« 2017年8月 | メイン

2017年9月

2017年9月20日 (水)

相談1 尻もちをついた

Photo

 体調不良の相談を受けます。体調は私も同じようなモンですが、この際、2件並べて記録して置きたい。1件目は70代前半の女性の場合、相談後に要点をまとめたハガキを上げましたので、そのハガキからの引用。
.
 階段でつまずき尻もちついたという。腰から片足にかけて打ち、1カ月の入院があった。退院後に打った側と反対の足がしびれる……いうのが主な相談内容です。私の提案は、病院を変えませんか?
.
 熊本市には3院、整形専門の大病院がありまして……え? ○○病院で治療中ですか? 大きな病院だったら担当と違う医師の診察を受けて下さい。「何々先生を受けてはいますが、どうも違うような気がして……」とか何とかで、普通それで診察してくれます。
.
 それでも同じ診断だったら、病院を変わる必要があります……事情があって、私も同じ病院内で3人の医師に、それぞれ診断されました。病名対処が全部、違う。笑いますよねえ。最後は院長診断でして、もっと大きな病院に回されました。
.
 私を回した病院はある意味で立派な病院で、最初の医師の顔を立て、最初の診断を変えない……そういう場合も考えられます。片側を打っても体はつながっているので、反対側に症状が出る。そういう場合もあります。症状が出てから時間が経っています。対処は急いで下さい。
.
 私の最近の診断は、片膝の軟骨がすり減っている。つまり腰の障害をかばう形で無理が出ている。片側の肩も肘も手首も……そこもここも、どこも全身がガタついている。これは健常者でも似たようなモノです。
.
 私の場合、整形病院に行くとロキソニン湿布薬と痛み止めが処方されます。70前後では、概ねそうです。先の女性とまた会いました。病院には行かれなかったとの話……プールを毎日に増やし、それから電気治療器を使うそうです。
.
 湿布薬がいいんなら低周波治療器等、実際はいろいろあるが……でも良いはずです。私はもっぱらエレパルス、価格は5000円前後で安物でも使い回せる。70万円のマッサージチェアを買う人もあるが、スポーツをしない人がお好きみたいです。
.
 女性も「あれは飽きる」との意見です。低周波治療器だけマッサージチェアだけでは、よくならないのか? それは知りません。この項、次回はスポーツとの関係を書きます。

2017年9月19日 (火)

眼鏡レンズの進化

Photo_4

 老眼です。あまりに長時間、つまり多くの事も出来ない。だが出来るだけを増やしたい。どのみち限定された視界を得るに違いなく……期待し過ぎないのも大事で、若い時のようには行きません。
.
 時代ですねえ。こんな老眼鏡のチラシが入ってます。むろん普通の老眼鏡ではなく「中、近距離用」の2重焦点を勧める。という事は「中、遠距離用」の2本目の2重焦点レンズを暗に勧める訳です。
.
 このチラシの提案、確かに新しい。その文面は「遠近両用は、室内では、疲れる」との3句に分ける。遠距離用では近距離はむろん中距離も見づらくなる。目の衰えは疲れになって自覚される……メガネが悪いんですト。
.

Photo_2

 近距離と同じく中距離も見づらい。それに老化、目の衰えもある。これが新2重焦点の使い分けでカバー出来る。見えないではなく長時間を使っても見づらくない、疲れ憎いと言える。いえ間違いではなく、その辺の表現にミソがあります。
.
 価格は特価1万3千円……昔は2重焦点のメガネって3万とかの時代があり、それが2万になって1万5千になった。いや1万3千円の中近距離を作るという事は、中遠距離も、もう1本作りたい。やはり2万6千円する理屈です。
.

