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2016年10月26日 (水)

爆死

Tamo

 あてが違ったという事だろう。こんなに急激に世間が変わろうとは思わなかった。少し変わり始めた事は戸惑う間もなく、ひたすら加速度を増した。むろん止まろうとはしない。
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 どこかに一息をつく踊り場と思ったのも思い違いでした。勘違いで取違えたものは違えっぱなし、もどる場所は昨日ごと消えた。むしろきっぱりした喪失が残る。
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 子供の頃、親から厳しくされた人はコレクションなど、他者から見ると無価値な世界にハマりがちです。親から奪われた子供時代を無意識に取り戻しに行く。自分はなぜ、そうするのか?
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 よくよくは判らない。女性にあるロマンスへのあこがれも似たような意味があるらしい。ただ自己満足あるいは成果が全くない。それが周囲からすれば問題だらけに見える。
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 男と女性ではテーマが違うが喪失と未練というか、肯定するにしろ否定するにしろ、ほぼ大差のない心情にいたる。他者の同情はいらないと、理解を拒否して宇都宮で爆死した方があった。
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 元自衛隊員というので健常性は高かったが、年齢は重ねられたが精神的には若かったのだろう。物事の解決を図るというか、現実的になれなかった。つまり本人も極端だった。
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 昔のずっと昔の精神世界に住みつき、家族や周囲や社会にも同じ事を求めた。社会を変えるのは難しく、自分を変える方が簡単なのに、そうは思えなかった。
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 グローバル化が理解できなかった。日本をあてにして、あてにした日本が埋没して見えた。昔をいうなら昔式に家を閉め部屋を閉め、出刃か刺身かの包丁で腹でも切ればよかったのだが、それは日本式が通せなかった。
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 見苦しく騒ぎ立て、お粗末な外国式に似てしまった。歳も近いので同情する。ひと財産というには少なすぎるが、スマートに女房にくれてやる事もできなかった、まあお粗末。

●祭りの会場で爆発を起こしたのは、そこに集まる人々に対し「皆さんは楽しいかもしれないが自分はそうではない」と訴えたかったのだと思います。周囲の評判は「温厚な人」だったそうですが、それゆえ家庭のトラブルからは逃れられず、上手く解決できない自分への怒りもあったはず、こうした家庭や社会の矛盾への怒りが、爆発という主張になったのでしょう。週刊新潮

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