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2018年1月 7日 (日)

沈黙、棄教ということ

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 どの本をどう読むか、それは読者の勝手であり、作者や出版元にも何も言われる筋合いではない。だがそうは言っても双方向の時代、作者のつもりも読者の気持ちも、互いを述べ合うのも、また一興です。
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 去年見た新作の方の映画「沈黙」の棄教と、旧作の篠田版「沈黙」での棄教の違いに感慨がありました。原作の遠藤周作さんは、日本人的な思いと宗教的な思いとに、軽い矛盾があります。
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 日本人的部分には神道の影響もあろうが、まあ仏教的と言い換えられる。沈黙は神父の棄教を問題視し、それは一般信者のものと同一ではないが……キリスト教を信じない日本人には、むしろ考え易い入口になる。
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 実際の長崎奉行も、会った事はありませんが、神父に直接拷問は加えず、信徒の拷問を見せるだけにしたらしい。心だけの苦しみを与えたらしい。このテーマで芥川龍之介は「おぎん」を書いてます。作としてこの「おぎん」は必ずしも有名ではなく、私も知らなかった。
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 芥川は若い頃に読んだ。漱石を知ってからは読まなくなった。ある程度、年を取るとと芥川は読めなくなる。芥川は切り口鮮やか、感覚こそ鋭いが、漱石のように深い味わいといった物に欠け、体験を積むと物足りなくなる。
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 転び伴天連も有名なのは柴田錬三郎の眠狂四郎シリーズへの取り込みかもしれない。篠田版、映画への脚色にも遠藤本人が参加し、原作にない転び伴天連の妻帯を書き込んでいる。この影響は芥川でなく柴田ではト、私は思っています。映画はネタバレになるのもかまわずポスターにまで出している。
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 それでキリスト教的設定では、日本人でそのころ信者にならなかった人は(あるいは今もそうか?)全員、地獄に落ちる事になり、それでおぎんの実の両親は地獄にいる。必ずしも転ぶ必要のないおぎんは、育ての両親と分かれてまで、単独、地獄に落ちようとする。おぎんを追い、育ての両親もまた転んでしまう。
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 おぎんという作品は、そういった宗教的な貫徹と人情の矛盾から、芥川的な孤独を書く小説になります。遠藤はともかく芥川には、宗教的な矛盾を強調するつもりはなく、なぜなら芥川はおぎんの前にも「杜子春」でも似たような光景を書きます。つまり類型なの行為です。
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 芥川本人も養子で、実は親子の愛を信じていなかった。それで必ずしも必要ないのに何度も同じような養子話が出てきます。ただ遠藤も養子は養子で、育ての親からキリスト教の洗礼を受けさせられている。
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 一方、私たち日本人は大半、キリスト教教徒ではない。韓国あたりだとキリスト教信者の割合がもう少し多く、国民25%くらいとされます。日本では10%くらいですか? まあそれでも結婚式とクリスマスとハロウィンとで大半が臨時の信者にはなるから、それで良かろう。
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 別に悪いとは私は言っていません。生みの親は神道か仏教であり、育ての親はキリスト教と、遠藤や芥川や柴田は指摘しました、心情的な矛盾というか。心の奥に抱えた2枚舌の部分は消せない物として、私たちにのし掛かったと思われます。年末、お宅のお子さんは、どこかクリスマス会に行かれましたか?
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 また、あなたは家族へプレゼントを何か買われましたか? 「ウチはキリスト教じゃないからサンタクロースは来ない」とか子供には教えられましたか。結婚も教会式ではしない。不倫はしないつもりだけどワザワザ誓いは立てない……トそうなのですか?
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 だから新旧映画も、本の沈黙も何の関係もない言われますか? あなたは棄教した自覚はありますか。神道あるいは教育勅語、または仏教あるいはキリスト教を捨てて転んだ記憶はありますか? ないとすればなぜ、ないのですか?

●棄教=背教、改宗、信じていた宗教から他の宗教に転ずること,あるいは非宗教的立場に移行すること。〈棄教〉ともいい,いずれも放棄された宗教の側からの非難をこめた表現として用いられることが多い。

●6歳少年がサンタに出した冷めた手紙[12月4日 ロイター]
米バージニア州に住む6歳の男の子が、学校で書かされたサンタクロースへの手紙に「あなたは僕の悩みを知らない」などと書いた文面が3日、母親を通じてツイッターに投稿され、ネット上で話題を呼んでいる。
 小学1年生の男の子の手紙は「サンタ様」で始まり、「僕は授業のためにこれを書いているだけ。あなたのいたずらっ子リストは空っぽ。あなたのいい子リストは空っぽ。あなたの人生は空っぽ。あなたは、いままでの僕の悩みを知らない。さようなら」と書かれており、4日までに、ツイッター上で最も人気がある話題とされる「モーメント」に挙げられた。
 手紙は「love」で結ばれているが、「自分の名前は書かない」とあり、男の子は名乗ることを拒否している。

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