Photo_3

 商売上手! 安くなったメガネもレンズ単価や必要数を倍にすれば……安くはならない。まあ疲れ憎ければ、それも仕方がないでしょう……えっメガネ作りに行くか? 私はコンタクト派ですから度数を自在に変えます。
.
 パソコンや読書日はレンズ度数を下げて近距離中心、買い物やジムに行く日は度数を上げて遠距離中心と視界を意識コントロールします。メガネの場合とは違いますが、新レンズの進化ぶりも、まあ理解してます。
(画像は上中下のうち、中が遠近両用のイメージで、下が中近距離レンズのイメージ、イメージでしかない。情報画像は大宝堂)

2017年9月18日 (月)

後妻業の女 映画

Photo_2

 真実なんて物は怪しい……かと言って嘘を誠に変える魔法を探す訳ではない。頼ろうとするから騙されます。数年前に読んだ小説「後妻業」が、映画化されます。
.
 主役の大竹しのぶさん「後妻業の女」で騙され役の男優陣は津川雅彦、森本レオ、笑福亭鶴瓶さん……といった面々です。いや最後の鶴瓶は騙されるフリをして……女性を釣る竿師ですって。
.
 歳を取ったら出来れば若いカミさんでも貰って、老後の何やかやを看てもらう。大竹さんの「趣味は読書と星を見ること」なんてセリフに、理想的後妻像を重ねます。これって古すぎです。今時、そんな女性はいない。
.
 女性は分からない。私がおもうには女性に理解してもらえるなんて、そもそもありうるか? 別に離婚の必要はないが、高齢化するほど家庭内でも別居、別行動を進めた方がいい。
.
 私だけかと思ったら、マンガ島耕作シリーズの広兼憲史さんも似たようなご意見らしい。身の回りを整理して料理を作り、趣味や付き合いは縮小し、見栄は張らない。具体的には年賀状はもう書かない等。結婚中から人はひとり生まれ一人に帰る。
.
 週刊ポスト(9・29)の記事で、広兼さんは高齢化した男こそ自立すべきという。寂しいから不安だから再婚したい、婚活パーティに後妻を募る男たちの映画と真逆です。どっちに真実があると思いますか?
.
 婚活パーティは熊本市でもやってます。元締めは福岡にあるらしく、各市の安いホテルを会場に、来ないかとメールがありました。私は行きません……メールといえば先だって個人の女性からメールが入ります。もう少しだけ信憑性がある。
.
 長くは引用しませんが「漱石好きそうだが一緒に映画に行かないか……」そういう文面でした。都内の方ですが誘うにしては雑でした。当方は、九州住まいで高齢と返事したら、無論それっきり……間に受けられません。
.
 映画の方は人間喜劇という事で豊川悦司さん扮する結婚相談所、所長の仕切りで入籍から遺言書の作成、殺害、葬式と進行します。ただ連続殺人となると人間喜劇も笑ってばかり済ませる訳にも行かない。
.
 一件づつに千万単位の現ナマや不動産がからむにしては、警察検察の筋が入らない。私立探偵の永瀬正敏さんは絡むが、関係筋の考えは表さない。後妻業という言葉まで出来、それなり現実は進行している……だから何、どう思うというの?
.
 それが弱い、この映画は伊丹監督の「マルサの女」のバリエーションになります。しかしマルサやお葬式のように見終わった後の、肯定的な味わいが広がらない。これだけの俳優を集めたというのに、本や編集の問題でもなく、監督の力量が足りない。同様の試みは「SCOOP!」「舞妓はレディ」と並んでいる。

2017年9月14日 (木)

