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2018年9月24日 (月)

プリズナーズ 映画

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 探偵役の刑事は良く言えば冷静、ゲームでも進めるように地道に歩き回って捜査を詰める。独身だがすでに中年化、しかし太陽にほえるような熱は冷めている。それどころか首筋や手の甲には刺青がちらつく。
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 では刑事の中で命をかきたてているのは何か? 一目見ればで分る、信仰や職務ではすでにない……話はニューシネマの流れをくみ、実存に問いかける。キリスト教や権威を受け入れるのか?
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 かつてはともかく若くなくなった今、そういったモノへの反逆でもなく見える。男は前を見て少し視点をずらして、カメラはそういう男と周囲を写し、その周囲には……
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 このエンドはこの映画の始まりと対応している。ファーストシーンでもう一人の男が「天にまします我が父よ」とお決まりの、あの祈りを神にささげる。米国の全員ではないがキリスト教を信じる。
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 日本人であり、明確な祈りの言葉を持たない我々には、あの祈りは崇高な行為に見える時がある。少なくとも女性は祈りの言葉のゆえに、ほとんど全員が教会式を選択するという。
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 神父や牧師に結婚式で誓う。あの不倫は致しませんという、あの自主的な言葉です。少し話が脱線した。森の朝の風景、樹の幹の間から、若いというか、あどけない鹿が見えてくる。
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 隠れて狙う銃口と子と父と、この森まで走ってきた古い車と……自然に比べれば薄汚い人の営みに、ゆっくりと視点が移っていく。この映画のカメラにはセンスがあって、特に雨シーンは水際だつ。
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 水だけに……物語にそっていうなら、雨の高速を暴走するシーンは刑事の判断ミスで、あれは救急車を呼ぶべきだろう。典型的な太陽にほえろだが、一般にはこういうシーンがウける。現実にこういう事をしたら……
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 どんな祈りの言葉も言葉じたいが、意味を取ればだが矛盾し、いうなれば都合のいい呪文というか。意味をなさない。たとえば試みに合わせるなトいうが試み合わなければ、どうして私たちは行いを正せるのか?
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 まあ試行錯誤は何ひとつ出来ない……事になりかねない。自分の人生に何一つ、付け加えられない。常識的に常識的に生きる人がある。保守いうか、毒にも薬にもトいう意味でつまらない。
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 しかし男は面白い。ネトウヨ的な決めつけで突っ走る。いい年でありながら判断力はなく、自分のバカも自覚しない。毒にも薬にも短絡に行動する。それは映画全体にコメディ化し、ブラックユーモアに笑える。
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 ネトウヨの人はピエロ役いうか、あまり馬鹿にしてもいけない。無茶苦茶なようででよく聞けば教訓になっている。つまり反面教師というか、刑事役より面白い……演技力から上位にランクされる。
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 信じる者にも信じない者にとっても地獄は広がっていて、同時にそれは極楽なのかもしれず……誰もがこの迷路では囚人に過ぎない。私たちは迷路の中で助けを求め笛を吹こうとする。
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 人によって大事な笛を失くし、人によって笛を吹く事すら忘れ、せっかく吹いても誰にも聞いてもらえない。迷路の向こうから聞こえる笛なんて誰も気にしない。自分のことでいっぱいなのだから……

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