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2018年1月14日 (日)

リピーテッド 映画

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 人生の半分を生きた……との認識は、40才ではないだろう。男は50代からでもないと後半とこの認識はない。だが主人公クリスティは朝、男の腕の重さに目が覚まします。彼女は青い目が印象的な白人です。
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 現実では40歳、覚えない夢の中では20代だった。それに軽く失望しながら、横に眠る男を重く感じる。すでに人生の半分を終えた。クリスティは事故による記憶障害で他のことは思い出せない。
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 そんな障害は現実にないのだが、映画の中でクリスティの記憶は夜までしか持たない。翌朝、目が覚める度に人生に失望する。リピーテッドは邦題で繰り返しの意味、原題はBefore I Go to Sleep……寝る前に。私hataは11才で障害児になった。10代ずっと、いやもっと長く朝の夢の中でだけ健常者だった。
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 つまり現実は受け入れ固く、夢から覚める度に憂ウツを極めた。クリスティを演じるニコール・キッドマンは40才に見えない容貌で特に書いたような目に、特別な意味がこもる。そういう訳で苦くにがく私は笑う。そういう事はある、悪気はない。
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 ニコールの左眉の付け根にはシワがある。シワを見ると、もう20代ではないのがはっきり判る。だが出来る事なら、まだ自分が20代であって欲しい。初めて接するように……それも分かる。人生には失望でなく、何の準備もなく期待だけを抱いて生きたい。
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 30代では準備し整理しなければならない。40になれば不可能はあきらめ、可能だけを伸ばす。人生の仕度、つまり老い支度のユウウツが始まる。身障者になった私は逆立ちしても出来ない事はできないと、夢は夢、無念は無念、早々と始末する必要があった。
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 出てくる男優、コリン・フォースさんは、女性に若い夢を見せてくれる人ではない。容貌も演技の質も……映画の現実からも、この映画は逃避して逃げ込めるコメディや、そんな安手の映画ではない。ある意味、苦い現実の味を突き付ける。そこが面白いのだが……。
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 自分はこんな腕の重い男は選んだのか? シャレで重いと思いをかけるのではないが、思いが駆け巡る。つまり不運な者は青春を早く終わりにして、人生の行動にかかるべきだろう。シリーズ「神様のカルテ」という小説、映画がある。
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 漱石の前期3部作に影響を受けた夏川草介さんのシリーズだが、これが3まで行って前の時代、0の青春に帰る。つまり40才といえど人は青春を立ち去りがたく人生を始めがたい。いかにも裕福な家に生まれた人らしい内容になる。私も早くに生に見通しを立てる必要があった。
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 その難しさは分るつもりだ、私もまた上手い人生整理が出来なかった。映画はほどほどの娯楽作で、自分を反映させながら見ていくと醍醐味が発揮される。40から50才、もっと過ぎた人でも可能かな? 若い人はコメディや夏川さんにした方がいい。
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 具体的には? 自分に子供はいるのか、いないのか。浮気相手はどうか? 思い出せそうで思い出せない記憶の謎をめぐってサスペンスフルに物語は進行していく。頼りになるのは家族ではなく、医師か親友か?
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 米国資本は入っているが基本的にスエーデン映画です。荒涼とした風景に白夜が見える。壁いっぱい写真の自分をはって置かなければ自然に飲み込まれそうです。監督ははっきりしないが、プロデュースは欧州出身のリドリー・スコット、シニカルが効いてます。いい意味での強かさ、これが邦画や米画にない映像を見せます。
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 身障者の私が健常者で生きたかったように、人は誰もがお金持ちでありたい。米国人、白人でありたい。なぜなら、そうであれば長いモラトリアムも許されるから。物語は納得の結末、いや意外な結末を当てて来ます。

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