黒猫は3度くる

Photo

 夜中にトイレに起き、寝ぼけまなこで用を足す。水を流して出た所で気がつく。室内にかすかな気配がする。これが人なら泥棒なのだが気配は人ではない。
.
 私は動きを止め様子を伺うが、相手も動かずこちらの様子を見る。一瞬の不気味。まだ暑いのでベランダを開けたまま寝るが、そこから猫が入ったらしい。やれやれと台所から猫を追い出して安心する。
.
 夕べはサンマを食います。今年のサンマは高いというが、スーパーに行ったら小さいのばかりが残り、それで108円という。これを逃したら今年は食えないかもと買って来た。そのサンマを焼いたので、今まで来た試しのない猫が匂いを嗅ぎつけた。ベランダから出て行ったのを見て、ガラスを閉めます。
.
 ところが、この黒猫をまた来ます。成猫に達しない、子猫でもない。中くらいの黒猫で近所をウロつく言う話です。今度は朝になって私と顔を合わせてニャアと言うんだから……セリ込み猫です。ガラスを開けておいた夕べに入り込んで、何もないので寝てしまい、朝起きだして来る。
.
 ただ3度目は分からない。ガラスを閉めておいたのに、入れるワケがないのに入っている。野良ではなく元々アパートかなんかで飼われていて、飼い主は秋になって引っ越し、部屋に置き去りにされたか? そんな所でしょう。
.
 漱石の家の猫もセリ込みの黒猫だったそうな……お手伝いさんが追い出しても行かず、漱石の一言で飼われることになったトあります。勝手なことをすれば大家に私の方が追い出されかねない。いえ熊本市では猫を飼う場合はむろん、数軒で一匹の地域猫とする場合も、手続きは踏まねばならない。
.
 しかしエサだけ与えるとか、始末もなく短い間だけ飼うとか……勝手な人はいて、後には不幸なノラ猫が残ります。吾輩だってあれはネコの形を借りてレコを重ねて……そういう方があります。
.
 頭の上のハエを追えない身障者が猫や犬を飼うのは……そういう話題になった事がある。むろん決論など出ないが、健常者であっても似た問題を抱えた方がある。女房子供を抱え、それが自分になつかず、猫や文鳥を飼わねばならなかった。
.
 漱石の心の闇というか、冷え冷えと温もらぬ部分というか……感覚はあった訳です。それともまあ最近の猫は生活レベルが高く、飼い主と一緒にインターネットくらいは心得て、私のブログの漱石シリーズ、読んでいて押しかけたのかも知りません。「オレも漱石は好きだニャ」とか。
.
 つい先ごろまでは犬と猫では犬に人気があった。それは逆転して猫人気が勝って来た……こんな画像が出て来るには、微妙な変化があるのかも。猫ならいいが泥棒もありますので、ベランダのガラスは閉めて寝られた方が無難かと思われます。

2017年9月13日 (水)

DVDを買う

Photo

 先月「グリム」という連ドラのDVD、シーズン1,2を買います。どこかで面白いと噂を聞いたが……どうも勘違いで、中世の妖怪談と現代の刑事ものがゴッチャになった内容です。
.
 シーズン1は見ますが2は封も開けないでブックオフに持って行きます。ほぼ毎回完結の読み切り……林道をランニング中の女子高生が誘拐される。本性はオオカミという男が容疑者に上がる。
.
 民話というか童話収集のグリムの血筋という、主人公刑事にだけ、男の本性が見える。その部分のCGが売りです。しかし証拠にはならない……この先はミエミエの捜査になる。子供に分かる筋立て、合理的な部分と不合理な部分が混ざります。
.
 妖怪に女性が犯されると首の辺りに卵を妊娠する。それが純金の卵というので、女性は妖怪に監禁され……ラストは手術で取り出される卵。夜空に砂金となって飛び散ります。まあ性教育はいらない。子供ドラマではないが分かり易い。
.
 シリーズ1だけで匙を投げた理由、お分かりでしょう。先月はパソコンが故障してヒマでした。私はドラマでも「フィッツ」とかが乗るんです。あんな傑作ある訳がない……いえ電気店がソフト部を閉鎖し、売れ残りをワゴンセールで出した。
.
 犬も歩けば何とやら、通りかかった私はワゴンの中を覗き、安かったので買った。昨日、売ったドラマ2セットほかに、映画2本も買います。それ以外は意欲が湧かない言うか、あれもこれも一律100円という捨値でした。
,
 昔にLDソフトを転売した経験がありまして、ワゴンごと買ったらと思わないではなかったが……買えませんでした……金がなかった! いえいえ今度はどうなるか、ヤマ気がないいうか、単に気が小さいのね。
.
 ……で「グリム」その2本は幾らで売れたか? 2500円でした。差し引き2300円の儲けになります。せっかくならヤオフクで売ったら2倍、チャンスとワゴンごと買っていたら10倍……そうしていたらネ。

