日記 Feed

2017年2月19日 (日)

Mr.ホームズ 映画

Mrh

 93才のホームズという。コナン・ドイルの原作にはない設定で、イアン・マッケラン80才が演じます。イアンは指輪シリーズでガンダルフを演じて有名になった、あの人。(別原作はあり)
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 元はシェークスピア役者で、新プリズナー6でも村側のプリズナー2の演技も素晴らしかった。記憶の減退に悩み、目前の相手の名前も覚えられないという役です。
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 年は取っても、この場合は老獪という訳にもいかない。老いは恐ろしいがコメディにもしてない。解決できず引退の原因となった事件に、再度いどむのだが、ボケは直った訳でなく……となれば推理も思うに任せない。
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 もうワトスンはなく、自宅管理人の息子、まあ小学生は、ひ孫のような存在でしょうか? この子が助手役ですねえ。これでちょっと先が読めます。なぜなら老いの救いは孫というのが定番ですから……
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 ホームズは蜂蜜を万能薬と考えてきたが、この頃は山椒に宗旨替えの意向があります。まず養蜂に絡んだミツバチ事件があります。山椒を買いに日本に行く話があって、ウメザキ(真田広之)が絡むウメザキ事件もあります。本件ほかこの2事件も連立方程式のように解かれる。
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 本筋はアルモニカ殺人事件ともいうべき難事件です。夫の依頼で、ホームズが調べるうちに奥さんは自殺してしまう。奥さんが教わっていたのがアルモニカというガラス楽器です。自殺はアルモニカ講師の陰謀か?
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 ホームズの存在意義は基本的に推理というお節介、いわば介護なのです。そういった物語なら広がる。だが機動力や動力は薄まる。可能性の追求あるいは簡略化、相反する方向でどうまとめるか。
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 蜂蜜や山椒が老いの特効薬になるか。自分で自分が見れなくなる部分は管理してもらう他はないか。老人同士で問題を共有する形は展開がなかった。後期高齢は残念ながら空振り。
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 衰える記憶にホームズは何を見るのか。記憶の確かなうちになすべきは何か。そういった哲学的な命題も明確化したかった。

2016年4月24日 (日)

雀は黙々として

 よく知られたのはイオンの10円おにぎりです。問題は賞味期限でなく閉店数が多く、運ばれた数を捌けなかったからだが……この理由は後で判る。当初はびっくり。

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 取りようによれば美談にもスキャンダルにもなりかねない。物事には両面があるが先に思いつくのは片方です。ある程度、進行してから別な考えに至る。予めのブレーキはない。

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 スタンドに割り込んだTV局のクルマはなかったトいう。ケータイで撮られた写真があったはずでは、思うが、TV局も謝罪したのにアレは何だったか?(テレビ局が燃料をスタンドに預けただけ)

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 支援の自衛隊員が隠れるように冷たいカレーを食べる……そこまでヤらなくても、真相はしれない。こういう自体になると支援する人の映像もよく出る。そしてアラ映像も写る。

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 目につく絵が目をつく。瓦の落ちた熊本城はインパクトがあったが、19日に日本財団(ボートレース)から熊本城だけで30億円寄付が申し入れられる。ありがたいような、もっと後でいいような話です。(全体は90億余)

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 こういう話にもコメントをつけない方が無難です。熊本城は、くまモンと同じでファンが多い。誤解される可能性も高い。たとえばくまモンと同じにするな苦情が予想される。

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 冷たいカレーをたべる人があるのであれば、コーヒーを入れて差し上げたいが、避難される方はさわらないが、自衛隊員に上げるとさわりそう。まして隊員に変な質問などすると、ややこしい事になる。

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 正確は図らねばならないが正確は動機にならない。エネルギーは好奇心から湧いてくる。意図が善意か悪意かも、出して見なければよくは判らない。ためらい、またためらう。収まらない好奇心が行動になる。

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 前から身障者なので困った事には慣れている。身障と地震は違うが困ったことに違いはない。それは涙になったり笑いになったりする。少し距離をもって見れば判るか?

