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2017年12月31日 (日)

大人のための人生入門 映画

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「シーモアさんと、大人のための人生入門」には、すでにメモ書きが出来てます。平たく言えば、公開レッスンやインタビューを合わせたキュメンタリー映画です。だが中身は濃い。ツタヤも大きい所でないと在庫がない。
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 シーモアもしくはセイモアさんの指導はピアニストのための物であり、演奏会での緊張を問題とする。とりあえず原点を起点に、考察や指摘はやがて人生の多岐にわたる。原題はSeymour: An Introduction 紹介の意味。
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 監督はイーサン・ホーク、ビフォア・ミッドナイト3部作の脚本も演技も素晴らしかった、本職は俳優です。彼も演技と自己の間では演奏家のように苦悩したらしい。これに対するシーモアさんの答えが振るってます。
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 大衆の望むものと演奏家の望むものは違う。だから芸術家は孤独を糧とする。孤独の中から紡ぎ出されたものを提示する、演奏会は緊張せざるえない……なるほどね。だけど自分の孤独が食えるなら、客との間の緊張だって食えるだろう。
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 緊張をエネルギに変え。練習では出来なかった演奏は、不可能か……そんな減らず口を言ってみたい気もする。このDVDは音もいい。ピアニストの諸田由里子さんは音が澄んでいると言ったが、録音もいいので私の部屋にピアノを持ち込まれたような錯覚が起こる。
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 もっと根本的な問題は人はなぜ自閉するか? シーモアさんが演奏家を止めて指導に回ったように、グレン・グールドは録音演奏専門になってしまう。グールドは神経症で、シーモアさんは違うように言っている……グールドは動物園で象の前に行って、象をノセるシーンを撮らせている。
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 シーモアさんはイーサン・ホークをノセて映画を撮らせたのではないか? 自閉して孤独を糧にする、言葉の意味は入れ子、マトリョーシカになっている。私とグールドではむろん桁が違うだろうが、医師に過敏症と言われ複数回、悪い方に評価されたことはある。
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 友人間での悪い評価は嫉妬が絡んでいる。身体障害はお互い様だが、私の場合は劣等感を逆手に取れる時もある。泉谷しげるさんのステージを生で見て「ア、やっぱり同じなんだ」思ったことがあります。あの人もシャイで障害がからむと何も言えない。
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 身障者の劣等感のせいだと思っていると、犬や猫の子供好きは、子供の劣等性を埋めようとする……イルカなどの哺乳類も犬猫と同じで子供好き、人間の子供も好きで。時には大人の身障にも配慮を見せる。重度身障者の障害感と現実は矛盾します。
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 その辺を私風にいえば、自分の孤独が食えるんなら他人との間の緊張だって食える、そういう表現になる。これは何度見ても飽きる事のないDVDで、日本美術の若冲の絵あたりと重なって行きます。
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 シーモアさんは恋愛体験が空しい。時間的に長い意味を持たないト最初の方で言います……では子供の意味は? 弟子の子は子供ではないか。ここに出て来る生徒さんは(イーサン・ホーク監督を含め)みなシーモアさんの子供たちと読めます。


●「シーモアさんと、大人のための人生入門」http://www.uplink.co.jp/seymour/aboutseymour.php

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