノ? 2作を比べ見て、ひとつ謎を解いてみましょう……いい加減過ぎかな、いや話題をゲーム化して文学で遊びましょう。
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 文学とはいうけれど2作はどちらも純文学ではなく、内容が軽い言うか、若向き、誰でもチャレンジできます。恋愛が題材であって、人生の長帳場についての言及は薄い。それもこの際は長所と取りましょう。
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 新刊ではないのでブックオフなら、両作そろえても千円で買えます。DVD化もされているので200円あればレンタルも可、本を読み慣れない人でも参加も出来ます……私も再読はせず映画です。
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 話の方向をあらかじめ絞りますと、表立っては書かれませんが、潜在的には宗教の違いが根底にあります。つまり仏教とキリスト教による解釈の違い。キリスト教は奇跡に祈る宗教で、仏教は悟りを開く。マインドフルネスとか、悟りに注目が来てます。
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 「森」の直子は20になり、2人だけのバースデイです。ワタナベに向かって印象的な事をいう。成人までの時間に猶予があればいいのに、19才からもう一度18才にもどり……ゆっくり20才になれたら生きる事が苦しくないのに……生きるのが苦しいと感じますか?
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 ここは「離」の臓器提供の猶予制度と似ている。「離」に出て来る主人公たちは臓器提供のために生かされ、およそ20才から30才までに死ぬ運命……ただ仲間うちで本当のカップルになれたら提供は3~4年、猶予されるらしい……そういう設定です。
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 生きるのが苦痛な直子は精神病を発症し、自主的にサナトリウムに入ってしまう。大人になると責任が伴い、それで自殺や精神病を発症しやすくなる。私にも統合失調から自殺に至った友人があります。それは判るが精神病にサナトリウム療法はない。ウツ病にも統合にも、そんな治療は存在しません。
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 ここは提供と同じフィクションです。結核のサナトリウム療法は「風立ちぬ」でも描かれ、まあ、あんな感じです。私は結核ではないが、20才までの3年ほどをサナトリウムで送りました。直子が望むような、一種、ゆるい場所で……村上さんの意図が、ある意味ではよく分かる。
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「離」のヘールシャム学校やコテージや一種のサナトリウムと読めます。では社会がルールを甘くしてあげれば、直子は無事に大人になれたか? 「森」では奇跡は起きない。ワタナベを置いて直子は自殺してしまう。「離」では猶予のルールが、不確かなまま噂で伝わり実際は……青春にサナトリウムは効くか?
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猶予されれば主人公たちは深く生きられ、提供するから浅い生になるのか? 一人になった主人公も、自分の提供日をむかえ「提供を受ける人も提供する自分も同じこと」ト悟ります。奇跡を求め奔走するのがキリスト教的で、仏教では終りを見届け、その意味に気がつく。
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 ワタナベにとっては青春全体がサナトリムで、もっと言えば3人の女性とのセックス自体がサナトリウム効果をもたらし、こういう形であれば不倫にならない。あるいは罪が軽い……つまり仏教的です。でもセックスは結婚の形を取らなければ許されないのでは……そうみればキリスト教に縛られる。
 それはともかくこう見てくると両作は似ている。偶然似たのはなく、イシグロさんが村上を読んでいたから……そう考える方が自然でしょう。「ノルウェイの森」に影響されて、宗教の違いをより意識して「私を離さないで」は書かれた。
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 提供するとされるが同じか……むろん議論は分かれます。人という字は支え合う二人という解釈はよく言われる。ホントは支える人と支えてもらう人が一緒にある。キリスト教も宗教、仏教も宗教、こういった適当な話をして経済活動にする……幸福のために不倫を許しあう愛だってアリなのでは?
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 長命化とか超能力とかタイムスリップとか、簡単にいうとあれ全部、奇跡です。奇跡が起きれば人は必ず幸福になれるか。キリスト教的な価値が大きくなり過ぎて……仏教的に緩和が図られた。マインドフルネスの流行や、ノーベル文学賞選考にも入り込んだ……それが私の読みになります。