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 やっぱり判らないのか? 未明の朝が明けていく。市内にあれほど居たカラスがいない。最初の地震から一羽も見ない、声すら聞かない。雀はいる。見ていると軒先から飛び出した。

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 いったん道路に降り、それから遠く飛び立つ。巣の存在をカラスなどに見破られない為の防衛行為です。軒先に雀が子を育てる。自然の中では雀の子の存在は小さく……地震の存在すら小さい。

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 朝の中で人の思いも些細でしかない。古い城の地に落ちた瓦にも、コップ一杯のコーヒーにも、朝は始まり時は過ぎて行く。昼に向かって夜に向かって、そしてまた朝に向かって。

2016年4月22日 (金)

ユラリ、ドーン

 14日木曜日、PM9:25の地震に関して、むろんダメージがなかった訳ではない。ユラリとした。それからドーンと縦に響く地震に、棚から一冊の本がづれ落ちる。

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 そして頭上に倒れかかる本棚全体を両手で支えた。その目の前で、両手の先にある別な本棚が傾いで本がバラバラと落ちる。3つの本棚を元に戻す大変と憂鬱を意識する。そういう訳で部屋のひとつは、散乱する本で埋まった。

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 翌日金曜日だけでは、片付け切れなかった。最初の地震では、もうひとつの部屋の天井灯の鎖が外れ、ぶらぶら揺れる。気にはなったが取りあえず、そのままにして寐た。

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 翌々日の土曜日も、本棚を立直して本を詰めた。2つ目の本棚を立てると、余震の中でも、やれやれ感が漂う。むろんダメージ感はなかった訳ではないが、まだ浅かった。

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 16日、AM1:25に2度目のユラリがドーンと縦に響く。天井灯の蛍光管のひとつが落ちるのと、どっちが先だったろう。蛍光管を持って起き上がる私に、タンスがゆっくり伸し掛かる。

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 持った蛍光管を放し、タンスと布団の間からすり抜ける。タンスと布団の下から毛布を抜き出し、頭に被って階下に降りて行く。その間の動きや余震に揺れる階段に現実感はない。悪い夢の中を這い出した。

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 外に出ると隣人の一人は「避難所に行こう」という。もう一人が避難所に電話した。すでに一杯、避難所は満員という。その間も余震は続いている。冷たく川風が吹く。なぜそんな所に集まったか判らない。1時間もして眠気と余震の中で、私は別行動を取る。

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 私は自分の車に入ってすぐに眠った。結局、隣人たちも同じ行動を取ったという。

2016年1月 1日 (金)

賀正

Kareha

粉雪の降る町を行く 薄着にて

アケオメのメールの過熱 昼を待つ 

ネオン消え 道見失いしカシオペア

雪さくら ひとつの空に開きける

昼過ぎに 日付の変わる花時計

双蝶の ビルより高き雲の波

変幻となりて走るや にわか雨

仏人と見間違いしや 泳ぎ人

ピケティを読みて待てども 人は来ず

逆上がり 出来ぬ子らにも法師蝉

メガネかけ帽子にマフラー マスクして

増税や 消費の陰り サイフ痩せ

不燃物 ビデオの束にたけしあり

舞降りて 地に燃え上がるイチョウの黄

2015年6月11日 (木)

ツイッターの終焉

Tu

「フェイスブックの終焉」との見出しがあり、記事を読みます。その終焉は5年以上先という。当り前です。ネット関係の3年先は判らない。5年も先が判るはずがない。

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 これでは何も言わないのと同じ……こういう記事はよくあり、しかし広い意味でのSNSには、どんな意味があるのか? 私は漠然と考え込んでしまう。ネットでの疑問の多くは、ヒントも含めネットで解決します。下記に参考例。

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 私に解るのはツイッターだけで、他は知らない。そのツイッターも初期と今では違っていて、それが少しではなくかなり大きく違う。例えば昨日今日と、このところ毎日、新人が追認を求めて来ます。

