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2017年9月 7日 (木)

それから 2

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 大昔の事で書いても仕方がない。どんな嫌がらせだったかは書きません。あれは小学生も初めの頃、私は友人の男生徒にいやがらせを受けます。
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 それで親は「これはいやがらせでは……」いうと担任は訝しい顔をします。担任のその後の報告で、
「あれは私にもそう見えます」という。その理由を判らないまま、私も親もことを忘れてしまう。
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 モーツァルトの喜遊曲を聞きます。その3番目の曲に衝撃を受けます。俗に「夕べのメヌエット」という曲に聞き覚えがある。小学生の頃に運動会で女の子とフォークダンスを踊った。
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 やがてバイオリンの音色が記憶にたどり着く……と言っても小学生では指の感触には男女差もなく、記憶のメヌエットはステレオに乗って軽やかに行き過ぎる。
「あたしはこん人とよ」小学生の彼女は私の肩をつまんで引き寄せます。早く相手をしろという意味です。
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 主張に友人は驚きの声を上げる。女生徒の主張いうよりも順番を守れば、そうなるはずでした。宣言して肩をつまむ行為は躊躇われた。ためらわず行動で示した。女生徒は私たちより凛々しかった。
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 女生徒は勉強も出来ました。私が女生徒の隣の席になった時「私はA君が好き」と宣言しました。A君とはクラスで一番できる男生徒で、つまり私など暗に嫌いと宣言されました。
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 宣言した割に女生徒は親切で、別にA君と付き合ってる風情もない。今と違う昔の小学生、当たり前です。ただ運動会の準備で、友人の前でそう言ってしまった。
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 3番目だか4番目だかは知らないが、À君の次に私は気にいられたのでしょう。友人にとってショックで、それで友人の嫉妬を買った。それとこれがメヌエットの一曲のうちにつながります。
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 音楽の記憶は不思議なもんです。自意識には淡くても殺意がこもる事を、漱石は明晰に問います。嫉妬は本能で無意識にあります。男の本能はスカートの翻る所、必ずスイッチが入る。
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 女生徒がA君を意識した事も、友人が何を嫉妬したかも、嫉妬するほどの事はないトなだめてもすかしても、根本的には解決しないのかも知れません。つまり本能が異性を選ぶ……そういう部分が消えない。
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「それから」では代助の枕元に生けられた椿が、首のように落ちるところから始まります。それで代助は自分の胸、肋骨の上から心臓のあたりを探ります。生きている事は、死に誘われている事でもある。
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「それから」は赤いイメージで始まり赤いイメージで終わる。意識と無意識が交錯する。たとえば九月は油蝉が、黄色い枯葉の上にひっくり返る。セミの生も死も本能で秋を生きるようには出来ていない。
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 赤のイメージは何を意味するか? 意識と無意識のせめぎあう人間の全意識、つまり生死をいうのでしょう。図書館から大岡昇平さんの「小説家夏目漱石」を借りて来ます。
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 文庫で五二〇ページを超える厚さにはうんざりしますが、本は講演録で割とスルスル読める……大岡さんも「それから」の赤を狂気と読みます。

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