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2018年6月24日 (日)

アナザー・プラネット 映画

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 地球がもうひとつ現れるというSFかと思ったら。、内容的にはそうでもないドラマ部分が重かった。最近、高齢者や中年者が、クルマで若い人や子供をはねる事に注目が行っている。前からそういう事はあり、しかし注目されなかったのだろう。

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 映画の中では、高校生年齢のローダが一家をひいてしまう。子供と奥さんが亡くなり、音楽家の夫だけ生き残る。未成年で個人情報を伏せられたローダは、何も知らない被害者の音楽家に近づき、まさかの行動に出る。そういうネタです。

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 高齢者は金額的にいいクルマも買え、それは大型の車だったりする。それで小学生の行列にノーブレーキで飛び込んだり、陳列の奥まで入り込んだりすれば映像的にというか被害も大きいので、記事も批判的に扱われる。

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 飲酒運転のローダが将来のある天才なので……話は巧妙に作られ主演のブリット・マーリングさんは嫌味なくらいローダに重なる。観客は同情的になる。自閉スペクトラム傾向の私は我と我が身をローダに重ね、しかし笑い転げる。この時も時、SPAの最新号の特集は「おとなの発達障害」

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 ついでながら悪い冗談のように安倍昭恵さんの行動を週刊文春がすっぱ抜く。ブリット・マーリングさんに比べると美人度は少し落ちるが、自らの変人を誇る昭恵さんの言動は、まあ嫌味です。事実とすれば総理もお労しい。

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 物語はパラレルワールドは存在するという前提で物語を進行する。そのドキュメンタリータッチは是枝監督にも似ている。しかしパラレルワールドは理論上のもので、一人の人物がもう一つワールドでの鉢合わせなど、あってはならない禁忌項目はそらされる。

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 0は困るが、1%の現実を取るのか99%の現実を取るのか。そのような選択支の中で長らく我々は99%の現実を取って来た。それが常識的な事なのだが1か8かト考える人もいる。負けて元もと、あわよくば……自分が死ぬか他人を殺すか? 発想は珍しくも難しくもない。

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 この物語の秀逸な点はSF的な、いやSFそのものをノンフィクション的に映像にした点にある。二人以上の人間を殺せば死刑の現実が見える。そして自分の死を賭ければ他人を二人以上殺せる。老いたからもう死んでもいいではないか? ずいぶん贅沢したから短い命でも良いではないかトカ、そんな発想も有りふれる。

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 広い検地に立てばだが、加害者が死のうが被害者が死のうが大差はない。実際には一人死のうが二人死のうがかまわないので、神の目で物事を見る訳ではない。我々は自分の事に忙しい。現にこの結末はハッピーエンドと喜ぶ方があった。作者の目線とは観客の目線にはそういう距離がある。

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 高齢者がクルマで小学生の行列に飛び込む。また複数の死者を出す事にも、詭弁の上では救われる。キリスト教の免罪符のようなものが現実でも発行される。キリスト教は宗教だが哲学でも同じような罪の軽滅、あるいは逆に重責化が計られる。

●ブリット・マーリングは、マイク・ケイヒルとのの共同の製作脚本を手掛けたSFサスペンス映画『アナザー プラネット』にローダ役で主演し、第16回サンディエゴ映画批評家協会賞主演女優賞を受賞、第27回インディペンデント・スピリット賞第一回脚本賞、第24回シカゴ映画批評家協会賞有望俳優賞、第38回サターン賞主演女優賞と脚本賞にノミネートされる。説明中心ではなく表現主義にあるので芸術性が高い。一回見て分かるような内容とは言えない。

●マーリングプロデュース次作は連続ドラマとなるらしい。内容は旧作プリズナーNO6のような物になるらしい。長さの一定しない、30分の回と60分の回が隣り合うという。さてさてレンタルDVDに出れるだろうか? https://www.youtube.com/watch?v=UP-KkHUYOqI 

●youtubeのアルフさんが[発達障害・うつ病の認知の歪みについて]認知行動療法の解説をされている。経験を経れば認知しない訳にはいかない、だが認知とは歪みを生じるものであり、認知をもって安心できるわけではない。https://www.youtube.com/watch?v=A1FYyFs6Jeo

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