2017年9月12日 (火)

それから4

Photo

 ここで奇妙な事が起きる。大岡昇平さんは、なぜ漱石に魅かれたか? 愛人と奥さんの間を行ったり来たりした大岡にとって、恋愛というか性愛というかは、珍しくもなかった……はずです。
.
 たとえ講演録にしろ500ページをかけて追求するような何が、漱石にあったか? 大岡はスタンダールを専門とし、スタンダール以外で深くこだわった作家はいないので、つまり漱石は例外中の例外です。 
.
 鴎外の「舞姫」にはモデルがあって、最近、彼女が日本に来た痕跡が見つかったそうな……同じく漱石の書いた美人のモデルは誰それではないか? むろん大岡も「小説家夏目漱石」で書いている。
.
 モデルで有名なのは江藤淳さんの、登勢という兄嫁説です。私の説ではモデルは問題にならない。あれは母、それも観念的な架空の存在です。「それから」でも架空の存在としなければ納まりがつかない。
.
 恋愛の駆け引きで波風も立たず、結婚生活に入っても衝突が起きない。それはキレイな人生ではあろうが……それで人間は成長できるか? 波風や衝突といった事件の中からしか、人間の熟成は見込めないのでは?
.
 漱石は熊本にいた時、年間で千に近い俳句を作ります。これが松山で子規に習った時より多い……理由は寺田寅彦に教えていたからです。この句数が、漱石の心の開かれた状態を示している。本当に寅彦と、肉体関係があったかなかったか?
.
 気持ちが悪いので恋人寅彦説はこれ以上、追求しませんが……漱石の会話体の面白さは、おそらくこの時に出来たものでしょう。俳句は出来なくとも、弾む会話はありえたのでは……それはそうでしょう。鏡子夫人も三千代モデルとして確かな位置を占めたと思われる。
.
 だが漱石の面白さとはシュミレーション恋愛、シュミレーション色恋、不倫、姦通……違うのではないか。恋愛は楽しく色恋は快感、不倫や姦通は悦楽……私はよく分からないが、それも違っていないか? つまり来るべく恋愛のテキストとして漱石を読むのでは利用法が違う。
.
 するとデイトコースを下見、ロケハンするのも無意味という事になる。ロケーションハンティングは映画作りで言われるが、小説でもありうる。デイトでコンサートに行くとすると、クラシックにするかポップスにするかで、効果が違うからです。
.
 小説での恋愛相手は美人だったりスマートだったりするが、現実ではそういう必要もない。本人が納得できれば周囲の誰にひけらかす必要もないからです……給料が安すぎると生活できない。恋愛感情も維持できない……まあ、そういう人もあるのかも知れませんが。
.
 漱石は恋愛小説には不用意でうかつ、本番の色事には更にそう。漱石のうかつを知りながらながら大岡はNGを出さない。大岡は用意万端を整え、武蔵野夫人を書き「事件」を書いている、かのように見えます。実際「事件」では男女関係が、物語の謎のカギになる。
.
 奇妙でしょう……本当のことは奇妙なもんです。昨年は「君の名は。」が流行りました。あれ、まだ今年でしたっけ……やっぱり君の名はのような恋愛をしたいとか、若者は思うのか。……そもそもアレでは恋愛でも、ないでしょうね。(終)

2017年9月10日 (日)