2017年10月 4日 (水)

パルムの僧院

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 誰でもそうと思いますが、地震はどうしたらいいか判らない。熊本市では震度7の地震が続けて2度あり、いい大人が手も足も出ず、困り果てた体験があります。
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 あんな地震がもう一度あれば、さすがにガスを止めテーブルの下に逃げ込むくらいは出来る。だがそれ以上に賢い行動を取る自信は未だになく……体験の意味はそんなものです。
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 ここで地震と自信をかければ話は落ちる。いい大人になれば大抵のことに、人は自信を持てるが、大岡昇平さんも恋愛体験に(性愛も含む)どうやら自信が持てなかったようです。
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 漱石にもカミさんがあった。愛人どころかカミさんももない私としては、両方あった大岡に教えを乞うしかなかった。だが大岡の自信のなさは私の地震体験どころですらなく、なんとも青天の霹靂となった。
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 そこで大岡の専門のスタンダールを見た。「パルムの僧院」は恋愛心理劇。若き貴族、ファブリス・デル・ドンゴはつまらない事で殺人を犯し、城内に幽閉される。そして人生の失敗が決定するまでの物語がスリリングに進む。
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 主人公は運命、あるいは出世をめぐって、年上の女性と若い女性の間を、行き来する。テーマと構成は「赤と黒」と大きくは変わらない。つまり災害心得手帳とか避難袋づくりが流行ったように、スタンダールは恋愛論を書いている。
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 年上の女性は具体的には母のことです。スタンダールの父とは不仲で、母はスタンダールを溺愛した。愛されるから愛を学び、愛する方向に向かう。受動から能動へと形を変える心理が、スタンダールの書いた恋愛術となります。
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 母の束縛がうるさいから、スタンダールは兵隊になってナポレオンのように出世しようとします。しかし武術の才なく軍で出世は出来なかった。「パルムの僧院」では決闘シーンがあり、若いファブリスは中年男をやっつける。
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 漱石は八雲のようには人望がなかったので、三四郎ないでは生徒に人望があったと書いてます。大岡は「事件」ないでは姉妹に男を取り合うシーンを演じさせる。私はそんなの何も書けません。
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 スタンダールは軍でイタリアに遠征体験があって作品にもチラチラ出て来ます。こういった先に若い女性と体験があるかも知れません。恋愛は男女どちらかがリードしなければならず、あまり平等にこだわっても進展は難しい。
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 年長者が普通はリードします。しかしリードする体験、される体験をペアで持たないと不満は残るでしょうな。実際にはリード体験のある男が、次々と女性をリードします。性愛に主なウエイトを置いて……
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 性愛ももちろん重要事項ですが、あまり重点を置かれても困る。食事、飲み物、美術、音楽、スポーツにアアだこうだ相性のすり合わせあうか、ある訳です。そんな面倒なといって重要事項だけ重点を置いて、あとは金で済ます。
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 そういうのもあり、どういうのもありです。スタンダールの時代はキリスト教が支配権を持っていて、一応の目安にはなった。そういう物の何もない自由社会と、どちらが生き易いのかは人による。
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 どうしたらいいのか困り果てる……その意味で恋愛も地震と変わらないモノという認識があった気がする。震度1か2の恋愛では困らんが、震度7で人生を揺さぶられる恋愛は困る……ただ人生に、そういうのはなしで終わる可能性の方が高い。
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 熊本もまた地震は来ると考える人と、来ないではないが何十年かは来ないと考える人があります。年の70に近くなって恋愛に準備なんか私はしません。そう決めると大岡の気が知れてくる。ただ問題は漱石です。

2017年9月18日 (月)

