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2018年5月 7日 (月)

虹蛇と眠る女 映画

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 親子、親戚、隣人、友人……人は社会にあれば、当たり前に人間同士の関係や、やり取りに終始します。しかし植物や動物の存在やその関係性には、もう少し根本の意味を帯びる。
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 いや意味をも帯びる時がある。植物を採集して食べたり動物を捕まえて食べたりあるいはペットにしたり……しますねえ。だが人間社会の外に生きるコトは難しい。そう例えば親と喧嘩して……
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 林の中で生きられないかトカ思った事ないですか? 湧き水はあるから食料を確保できれば……トマト畑のトマトを盗むとか。つまり朝昼挽、トマトだけを食べて生きられないか?
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 まあゾッとしない想像で、私はすぐ止めてしまった覚えがある。第一トマト畑は自然にはなく、盗んで食べるのは野生や自然から自立したとは言えません。魚を釣っても、3度3度食えるほどには釣れません。
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「INTO THE WILD」という映画は、若い主人公がお父さんとの喧嘩して社会から出ようとする物語です。野生を生きるというサブテーマがある点で「レヴェナント: 蘇えりし者」でも自然が我々を呼んでいる。
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「虹蛇と眠る女」ではテーマが食べて生きる自然ではなく、女性がセックスで自然に帰ろうとする。オーストラリアの原住民に伝わる民話に基づく脚本と言うが、私が見るとそうなる、さあこじ付けか?
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 ニコール・キッドマンが脚本に惚れ込んで映画化、制作にあたったという。見たのだが私もしばしは解釈に困ります。難解です……私は人付き合い悪く、得意とは言えない。その感覚を伸ばして解釈した。
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 アスペの特徴と言われるが、そうかも……キャサリンの娘リリーは怪しい。男に下着姿を見せつける癖がある。いわゆる色キチの描写にある。人間性を問題にせず性的にのみ男を誘惑しようとする。
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 キッドマンが演じる母、キャサリンは昼間から夫マシューにセックスを要求し、あろうことか保安官を誘惑しようとする。マシューはこれに気がついていて娘リリーとの血縁を否定までする。むちゃくちゃな話だが、キッドマンが演じると説得力がある。
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 マシューが厳しいことを言った日、砂嵐の夜、リリーは家出して行方が知れなくなる。家の外に……オーストラリアの圧倒的な巨大な自然、植物が攻めあぐむ荒々しい地形、岩肌の露出した環境に人間は対抗し切れない。
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 白人は卑弱で原住民はタフである……あるかのように見える。原住民とセックスしたがるリリーは色キチではなくく、色キチだけではなくアスペ的な強さで、こうした自然と戦おうとしている。
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 キャサリンが高収入のマシューの妻を表面で演じながら、安月給で街を束ねる保安官の誠実な強さにも内面では魅かれる。あるいはすでにリリーは保安官の娘なのかも知れない。マシューも暗黙の内にはすべてを認める。認めざる得ない。
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 日本もドコへ行ってもコンビニがあるようになった。つまり人と人と人です。しかし人付き合いだけが生きる意味ではない。「INTO THE WILD」「レヴェナント: 蘇えりし者」「虹蛇と眠る女」といった映画はそう教える。

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