それから3

Ooka

 淡い初恋の感覚なんて忘れました。濃厚な不倫の味は知らない。トシも年なので、もうないでしょう……しかしミック・ジャガーは私の年で、恋愛ざたで子供を作ったのか!
.
 大岡昇平さんは、漱石の文章が実体験に元づかないと看破します。野火などドキュメンタリーを書き,武蔵野夫人の恋愛ものも書き、「事件」のミステリも書いた……大岡なら何かを嗅ぎつけると私は推測します。
.
 漱石の蔵書にはリストがあり、詳細まで研究され尽くされる……更なる研究が出来たにしても、私はしませんが……一目瞭然、読めば分るでしょう。漱石の文章は調べ物しながら書いた文章ではない。
.
 調べながらとすると例えば鴎外の文章になる。漱石は新聞小説の特性を考え、毎日、気持ちよく読める事に重点を置く……必ずしも純文学とは言えない。まして鴎外のように発禁にでもなった日には新聞社が困ります。
.
 そういう意味で離婚交渉の実際を取材する必要はない。読者より程度のいい家庭の、羨ましい暮らしぶり、浮世離れした思いを書き連ねていけば良い。「坊ちゃん」で同僚の婚約者をねらう赤シャツを書きましたから、友人の奥さんを譲り受けたい男でも……
.
 それで赤のイメージ、危険な男という意味です。頭がいいのに無職、ピアノまで弾ける。これは漱石自身がバイオリンを習ったことからの影響で。前作、三四郎が学生ですから代助も学生のような事をしています……私はギターを弾きました。入院が長かったので弾きながら歌う事が出来ました。
.
 出来は悪いが初めて聞く人は羨ましくて、これを上手いと聞きます。よせばいいのに重度身障者の前で演りました。嫉妬され逆効果というか……ど下手でもなんでも朝日新聞を取る人より上流階級を、代助は演じます。
.
 もともと読売は分かり易い新聞です。今はどうか知りませんが朝日は知的レベルが高い、ほんの少しネ。漱石は英語教師です。英語の研究で留学辞令が降りる。漱石はそれを英文学研究にしてしまう。漱石にはそういう意味でインチキな所がある。
.
 時代が下って谷崎潤一郎の頃になると、小説ではなく本当に他人の奥さんを譲り受けます。大岡さん自身も……つまり「それから:の代助とは、先行したイメージに過ぎません。私にしても泉谷さんか、せいぜい武田鉄矢さんのイメージに過ぎない。
.
 だが弾き語りで歌ういうと、拓郎さんとか陽水さんとか、巨大に好いイメージを皆さん持って来られる……はずが、はずがないでしょ、同じです。百合を抱えてやって来る三千代、楚々として美しい着物の女なんて、巧妙なイメージ戦略にある訳です。
.
 大岡は不倫の経験者です。なのに女性の中に入り込んで書くの難しさをいいます。野火が新しく映画化されました。劇映画と言えるかどうか、あれはいい……「事件」も昔ですが映画でドラマでヒットしました……それに比べると武蔵野夫人はショボい。
.
 恋から色事へ至るグラデーションいうか、恋愛の小説化はいまだに上手くいってないのでは? 恋か色かによれば、それはありますが……漱石の小説は、合意による色事ではなく、許容によるそれへこだわりましょう……その時のそれは性か愛か、確かに色事ではあろうが恋愛といえるか?

2017年9月 8日 (金)