後妻業の女 映画

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 真実なんて物は怪しい……かと言って嘘を誠に変える魔法を探す訳ではない。頼ろうとするから騙されます。数年前に読んだ小説「後妻業」が、映画化されます。
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 主役の大竹しのぶさん「後妻業の女」で騙され役の男優陣は津川雅彦、森本レオ、笑福亭鶴瓶さん……といった面々です。いや最後の鶴瓶は騙されるフリをして……女性を釣る竿師ですって。
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 歳を取ったら出来れば若いカミさんでも貰って、老後の何やかやを看てもらう。大竹さんの「趣味は読書と星を見ること」なんてセリフに、理想的後妻像を重ねます。これって古すぎです。今時、そんな女性はいない。
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 女性は分からない。私がおもうには女性に理解してもらえるなんて、そもそもありうるか? 別に離婚の必要はないが、高齢化するほど家庭内でも別居、別行動を進めた方がいい。
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 私だけかと思ったら、マンガ島耕作シリーズの広兼憲史さんも似たようなご意見らしい。身の回りを整理して料理を作り、趣味や付き合いは縮小し、見栄は張らない。具体的には年賀状はもう書かない等。結婚中から人はひとり生まれ一人に帰る。
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 週刊ポスト(9・29)の記事で、広兼さんは高齢化した男こそ自立すべきという。寂しいから不安だから再婚したい、婚活パーティに後妻を募る男たちの映画と真逆です。どっちに真実があると思いますか?
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 婚活パーティは熊本市でもやってます。元締めは福岡にあるらしく、各市の安いホテルを会場に、来ないかとメールがありました。私は行きません……メールといえば先だって個人の女性からメールが入ります。もう少しだけ信憑性がある。
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 長くは引用しませんが「漱石好きそうだが一緒に映画に行かないか……」そういう文面でした。都内の方ですが誘うにしては雑でした。当方は、九州住まいで高齢と返事したら、無論それっきり……間に受けられません。
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 映画の方は人間喜劇という事で豊川悦司さん扮する結婚相談所、所長の仕切りで入籍から遺言書の作成、殺害、葬式と進行します。ただ連続殺人となると人間喜劇も笑ってばかり済ませる訳にも行かない。
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 一件づつに千万単位の現ナマや不動産がからむにしては、警察検察の筋が入らない。私立探偵の永瀬正敏さんは絡むが、関係筋の考えは表さない。後妻業という言葉まで出来、それなり現実は進行している……だから何、どう思うというの?
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 それが弱い、この映画は伊丹監督の「マルサの女」のバリエーションになります。しかしマルサやお葬式のように見終わった後の、肯定的な味わいが広がらない。これだけの俳優を集めたというのに、本や編集の問題でもなく、監督の力量が足りない。同様の試みは「SCOOP!」「舞妓はレディ」と並んでいる。

2017年9月13日 (水)

DVDを買う

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 先月「グリム」という連ドラのDVD、シーズン1,2を買います。どこかで面白いと噂を聞いたが……どうも勘違いで、中世の妖怪談と現代の刑事ものがゴッチャになった内容です。
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 シーズン1は見ますが2は封も開けないでブックオフに持って行きます。ほぼ毎回完結の読み切り……林道をランニング中の女子高生が誘拐される。本性はオオカミという男が容疑者に上がる。
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 民話というか童話収集のグリムの血筋という、主人公刑事にだけ、男の本性が見える。その部分のCGが売りです。しかし証拠にはならない……この先はミエミエの捜査になる。子供に分かる筋立て、合理的な部分と不合理な部分が混ざります。
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 妖怪に女性が犯されると首の辺りに卵を妊娠する。それが純金の卵というので、女性は妖怪に監禁され……ラストは手術で取り出される卵。夜空に砂金となって飛び散ります。まあ性教育はいらない。子供ドラマではないが分かり易い。
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 シリーズ1だけで匙を投げた理由、お分かりでしょう。先月はパソコンが故障してヒマでした。私はドラマでも「フィッツ」とかが乗るんです。あんな傑作ある訳がない……いえ電気店がソフト部を閉鎖し、売れ残りをワゴンセールで出した。
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 犬も歩けば何とやら、通りかかった私はワゴンの中を覗き、安かったので買った。昨日、売ったドラマ2セットほかに、映画2本も買います。それ以外は意欲が湧かない言うか、あれもこれも一律100円という捨値でした。
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 昔にLDソフトを転売した経験がありまして、ワゴンごと買ったらと思わないではなかったが……買えませんでした……金がなかった! いえいえ今度はどうなるか、ヤマ気がないいうか、単に気が小さいのね。
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 ……で「グリム」その2本は幾らで売れたか? 2500円でした。差し引き2300円の儲けになります。せっかくならヤオフクで売ったら2倍、チャンスとワゴンごと買っていたら10倍……そうしていたらネ。

