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2017年5月29日 (月)

こころ2

 もしオレが死んだら、誰が静の面倒を見るか? 書いてはないが、先生の疑問はそういう事ではないでしょうか。この疑問の後で私の父が死に、母の面倒を誰が見るのかトいう疑問に受け継がれます。

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 私hataに言わせれば、母を父から受け継ぎたいとの願望は、先生から奥さんを受け継ぎたいとの願望に変形しています。「坊ちゃん」を長編化した「三四郎」の続きとして「こころ」読むなら必然そうなります。

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 自殺願望のあった先生は、天皇に殉死した乃木希典に習って、時代に殉死する決意をします……先の昭和天皇が亡くなり、今の平成天皇が退位の意向を示されると、私にも殉死の意味が判るような気がします。

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 時代は大きく変わって行った明治の末が、判る気がします。熊本の街並みは震災によって変わります。熊本はむろん復興はするでしょうが、復興後の熊本は私が子供の頃から慣れ親しんだ熊本ではない。明確にくっきりと時代が変わり、むかしは終結しました。

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 若い時に大切には思わなかった昭和や平成の元号に、私の思いはまつわりついて行く。自分の生きた時代が終わったという、感傷というか感慨を禁じえません。壊されていくビルの中から、60年間一度も思う事がなかった記憶が、意味もなく立ち上ります。

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 私が最初に「こころ」を読んだのは20才前半でした。見知らぬ女性を見ると体のどこかスイッチが入るような性衝動を、こうも明快に理論づけた漱石はスゴいと思いました。だが当時の女性は、そう思わなかったようです。確かに性衝動は見かけただけでは入らない……場合もある。

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 漱石は無意識の行為を意識下のように書きます。誰でも異性の前に、同性と恋愛するか……違うでしょう。女性の衝動スイッチはもう少しゆっくりと入るもので、同性愛もいわゆる同性愛と「こころ」の描写とは違う。多分ここで漱石と寺田寅彦との関係がモデルになっています。

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 他にも同性愛くさい相手としては子規があり、中村是公があるが、どちらも漱石の年下ではない。参考にはなるが年下のモデルを置かないと、先生私の関係は書き辛いでしょう。木曜会関係の誰でもいいが、親友っぽい共感の深かったモデルを探すと寅彦が、一番くさい。

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 同性愛といっても三島さんと美輪さんといった関係かどうかは分からない。美輪さんは二人でダンスを踊ったという。漱石は子規に俳句を教わったが、ダンスを踊った記載はどこにもない。寅彦とも俳句での交流です。ここでの内容解釈はいわゆる親友と考えた方が無難です。

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 では恋愛とは? 先生がいう恋愛は罪とはどういう意味でしょう。(続く)

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