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2017年10月12日 (木)

マインドフルネスの至福

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 一番、簡単なのは座右の銘、モットーというのもあります。具体的にありがちなのは和ですね。哲学的な支柱として「和をもって貴しとなす」……憲法という説もある。本当にそう思うのか? どうしていいか分からない時の原則なのだが……
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 実は処世術というとがっかりされる。処世術は相手が仲間内の場合はそれで通用するが、外部の人が多く交じると難しくなる。まあまあ、今日のところは……というと場の空気でまとめ、採決はしないで決める。
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 エイリアンが一人で徹底抗戦、白黒をつける論議にもって行くと、多数派になる場合もある。エイリアンは弱者のひとり狙って、口で攻撃する。多数の者も口撃の巧みに恐れかなわないト、一人ずつエイリアンの手下になる。
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 つまり多数派も最初から多数ではなく、理由があって多数派が形成される。理由は合理的、正しいとは限らない。最初は正しかったが、時間に古び劣化したかもしれない。その時々の合理性や正しさを見つける。普通凡庸ではできず時間もかかる。
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 そして多数派は形成され類型を学び、やがて保守性を身に着けていく。和をもって貴しとなすとは争ってはならない、いう意味です。争いは時間のムダ、労力のムダ、心労のムダ……確かに間違いではないのだが。
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 同じ頃に中国から入れたの知恵に孔子孟子の思想がある。老荘の扱いはやがて軽くなり次第にぞんざいになった。思想には盲点がある盲点を突かれると弱い。孔孟は書いたように対人間の教え、社交術であって一番、基本的な思想ではない。
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「然」は自然の然です。則天去私は漱石の愛した座右の銘だが、社交ではなく根本的な自然な生き方、然はないだろうか? そういう意味になる。漱石は英語の前に漢語を学んでいたが、漢語には孔孟に混じって老荘があった……らしい。
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 いわゆる日本的なモノとは多分に中国的なモノでもあります。セカセカしないでゆったりと構える……と言います。座禅とか散歩とか寺院参りとかは、スタイルやファッションと違う、もう少し現実的な意味があるのでは?
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 話は結局、ジジイ臭くなって来た。これだから年寄りはダメ……ダメとは言うな。ニューヨーカーが「マインドフルネス」を特集して入門講座での効果を報告している。事前と事後を測定するに。ホルモンの分泌がよくなり脳内に変化が生じた。
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 ゾーイ・シュランガー記者による「マインドフルネスの至福」は信ずべきか信じざるべきか。それにしても効く哲学があり、効かない座右の銘がある。何となく脳科学者の中野信子さんが言いそうな内容です。 

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