2017年9月12日 (火)

それから4

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 ここで奇妙な事が起きる。大岡昇平さんは、なぜ漱石に魅かれたか? 愛人と奥さんの間を行ったり来たりした大岡にとって、恋愛というか性愛というかは、珍しくもなかった……はずです。
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 たとえ講演録にしろ500ページをかけて追求するような何が、漱石にあったか? 大岡はスタンダールを専門とし、スタンダール以外で深くこだわった作家はいないので、つまり漱石は例外中の例外です。 
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 鴎外の「舞姫」にはモデルがあって、最近、彼女が日本に来た痕跡が見つかったそうな……同じく漱石の書いた美人のモデルは誰それではないか? むろん大岡も「小説家夏目漱石」で書いている。
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 モデルで有名なのは江藤淳さんの、登勢という兄嫁説です。私の説ではモデルは問題にならない。あれは母、それも観念的な架空の存在です。「それから」でも架空の存在としなければ納まりがつかない。
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 恋愛の駆け引きで波風も立たず、結婚生活に入っても衝突が起きない。それはキレイな人生ではあろうが……それで人間は成長できるか? 波風や衝突といった事件の中からしか、人間の熟成は見込めないのでは?
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 漱石は熊本にいた時、年間で千に近い俳句を作ります。これが松山で子規に習った時より多い……理由は寺田寅彦に教えていたからです。この句数が、漱石の心の開かれた状態を示している。本当に寅彦と、肉体関係があったかなかったか?
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 気持ちが悪いので恋人寅彦説はこれ以上、追求しませんが……漱石の会話体の面白さは、おそらくこの時に出来たものでしょう。俳句は出来なくとも、弾む会話はありえたのでは……それはそうでしょう。鏡子夫人も三千代モデルとして確かな位置を占めたと思われる。
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 だが漱石の面白さとはシュミレーション恋愛、シュミレーション色恋、不倫、姦通……違うのではないか。恋愛は楽しく色恋は快感、不倫や姦通は悦楽……私はよく分からないが、それも違っていないか? つまり来るべく恋愛のテキストとして漱石を読むのでは利用法が違う。
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 するとデイトコースを下見、ロケハンするのも無意味という事になる。ロケーションハンティングは映画作りで言われるが、小説でもありうる。デイトでコンサートに行くとすると、クラシックにするかポップスにするかで、効果が違うからです。
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 小説での恋愛相手は美人だったりスマートだったりするが、現実ではそういう必要もない。本人が納得できれば周囲の誰にひけらかす必要もないからです……給料が安すぎると生活できない。恋愛感情も維持できない……まあ、そういう人もあるのかも知れませんが。
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 漱石は恋愛小説には不用意でうかつ、本番の色事には更にそう。漱石のうかつを知りながらながら大岡はNGを出さない。大岡は用意万端を整え、武蔵野夫人を書き「事件」を書いている、かのように見えます。実際「事件」では男女関係が、物語の謎のカギになる。
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 奇妙でしょう……本当のことは奇妙なもんです。昨年は「君の名は。」が流行りました。あれ、まだ今年でしたっけ……やっぱり君の名はのような恋愛をしたいとか、若者は思うのか。……そもそもアレでは恋愛でも、ないでしょうね。(終)

2017年9月10日 (日)