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 そうでなくともツイッター本体から、この人どうですか的な、紹介メールが来ます。過剰に情報が入る、つまりウットウシイ、はっきり言えばうるさい。だが一般にはそう思わないらしい。

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 追認を求める人のよくあるケース、千から万というフォロー、フォロワーを持っています。私のフォロー相手は80弱、そのコメントの、すでに全部は読み切れず……ましてや誠実な対応は取れない。

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 たかがツイッター、期待されてないのか? 当初はひどく簡単だったが、そのうち画像も出せるようになり、社側は画像をもっと出せ。もっと広い拡散をと勧めるので、その経過に伴い、使い勝手も複雑化する。

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 私のツイッターの目的は小さなニュースを知ることです。次に私のブログ更新のお知らせ、宣伝です。誰にもそういう所はあって、ツイッター本体が大きく育ち、売りに出されるさだめにあるト……そのように言われる。

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 宣伝とは商業活動だが、結局、ツイッターのメディア自体もフェイスブックのように、いつか商品化される運命にある訳です。無料メディアとして出発したので、そう見えない見せかけ。すると千から万というフォローする人の意味も、当然と筋が立ちます。

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 宣伝にはもう1つあり、目立ちたい。ナルシズムですねえ。ナルシズムの強い人は百人単位では満足できない……最初から自分を見て欲しいので、他人を見る。読む気は全くないので、私はフォローしない事にします……あまりこれは明遼化しすぎるのも何ですがネ。

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 フェイスブックが終焉するように、ツイッターもやがては終焉します。いよいよ終焉前には私もツイッターを止めるト思う。あまりに意味が大きく変ると、付いて行けない。それはすぐ3年先かも判らない。5年も先では判るはずがない。

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●みんながやってるSNSって…… http://enjoy.sso.biglobe.ne.jp/archives/sns/

2015年5月21日 (木)

PAー3の培養

Pa3

 PAー3を、始めて買いました。むちろんヨーグルティアで培養しました。推奨温度は20℃から45℃とされてます。とりあえず40度、時間は10時間で作り、出来ました。

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 もっと温度を低くすると酸味も薄くなりそう、例によって4分割してます。私は分割して冷凍する主義、孫や曾孫は作りません。曾孫以下と培養するのと、どっちがいいのか、あるいは同じことか? 美味しいのが出来たら、また報告します。

2015年5月10日 (日)

桑田佳祐さん

Kuwata

2012・5・30に「赤とんぼはうたわない」というのを書いてます。これを134号に収録しました。そんな昔のをなぜ? 思われそうですが私は演歌も歌謡曲は基本、聞かない……それには理由があるいうのが前記文の趣旨です。それに下記の文を足し、入れました。

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桑田佳祐さんは「これまでも過激な言動が話題になることはあったが、国家間の問題や民族的な話には決して触れなかった。ターニングポイントは、やはり2010年に食道がんを患ったこと。あそこで桑田さんの死生観が変わったように思う。被災地復興などに尽力する一方、時の政権には批判的なスタンスを明確に出すようになった」(音楽関係者)

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 年末の紅白での演出で、桑田さんは右翼の批判を浴びた。「所属の事務所には、街宣車が毎日来て仕事にならない」(音楽評論家)それで謝罪した。そう聞いて桑田さんの「ピースとハイライト」を聞き直しました。「都合のいい大義名分(かいしゃく)で争いを仕掛けて 裸の王様が牛耳る世は……狂気(innsane)20世紀で懲りたはずでしょう?」

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毎日、街宣車まで呼んだという、これが桑田さんの詞です。安倍批判? 角度を代えればパク大統領批判のようにも聞こえますヨ。どちらにしても、お互いに学べの趣旨が悪い事? これ街宣車のドジ、勘違い、早とちりじゃないですか? 唄歌いは歌うことを持って主張する。例え屈したとしても……桑田圭祐さんは立派です。

2015年5月 6日 (水)

134号編集中

Tanp2紙の「かけはし」134号を編集中。

たんぽぽの風のない日の昼寝かな

2015年3月26日 (木)

努力はお好き?