レタスとフライドチキン

Photo

 夕食前にキャベツを6分の1個を10分間、良くかんで食べる。出来ます? 膨らみすぎた食欲を抑えるために……雑誌ターザンは「痩せ式」の特集で、そういう記事を提唱します。
.
 私はキャベツでやった事はない。だがレタスやサラダ菜でなら、ある。巻いた野菜はやっかいだが、サニーレタスやローマインなら水に差し、袋にくるめば、冷蔵庫に長く保存できる。
.
 食欲をあおる食べ物と、抑える食べ物がある。油ものや甘い物、デンプン類や飲み物は、どちらかいうと後者に属し、後者を食べれば必ず食べ過ぎる。最近わかった事だが、食欲はナチュラルに止まらない。
.
 甘い菓子やポテトチップス食べ始め、止まらなくなるのは前者に属す食べ物だから。私もラーメンは好きだが、熊本のラーメン好きは普通で、前者のグループのこういった食べ物は、批判的に抑圧的に見ないと、全員が肥満になる。
.
 肉も好きが当たり前、野菜は嫌いが当たり前、食べたい物だけ食べ、あとは食べたくないで片付ける……本能からの生き方や、物のあふれる状況を問題視しなければ、もはや食欲はナチュラルにならない。
.
 つまり米式のファーストフード食が、気づかない間に日本にも蔓延っている。ファーストフードをパクパク食べる食べ方がのぞましく幸福に見えた。だから子供にもピザやフライドチキンを好きなだけ食べさせ、小児高血圧や糖尿病を起こしてしまった。
.
 Eプレスリーはドーナツとコーヒーが大好きで、スポーツを止めて太ってしまった。スポーツを止めたのが先で、そのストレスをドーナツとコーヒーで晴らそうとしたのか? その辺は知らないが……
.
 どちらにしろファーストフード産業を推奨し、野菜農業を抑えれば、米国式の文化が成り立つ。それは正しいか? あのスマートだったスターが不健康に太った最後を迎えた。極端に聞こえるでしょうが、これは事実です。
.
 好きな物を食べたい量、食べて、しかも痩せている。見かけもよく、しかも幸福である……痩せの大食いに憧れる。無理からぬ事ですが、それはあなたにも出来るか? 残念ですが上手く行かない、それが現実。
.
 痩せ体形を断念するか。幸福感を断念するか……見かけが悪くなるか、体調が悪くなるか、ある種、不幸せを受け入れて生きていく……多くの人はそうしないとならない。実は私もレタスやキュウリは、好きではないのに食べている、その一人です。

2017年9月 7日 (木)

それから 2

Photo

 大昔の事で書いても仕方がない。どんな嫌がらせだったかは書きません。あれは小学生も初めの頃、私は友人の男生徒にいやがらせを受けます。
.
 それで親は「これはいやがらせでは……」いうと担任は訝しい顔をします。担任のその後の報告で、
「あれは私にもそう見えます」という。その理由を判らないまま、私も親もことを忘れてしまう。
.
 モーツァルトの喜遊曲を聞きます。その3番目の曲に衝撃を受けます。俗に「夕べのメヌエット」という曲に聞き覚えがある。小学生の頃に運動会で女の子とフォークダンスを踊った。
.
 やがてバイオリンの音色が記憶にたどり着く……と言っても小学生では指の感触には男女差もなく、記憶のメヌエットはステレオに乗って軽やかに行き過ぎる。
「あたしはこん人とよ」小学生の彼女は私の肩をつまんで引き寄せます。早く相手をしろという意味です。
.
 主張に友人は驚きの声を上げる。女生徒の主張いうよりも順番を守れば、そうなるはずでした。宣言して肩をつまむ行為は躊躇われた。ためらわず行動で示した。女生徒は私たちより凛々しかった。
.
 女生徒は勉強も出来ました。私が女生徒の隣の席になった時「私はA君が好き」と宣言しました。A君とはクラスで一番できる男生徒で、つまり私など暗に嫌いと宣言されました。
.
 宣言した割に女生徒は親切で、別にA君と付き合ってる風情もない。今と違う昔の小学生、当たり前です。ただ運動会の準備で、友人の前でそう言ってしまった。
.
 3番目だか4番目だかは知らないが、À君の次に私は気にいられたのでしょう。友人にとってショックで、それで友人の嫉妬を買った。それとこれがメヌエットの一曲のうちにつながります。
.
 音楽の記憶は不思議なもんです。自意識には淡くても殺意がこもる事を、漱石は明晰に問います。嫉妬は本能で無意識にあります。男の本能はスカートの翻る所、必ずスイッチが入る。
.
 女生徒がA君を意識した事も、友人が何を嫉妬したかも、嫉妬するほどの事はないトなだめてもすかしても、根本的には解決しないのかも知れません。つまり本能が異性を選ぶ……そういう部分が消えない。
.
「それから」では代助の枕元に生けられた椿が、首のように落ちるところから始まります。それで代助は自分の胸、肋骨の上から心臓のあたりを探ります。生きている事は、死に誘われている事でもある。
.
「それから」は赤いイメージで始まり赤いイメージで終わる。意識と無意識が交錯する。たとえば九月は油蝉が、黄色い枯葉の上にひっくり返る。セミの生も死も本能で秋を生きるようには出来ていない。
.
 赤のイメージは何を意味するか? 意識と無意識のせめぎあう人間の全意識、つまり生死をいうのでしょう。図書館から大岡昇平さんの「小説家夏目漱石」を借りて来ます。
.
 文庫で五二〇ページを超える厚さにはうんざりしますが、本は講演録で割とスルスル読める……大岡さんも「それから」の赤を狂気と読みます。