それから3

Ooka

 淡い初恋の感覚なんて忘れました。濃厚な不倫の味は知らない。トシも年なので、もうないでしょう……しかしミック・ジャガーは私の年で、恋愛ざたで子供を作ったのか!
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 大岡昇平さんは、漱石の文章が実体験に元づかないと看破します。野火などドキュメンタリーを書き,武蔵野夫人の恋愛ものも書き、「事件」のミステリも書いた……大岡なら何かを嗅ぎつけると私は推測します。
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 漱石の蔵書にはリストがあり、詳細まで研究され尽くされる……更なる研究が出来たにしても、私はしませんが……一目瞭然、読めば分るでしょう。漱石の文章は調べ物しながら書いた文章ではない。
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 調べながらとすると例えば鴎外の文章になる。漱石は新聞小説の特性を考え、毎日、気持ちよく読める事に重点を置く……必ずしも純文学とは言えない。まして鴎外のように発禁にでもなった日には新聞社が困ります。
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 そういう意味で離婚交渉の実際を取材する必要はない。読者より程度のいい家庭の、羨ましい暮らしぶり、浮世離れした思いを書き連ねていけば良い。「坊ちゃん」で同僚の婚約者をねらう赤シャツを書きましたから、友人の奥さんを譲り受けたい男でも……
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 それで赤のイメージ、危険な男という意味です。頭がいいのに無職、ピアノまで弾ける。これは漱石自身がバイオリンを習ったことからの影響で。前作、三四郎が学生ですから代助も学生のような事をしています……私はギターを弾きました。入院が長かったので弾きながら歌う事が出来ました。
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 出来は悪いが初めて聞く人は羨ましくて、これを上手いと聞きます。よせばいいのに重度身障者の前で演りました。嫉妬され逆効果というか……ど下手でもなんでも朝日新聞を取る人より上流階級を、代助は演じます。
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 もともと読売は分かり易い新聞です。今はどうか知りませんが朝日は知的レベルが高い、ほんの少しネ。漱石は英語教師です。英語の研究で留学辞令が降りる。漱石はそれを英文学研究にしてしまう。漱石にはそういう意味でインチキな所がある。
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 時代が下って谷崎潤一郎の頃になると、小説ではなく本当に他人の奥さんを譲り受けます。大岡さん自身も……つまり「それから:の代助とは、先行したイメージに過ぎません。私にしても泉谷さんか、せいぜい武田鉄矢さんのイメージに過ぎない。
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 だが弾き語りで歌ういうと、拓郎さんとか陽水さんとか、巨大に好いイメージを皆さん持って来られる……はずが、はずがないでしょ、同じです。百合を抱えてやって来る三千代、楚々として美しい着物の女なんて、巧妙なイメージ戦略にある訳です。
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 大岡は不倫の経験者です。なのに女性の中に入り込んで書くの難しさをいいます。野火が新しく映画化されました。劇映画と言えるかどうか、あれはいい……「事件」も昔ですが映画でドラマでヒットしました……それに比べると武蔵野夫人はショボい。
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 恋から色事へ至るグラデーションいうか、恋愛の小説化はいまだに上手くいってないのでは? 恋か色かによれば、それはありますが……漱石の小説は、合意による色事ではなく、許容によるそれへこだわりましょう……その時のそれは性か愛か、確かに色事ではあろうが恋愛といえるか?

2017年8月26日 (土)

永い言い訳 映画

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 西川美和監督作品は、結局、みんな見ている。「ゆらり」の後半から裁判になり……コメディか逸脱か判らなくなり、これは監督本人から夢での発想と聞いて納得した事がある。


 批判でなく、空想といえば映画はみんな空想です。裁判だけが空想ではなく、死んだ人も殺した人も空想、すべて夢と思えば悩む必要はない……その後の作は夢ではないらしいが。


 見始めから、これは夢と分る夢を明晰夢という。現実にしてはオカシイ、夢ではないかとの疑念が伴う……2度寝や金縛りの時は明晰夢になりやすい。リアリティの造りが薄くなる。

