« 私のコーヒー | メイン | 葛藤の解決・スターウォーズ »

2018年12月29日 (土)

個人的県民性

Photo_2

 巨人が勝つとモニターに向かって拍手して喜ぶような、単純すぎる県民性の中に育った。11才時に誤診で障害児にされると、医師を疑う癖が付いた。確信を持ってモノいう人も信じない。拍手の好きな無邪気な人と思います。

.

 北海道の放送を聞いていると県民性が違う、そう思う。北海道では電気代が5千円かかるとか、15万の月給では心が折れるとか、話が具体的で異議の余地がない。熊本ではそういう話はしません。

.

 いう人は私のことを「あらサヨクだろ」そういいます。そんな立派なもんじゃあない。もっと言えば日共ではない。同年配の友人は新左翼で赤軍とかは居ますが……日本共産党との縁は薄いです。

.

 五輪真弓さん等のコンサートを労音で見たくらい。日共と連合赤軍の区別もない人のいうサヨクとは……無邪気ですね。ほめて言うとインテリっぽい言うだけでしょ。高校中退ですけどネ。

.

 長嶋さん贔屓は県民性に合ってますが、川上哲治さんの監督ぶりは熊本の県民性には合わないト思います。川上監督は今でいうと野村さんに近かったそうな……当時こどもで覚えてません。

.

 そういえば初期の中島みゆきさんの歌詞は歌声運動っぽい。道に倒れて誰かの名を呼び続けた事がありますか……なんて詩は中島さんじゃないと出ない。初期ではないが地上の星もそれっぽい。

.

 北海道の放送を聞いていると、みゆき節的な屈託を感じます。パーソナリティが日本書紀を引用して話される。武田邦彦さんみたいかと思うと、これが当てこすりで……つまり仁徳天皇を褒めてらっしゃる。

.

 読んでる人は、仁徳天皇はご存じですね。「高き屋に登りて見れば煙立つ 民のかまどは賑ひにけり」との歌は、災害後のお上の政治家ぶりと、昨今の政治家への十分な当てこすりになりましょう。

.

 日本書紀は古事記につぐ古い文書で、あれが全部、真実だとすると当てこすりは強力な批判になります。しかし両文書は国が編纂した文書であって、まんま記録や歴史と考えるのは……

.

 悪く言うと宣伝めいた部分がないとはいえず、仁徳天皇の存在にも疑問がある。ちょおとマユツバして読む必要がある……判らないとはウソと言う訳ではない。単純でないと素直ではない言われる。

.

 先にも書いた県民性の中で、単純なふりをしてないと務まらない。思わずニヤついてしまう私であります。武田邦彦さんを聞く時とは別な意味で楽しい。確かに最近は武田さんに飽きた傾向はあります。

.

 医師を疑う癖とは権威を疑う、一応はウラを取ろうとする事です。油断がなくても取れない裏はあるので、手放しには信じない。傾向であって、生れ付きでもないが性格というに近い。

.

 省略するが沖縄の県民性にも似たような傾向にある。そういう訳で地元より沖縄、北海道の県民性に共感する妙な感覚を楽しんでいます。誤診した医師に感謝しなければって?……そういう事は思わないよ。アンタ馬鹿じゃないの?

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/394232/34164124

個人的県民性を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