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2019年1月18日 (金)

自立と子別れ

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 親子の別れは傷を伴います。いわゆるニートやDVとは親子の葛藤、コジレ失敗と思われる。子作りは簡単で子育てもそれに次ぐ。例えばお母さんはお兄ちゃんが好き、お父さんは長女が好き、だけど次男は味噌っかすとか……。

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 親は平等に愛したなんて言いたがります。が、実際の子育てにはバラツキがある。成功と失敗は半々くらい。子側の不満、親側の不満とイロイロありますね。生なましい話も何ですが、私は映画スターウォーズシリーズでも指摘しました。

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 五輪真弓さんの歌に「恋人よ」あります。あの歌は恋愛を意味しないそうです。あの歌の発表後に五輪さんはバンドのピアニストと恋愛関係になって結婚します。そのような経過です。

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 急病でコンサートが中止になります。五輪さんは独身の危うさに気が付き、そのような行動を取ります。そもそも五輪さんの歌は曲想と詞の内容が合わない。詞は閉塞した世界を扱う。しかし曲は朗々として詞と食い違う。

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 合わない、ないしはアンバランスな美しい世界にある。砂利道を駆け足でマラソン人が行き過ぎる……砂利道は詞に使われた事のない言葉で、詞にしろ詩にしろ、イメージのいい言葉しか使わないものです。

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 さらにマラソン人は造語で初めて聞く言葉です。5575の75調の中に2つも新しい言葉が使われ斬新です。いわゆる歌謡曲っぽさはあるものの現代的な感覚は素晴らしい。凍える私の傍にと大げさは否めない。

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 裏返せば失恋で凍えるのではなく人生の終わりに凍える感覚で、「枯葉」風の冒頭はなかなかの味わいです。この詞を例によって朗々と歌われると、私などシューベルトを聞くような世界に誘い込まれる。

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 若い日は誰もが恋愛を求め、中年ではやり直しを求めたり、結局は同じ事を繰り返す。それも終われば老いて思い出だけ残る……連想させると共に名作に劣らない詞と思います。しかしこの風景は「少女」に似てませんか?

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 現代詩の大御所、大岡信さんが五輪さんのファンで、少女の詞は何を唄ったものかト疑問を持ちます。それで大岡さんは同アルバムの中に「ジャングルジム」に解決を求める。詞の中で遠い町から帰京した主人公は、昔遊んだジャングルジムに幼心を誘われます。

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 五輪さん特有の難しい言い回しは、良く言えば格調があり意味を求めるとはぐらかされます……でジャングルジムはズバリ、お母さんではないかト大岡さんは結論付けます。母と別れた寂しさが恋愛の動機になる、いうんです。

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 少し後のフォークに神田川とか、ありますねえ。家族と離れ知らない街の、学生下宿に同級生の幼い横顔に母を求める。潜在意識です、自立ままならない。マザコンの非難もあるでしょうが、仕方ないと私は思います。

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 神田川や赤ちょうちんの風景は、性愛の自由と同時に貧乏生活を描く。どっちを取るか、どう耐えるか。経済が下り坂の時代には、特に自立の難しさが露呈します。親の下で屈辱に甘んじるか貧乏かの選択です。

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 女性のマザコン、経済的自立とシンガーソングライターとして能力が高いことと、自立性は別なことではないか? 私も考えます。スターウォーズが男のファザコン、エディプスコンプレックスに近い内容の葛藤を持っているに対し、五輪さんのお母さんは早くに子離れしたんでしょうねえ。

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 五輪さんのコンサートでの曲紹介やトーク、メッセージはニコニコ笑顔で大人び余裕してましてね。あれは若い時からアアなんです。ちょっと違うけど、中島みゆきさんの曲想とトークのギャップに似ているのかも知れませんネ。

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