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2018年7月29日 (日)

植松聖被告

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 植松聖被告の言動が話題になっている。多数の人が植松のしたことに反対する中で一部の人は植松に共感が見せる。体も動かす心も動かないかに見えるのならいっそ殺してほしい。もし自分がそうだったら……そんな意見として出ている。
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ただ意見は今の自分、健常であり不自由のない人として判断する。意識があり物事を、他者と共有し常識で判断する。常識の線を崩さない知識人として判断する。だがそれは狭い自分に囚われた判断になります。
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 意識があるかないかわからない状態は理解できていない。意識がない時は人は本能や無意識の世界にあり、例えて言うと夢の世界に一番近い。本能ということでは女性を見れば喜ぶ。男だっらネ、辺り構わず抱きつくかもしれません。
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 赤ちゃんに帰って、違う自分になって物事を考え判断するわけではない。大学教授とか政治家とか他の人の上に立つ人の、その子供がダウン症だったり知的レベルの低い人であることはよくある。具体名として出していいのか悪いのか、ノーベル文学賞の大江健三郎さんの息子さんはダウン症です。
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 能力が何もないかと言うとそうではなく、音に敏感で作曲をされたりしています。優秀な人はいろんな理由で優秀なので、アスペルガーとか自閉症スペクトラムと言われる。ある程度つながっても、そっくりそのまま繋がることはない。植松被告の絵の才能はどうもお母さん譲りらしい。
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 親が絵に才能を示すと子供も絵に才能を示すことは多い。大江さんの息子が文学を志すことはなかった。極端なことを言えば才能ない親からは才能のない子供が生まれ、平凡な人からは優秀な子供はできない。だったら優秀な人だけを尊重し普通の人は捨てていい。
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 それが優生思想、ドイツでヒトラーが利用した考え方です。ダメ人間は殺せばいい、心が痛まないよう規則化しよう、滅ぼしていい、いや殺すべきだ。そういう書かれ方をすればだだが、優秀な人のために普通の人は使い捨てにしていいと、そういう考え方になります。
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 村上春樹さんはアンダー・グラウンドというドキュメンタリーの中で、サリン被害者の女性を書いてます。しかし村上は本人をあまり表現しないで、介護するお兄さん、つまり健常者の人に多く同情を寄せる。村上さんは障害者じゃありません。知性を失った人に強い共感はできない。
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 妹さん擁護し守っていく人健常者に同情する。健常者同士というのは理解しやすく想像が広がっていく。誰でもそうです。かけ離れた人と共感することはできない、あるいは難しい。私は身障者で下肢の悪い障害者なので、幾分か知的レベルの低い人に共感できます。
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 やまゆり園の親のように共感しろと言われても無理ですけれど、少しだけ共感を感じます。人を考える時は自分越えて考えなければいけません。あくまで自分を物差しに自分がそうだったらという言い方は不遜です。
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 ここで考えはストップする。誰の意見も私の意見も、それで2年が過ぎ、事件は風化し忘れられようとします。植松は精神鑑定を待つが、それは遅々として進んでいない。植松は自己正当化というか論理武装を始めている。神奈川の地元新聞の記者は地道にそれを追っている。
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 ヒットラーと同じ考え方とは言いませんが、ヒットラーにそういう部分があるんです。ユダヤ人は丸ごと劣っている。劣っている人間を始末して何が悪い。権力のある人がエライ。エラい人に任せよう。自分は越えられない。考えることもできないト。でもそんな仕組みを誰が信頼しますか?
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 事故とか病気とか老衰とか最後の時になって自分が分かるトノ考え方があります。カズオイシグロさんの「日の名残り」「わたしを離さないで」がノーベル文学賞を取りました。最後の最後に薄れゆく意識の中で、何が自分の幸せだったか不幸せだったか思うそれが悟りとの考えです。
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 それはキリスト教的な考え方とは違う。文学賞選考委員の人はそうか考えたらしいです。若い時分、健常な自分。何でもできる自分が何もできない人あるいは何もできない自分を先回りして考えても、それは不遜です。私も70歳ですので先は長くありません。よくよくこういったことを考えながら死にたいと思います。
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ma_***** 彼のやったことは決して許されることではないという事は大前提で、ならば、もし、自分が、彼のいう心失者であったら、と考えたら、死なせてほしいと思う。もちろん、それは、こういうやり方ではなく、静かに眠るように幕を閉じさせて欲しいと思う。そして、その選択は、年老いた後も、自分より体の大きくなった私の面倒を、一生見続けなければならない両親が、自分が死んだ後私を残していくことを思い悩み続けるであろう両親が、もう、無理と思った時に決められるような、法律ができるといいなと思う。
eight***** 植松の言いたい事がなんとなくわかる人は多いと思うよ。実行に移すのは別として。なにか問題があると身内は庇うけど、自分の身内に障がい者がいなかったとしても同じ意見なのかなっていつも思っちゃう。


●今回の問題は全くはじめての問題ではある。だが似たような事は前にもあった。作家深沢七郎氏が姥捨て伝説を題材に「楢山節考」を書いた時、また映画化もされた時……作者はお祖母ちゃん子で、これでいいのか強い否定の気持ちを込めたが、必ずしもそうは取られず、姥捨ては仕方のない事との解釈もあった。

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