 それ以降を明晰夢、西川監督の映画は全部が夢に浸ると思う事にした……これは鑑賞側のネタばれか。どうも西川監督は男に被害を受けたとの意識がある。そして復讐の念が執拗です。

 現実の仇は取れない。仕方がないので夢で仇を取る。子供を妊娠するのは女性……納得いかない。夢で男が子供を産む世界を夢見る……では女性は何をするか。家ではセックスだけして会社に帰っていく。

 めしを食いに来て風呂に入って寝る。だが朝になれば会社に帰る。その繰り返しを繰り返し、日曜日には天井に棚や、庭に畑も作るが、たいていは酒を飲んで終わる……他愛もなく、これは夢です。

 それも良いが、選手交代しただけで男と女性が入れ替わっただけ……だから何だ。それ以上のつけ足しはない。だからたいしてて溜飲も下がらないのか……いやそれでも女性は下がるか?

 嫉妬の向こうは殺意に近い憎悪としても、嫉妬はただ嫉妬に過ぎない。男の殺意の動機は、たいてい富や自由であるが、西川監督の映画にそれはない……あれまあ、そう、それは良かったネの、笑いで終わる。

「永い言い訳」を見た。散髪シーンでの動機、後のシーンはただ嫉妬のようだ。嫉妬は笑うと消えるが、2時間の持続も笑えない現実、それ以上に長くはもたない。

 衣笠幸夫という名前に関する、思いに夫婦は意見の違いをみる。夫婦でも本人と比べ、妻の意見は他人になる。他愛ないちょっとした食い違いを、シリアスに捕らえる。

 そして唐突に妻は死ぬ。名前原因で死ぬ訳ではないが成り行き上、都合があっての死です。そりゃヒドい思う人もあろうが、それが現実ではなく映画の中だから……話は笑いに向けて突き進む。

 それにしても暫くは笑えない場面が続く。暫くしばらくの我慢です。前半が終わると楽になる……明晰夢のようなシリアス度が軽滅され、馬鹿バカしい言い訳度が増してくる。この映画も時間を追うごとに冗談に近くなる。

2017年7月25日 (火)

二重生活 映画

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 仏文学の誰かに「理由なき尾行」という本があるそうな……そんな高価そうな本を出さなくてもブックオフの文庫棚には「燃えつきた地図」があるでしょう。
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 ありふれた安部公房を例にしないのは原作、小池真理子さんのハッタリだろう。同映画版はYOUTUBEに出ていた。もっとも主人公を若い女性にし、門脇麦さんを当てなければ新作はヒットしない。
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「現代における実存とは何か」という。哲学の篠原教授はそういう卒論テーマを出し、女子大生「珠」にだけ理由なき尾行というヒントを出します。
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 実存とは現実存在、いつも私が書いてます。実際の、生死からの感想、悟りや気づきという意味ですが……現実に触れた事のない教授に、ましてや学生には……しかし生は性、極言すれば。
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 映画は朝、珠が起きる所から始る。同棲の卓也はシーツの中から、珠の下半身を探りにくる。卓也は漫画家志望だが、本気の恋愛相手ではない。
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 つまり部屋と性を共有するだけは論文の題材にもならない。正しいコンドームの装着をすればだが、97%の正確さで避妊が可能です。この朝、二人は付けたのかな?
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 ただし日本におけるコンドーム避妊率は約80%とか、理由は正しい装着が出来ないから……中学でも高校でも教えないから。だが米国では70%、日本以下です。理由は教会が教えるのを禁止するから……
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 コンドームの装着法を教えても、実存認識は生まれない。寝た子を起こすことを教えなければ、妊娠も起きない……ト信じる。だから子供を下すような、大きな自体になる。免許を取るからクルマに乗りたくなる。クルマに乗るから事故が起きる。
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 実行すればおバカな事が起きる。おバカな子を相手にセックスするのはおバカです。だが、おバカな子のどこがおバカかかは、実際に付き合わなければ分からない……事故を逃れる為には免許を取らないという論理には……
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 二人の部屋の向こうに見える石坂夫婦を標的に、珠は尾行を始める。出版社勤務、石坂という男には意外な秘密がある。貞淑な妻と反対の性格というか、奔放な愛人がある。それで二重生活というのだが……
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 燃えつきた地図は、失踪者を追う探偵を書きます。この追跡話は前作「砂の女」と対になる。砂の女は、現実から逃げだす男が書かれた……実人生から逃げる。子供も2人も作れば、もういい。もしかして3人ですか?
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 どっちでもいいが3人、子供が出来てしまえば性欲は治まるか? そうはいかない。良妻というか、そういう妻とは別に愛人が必要になる。探偵は命がけで失踪者を追い、危険な目に会った夜、失踪者の妻と出来てしまう。
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 女子大生、珠は相手に知られ、接触したら終わりと条件づけられてます。石坂は卒論取材での尾行を許してくれるか? それは接触してみなければ分からない。許されなかった時どうすればいいのか。
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 楽しみな結末ですねえ……でも命がけでもない尾行で実存の卒論が書けるか? 本格主演第一作の門脇麦さんに命がけのシーンなんてありませんよ。残念ながらギリギリ生きるって、そんな事では足りない。