2017年9月 6日 (水)

それから 1

Photo

 16才カップルが胸を何度も刺され、男子は死亡した。犯人は15才男子で、本人が言うに女子のカレだったト……客観的にはどうか? その辺はまだ確定しないが三人の関係バランスが崩れました。
.
 夏の日それまで友人だった子が、恋人になる。一方の男子は弾き出され、もう一方の男子の胸を、とくに念入りに刺した。女子も刺されるが助かっている。嫉妬の感情は花火と燃えたのだ。
.
 事件にならなければ三角関係はある意味で、ありふれる。一方で恋愛はある人にはあり、ない人には丸っ切りない。原因はともかく恋愛は平等ではない。男女二人の出会いがカップルへ進行する。
.
 関係が円滑に進めばよいが難関はあるもので、異性の取り合いになる。異性も注目されやすい人と、そうでない人がある。言い方を変えると一人が、もう一人を選んでしまう。それで至難にまで関係はこじれます。
.
 こじれは本人には困る事ですが、他人には面白く、まあ娯楽になります。恋愛を書いて本にすると売れ、映画やドラマになると視聴率も取れます……つまり恋愛はない人にはないからです。
.
 下らない日常はいいから、お前も恋愛を書け、そう言われます……私にそんな面白い体験などあろうはずもなく、ないものは書けません。すると「なければ作れ」とまで言う人があります。まあ書けるなら小説は恋愛小説に限るようで。
.
 熊本では今、新聞に「それから」が連載されています。漱石が書いた前期三部作「三四郎」の続きです。前作より三角関係はこじれます。代助と三千代は好き合ってはいたが、平岡が望んだので代助は三千代を譲ってしまう。
.
 好きではあるが、代助は平岡との友情を先行させた。後に代助はそれを後悔する羽目になる……漱石は書いてないが、そう想像するに難くない。三千代に決めさせるべきとか何とか、今の人は言いますが……大昔の昔、恋愛なんてなかった。
.
 ないは言い過ぎですが、恋愛するのは限られた人でした。つまり男女共学もない時代にどうやって異性と知り合うか。そこから困難がある。なにしろ話は明治です。私が明治生まれの人に聞くと、軽くそう言われた物です。
.
 不思議でも何でもなく異性が対象として見える時、同性同士は戦わねばならないライバルとして見えてくる。買ったばかりのゲームを貸してほしい言われて、貸す子がある。恋愛も最初はそんな感覚じゃないでしょうか。
.
 恋愛相手へあるいは友人へ、イエスとノウを決める。ここはノウそこはイエス、決めるのは自分、はっきり自分がなければ決められない。決めるのは母でもなく父でもなく、親友でもない。ただ自分だけ……それが分ったのは割と近い昭和のことです。
.
 漱石自身、恋愛ではなく見合いで結婚を決めます。父や母に行けと言われれば、泣く泣く嫁に行くものでした。平岡に望まれ代助に祝福され、三千代は結婚を決心した。あまり感情に注目せず見て行けばそうなる。
.
 人はなぜそうも激しい自分を、持つようになったか? 漱石は恋愛より自分というものに関心を置くように、私には思えます。