022045_2 平等は好まれる概念だが、そのように実際を乗りきるのは難しい。芝居の主役は1人しかいない。シンデレラにしろ桃太郎にしろ、主役が何人もいたら観る人も混乱するだろう。その義母にしろキジやサルにしろ、引き立て役を嫌がったら芝居は成立しない。
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 小学校の学芸会で、それで芝居はされなくなる。私は古いので、学芸会で鬼役ではなかったが、それに近い役をやった。ずっと後に大人なって、私の悪役はウけたと聞きます。それで言うのですが、主役を誰にも問題だが、学芸会全体をナシにするのは間違っています。

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 では主役はどうやって決めるか?……そういう方向の話ではないのです。スポーツは努力すれば成功するトの考えも間違っています。そう専門家がいうのに、素人が努力を否定してはいけない。ト反論する……いえ専門家の主張は理解されるが、努力論は残そうと……それが主張になる。

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 スポーツの場合は99%の可能性は肉体にあって、精神は1%と専門家はいう。現代スポーツは分析されつくして、昔のように精神論の入りこむ隙間はない。イチローやダルビッシュになろうと、毎日頑張ってトレーニングしても、まあ、無理な人には無理。

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 素人にもそれは判っている。だが専門家が言うと拒絶反応が起きてしまう。誰にでもチャンスはあるべきだ。可能性を否定してはいけないという……アレです。ここで似た別例を思い出します。クルム伊達公子さんが娘のような若い選手と対戦中、相手に点が入る度に観客からため息がもれる。

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 ため息とため息は壮大なハーモニーとなって、コートの伊達さんにまで聞こえた。伊達さんはこれで参った。観客はテニスというものが判っていない。これはスポーツというものがの、意味でしょう。娘のような若い選手に勝てるはずがない。戦っていること事体が奇跡なのに……

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 観客は対戦に勝つことを期待する。つまり観客は、テニスというものを理解してない……ト、伊達さんはいう。肉体的な限界を努力で埋めてほしい。埋まるモノと思って納得しない……努力によって全ては埋まるとの認識を意味します。

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 親子ほど年が離れても勝利の可能性は平等にある、そう試合は見られている。それも平等概念というか、勝負は時の運では、それはスポーツではない。そう観ていいモノと、いけないモノの区別がない。主役が1人の芝居を否定し、あげく学芸会そのモノまで否定する……

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 努力だけでは無理。肉体的な素質は簡単に見える。それで断念すべきは断念される。努力する人がいるかもなど、そんなお節介はいらない。可能性のない所で集中するより、ある所で集中した方がいい。当り前だが省略するところがあって、初めて集中するところが出来る。

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 今日は2800m泳ぐ。3000には足りないが本日、打止め。それでプールを上がろうとして声がかかる。
「あんたは前より早くなっている……バタ足を頑張ればもっと早くなる」言われるのは同年輩の方です。
 私の場合は足は。もう無理です、トいおうとして言わない。

 健常者と並ぶ努力はしない。なぜならリハビリマニアも限界で、やり過ぎると好調は不調に変る。
――ありがとう御座います。 もう上がりますので……

2014年12月31日 (水)

賀正

A

賀正

1月 息白く 髪まで白く抜けた朝

2月 鬼の日や 豆まき海苔巻き外は風

3月 早き花 時と歩むや 我はノロ

4月 旅の蝶 しばしの眠りの竹の節

5月 風みどり、しぼむ思いに空光る

6月 ホコ天に降り出す雨や店じまい

7月 舗道には待ち人来たらずプラタナス

8月 少年兵 悲しき夏よ嫁人形

9月 何を見て 見て見ぬふりの蜻蛉の目

10月 ハロウィンの死装束に若さあり

11月  口開けてくしゃみで眺むる落葉樹  

12月 年の暮れ 現実逃避の夢を見る      

        桜葉は燃えて散りゆく 風の渦