2017年7月14日 (金)

アバウトタイム 映画

About ちょっとユルい、いい加減なタイムトラベル映画でした。紹介の神保哲生さんも「これは?」と言いよどみ、推薦に二の足を踏んだが、かまわずDVDを借りた。
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 タイムスリップ物は「時をかける少女」や「バックトゥザフューチャー」で、すでに説明された。失敗体験など、体験にやり直しを加え、失敗でなくするアレだ。
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 実際にタイムスリップ出来るんなら、株で大儲けが出来る。主人公ティムも最初そう考えるが、指南の父親に止められる。お爺ちゃんもそのまた前の曽祖父も、我が家系は金で不幸になった。
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 だからタイムトラベル術は、ティムには恋愛専用のグッズになる。いや一度だけ親友のために術を使う場面があるが、それがためにメアリーとの出会いはなかった事になってしまう。
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 あちらを立てればこちらが立たず、両方立てればわが身が立たず……親友なんていない方がいい。カノジョなんてのも……よくある結論に陥りそうになりながら、ティムの悪戦苦闘を、映画アバウトタイムは描いていく。

(副題は「愛おしい時間について」辞書には単に「良い時間」とある。大雑把で、いい加減な時間の意味はない、残念!)
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 説明はほどほどにトントントンと物語が運ぶと爽快感が漂う。最初、メアリーは前髪を垂らして登場する。つまり高校生に見えるが、高校生にように純情、未体験ではない……つまりタイムスリップを重ねて行くうちに……
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 ティムは部屋まで送って行って、それで部屋の中まで入って、ベッドの中でごちゃごちゃして、あげく床の上で第2戦とか3戦とか……しまいにはメアリーのお尻に小さなタトゥーまで見えてしまう。
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 前髪を切り過ぎて気にしていた美少女は、とんでもないイケイケ姉ちゃんという所まで、初デートシーンから一気に行ってしまう……お笑い恋愛劇場、人生そんなもんです。イケイケは悪いとか、悪知恵はけしからんとか言ってられない。
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 こうなると結論いうか、そろそろオチも見えて来る。映画には段取りが悪い所もあり後半、前半のようにトントントンと行かない。落ちる所に落とせない。映画にはよくある中だるみ、つまりタイムスリップで、自分だけ上手には生きられない。
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 この部分はバラす他はない。自分の失敗を受け入れ、お爺ちゃんや曽祖父の失敗も受け入れないと、ティムの本当の大団円にはならない。映画の最後は、冒頭の新年パーティに持って行くべきでした。この映画は英米合作だが、内容は哲学的というか、英国的な部分が大きい。
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 私の中での結末では、タイムトラベルで会えた人も、会えなかった人もみんないる。現実にはありえない、新年パーティの中に、ティムの人生の、時間という時間が結集され、フェリーニ風のお祭りとなる……まあ予算がなかったのだろうが。