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2018年12月24日 (月)

ブレードランナー2049

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 ブレードランナーの続編、2049が良かった。注目作だったこの一本、一般にもう1つ評判はよくなかったト聞く。もっとも旧作も随分長く評判が悪かった。内容が斬新すぎて何を描いているか、分らなかった。

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 子供が若者になる、あれは大人になる経過を描いたモノ。雨の日に、日本屋台で主人公ハリソンは食事を注文する。降りしきる雨が何を意味するか? 初めて屋台に来たのか、店主に注文分量が多すぎると指摘されます。

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 子供だから自分の適量を判らない。たとえば子供がレストランでカレーと唐揚げを、同時に注文したがる。中華食堂で炒飯とラーメンを注文する若者を見て、つまり夢の中の子供が大人のマネをしている。

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 ト私はあのシーンを分析します。うどんと稲荷寿司を4つは子供だから食べきれない。「2つで十分ですよ」ト店主がいう訳です。子供が大人になった夢を見ているというモチーフは日本の漫画家も描きました。

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 そしてその逆もありって、漫画家は老人が夢をみているモチーフも描く。そう「老人Z」なんてネ……私が大友克洋の漫画を見たのは何時だったか? もう思い出せない。そしてそんな事はありふれる。

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 なぜ屋台か、西洋人の主人公は、格下の日本人になら指摘されてもプライドが傷つかないからです。新作では主人公ライアンは中年に差しかかる。もう若くないのに人生を悟ることが出来ない。曽野綾子さんは適当な齢で、老人はいい加減死になさいト言いたいらしい。

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 つまり悟れないから死ねない。中年生活を長く長く続け、中年のような老年のような高齢者になっていく。若い娘ロボットと、もう一度、恋愛したいなんて……私は自分を、そう反映させる。悟れば私は他人を助ける? いやいや他人が私を助ける?

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 私の頃まではあふれるようにあった自然環境が細まって、今は息絶え絶えにまで細くなる。トンボや蝶は少なく絶滅は近い。蝉はアブラゼミが少なくなり暑さには強いクマゼミが多くなっている。温暖化ではないが映画も、そういった危機意識にある。

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 恋愛適齢期は最初、10代だった。それが30代になっても自分の家族を作らず子別れもしなくなった。旧作では女性が、女性の方から「恋愛しよ」とばかりハリソンの部屋にやってくる。新作でもライアンに向け娘が、服を代え料理を運んでくる。主人公の仮想現実の中で、若い娘は違う娘との恋愛、つまりセックスを許容する。

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 悟りをめぐる意識の変化は、村上春樹からカズオイシグロへの流れに酷似する。新作での美意識は、タルコフスキーの映画をコピー、いやオマージュをささげる。止まったようにしか動かない長い長いショットは、短いショットを次々と繰り出した旧作と、確かに対になる。しかしそれが退屈という評論家もいる。

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 若者がもう一度、子供には戻れないように、中年はもう若者には戻れない。むろん老人の私も中年には戻れません。春樹からイシグロへ、恋の終わりは次の恋の始りなんて解釈ではダメで、人生の終わりに何を見るか。悟りの命題に答えてない。

 嘘か本当か、あの評論家は恋愛事件を起こしている。3時間近い映画にはハッピーエンドのご褒美が必要と、主人公のモノローグの解説をつければいいという。ハードボイルドとは考えを行動で説明する事で。旧作も改訂版で行われた。監督の美意識をオジャンにしてる。

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 youtubeあたりで今でも音だけは残るが、小林麻美の「雨音はショパンの調べ」も、あれはタルコフスキーをパクったので、いや失礼、オマージュを捧げられたもので、際限なく降る雨とは、盛んな性欲があるのに相手がいないの意味です。

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