« 甘納豆と極悪 | メイン | 信仰 D I Y 2 »

2017年2月 4日 (土)

信仰DIY

Snep

 神は存在するか? そんな難しいことは分からない。私は子供の頃に障害者になった。障害児になった時、もう少し違う運命に変わりたいと思ったが、これについては変わらなかった。

 

 サンタクロースは、クリスマスに私の靴下におもちゃを入れ忘れ、次の年もその次の年にも忘れた。つまり幸運な子供にしかサンタはやって来ない。サンタは確かに存在するか? 詳しいことは知らない。

 

 信じる人の前で無神論を述べるほど、私は野暮ではない。幸福な人より不幸な人に、少し余計に親切でいたい。不幸が外側から見て分ればの話ですが……無作法は好きではない

 

 ちょっとした流儀にすぎない、それを偽善という人もある。確かに自己満足かもしれない。決まりとかつじつまとか、人にどうこうは言われたくない。つまり私の勝手です。

 

 メーテルリンクの青い鳥を文庫本で読んだ時に「一番ふこうな者になっているわ。そうすれば探すでしょう?」と女性が男にいう。男女は前世の恋人です。次の世に行っても別れ別れになりたくない。

 

 青い鳥は童話のように思われますが、大人が読んでも解らない例えが一杯ある。幸福と不幸について難解な問答も含まれます。ただ、この部分はキリスト教の夫婦が基本なのでしょう。

 

 不幸な印、意味深長なセリフですが大筋とのつながりはない。障害部位は上肢より下肢が目立ち、目より耳が軽い。平等という事もなく納得も出来づらく、互いに話合っても理解はいきません。

 

 仏教では出家といって家庭を捨てます。奥さん子供、両親のいる家を捨て修行する。釈迦は悟りを開きます。修行とは何か、いろいろの意味はありますが死に近づく。

 

 家庭は楽でしょ、そうではなく辛い思いを好んでする。釈迦は断食をやっている時に悟りが開けた。そういう風に言われます……別に釈迦に重ねる気はないのですが、私の一番長い入院は2年半になります。

 

 その間は家庭を離れました。基本的に一人です。股関節を切り刻んだりギブスに入ったり、考えようによっては死に近くなる。辛いので患者間では私に信仰を勧める人もあります。

 

 信仰、教えとは釈迦やキリストに聞いた事です。つまり本を読み呪文を唱える。そんなまだるい事をしないでも、似たような体験をするんだから、同じとはいかないまでも何分の一かでよい。直に悟れないものか。

 

ふとどきな考えかもしれません。つまり「 D.I.Y.」Do It Yourself(ドゥ イット ユアセルフ)で、「自身でやる」の意味。「DIY」の宗教版ですね。そう私などは思いました。この項、続く。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/394232/34034948

信仰DIYを参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