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2016年10月 4日 (火)

夜明けの街で 映画

Yoake1

 タイトルから連想したのは実存的な風景です。奇跡の朝ではない普通の街、キレイだけどそれだけ……ありふれた人生を歩いていく、これはそんな人の物語です。奇跡を願うとは神を信じ、本気で神に願うこと。
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 恋愛小説は恋愛のマニュアルになる。「ノルウェイの森」が売れたのは若い人の恋愛マニュアルとしても優れた書籍だったから、その線では不倫マニュアルとしては渡辺淳一さんの「失楽園」など一連の作もある。
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 漱石の三四郎は青春文学として優れるが、女生徒には不評でした。理由はいくら読んでも恋愛マニュアルにならないから。漱石は見合いで、後の奥さん鏡子さんに惚れ込みますが……(夏目漱石の妻)
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 あんな例では参考にも腹の足しにもならない。それどころか屁のつっぱりにもと……散々です。さて青春を失くしたオジサン渡部は、派遣社員の秋葉さんと不倫の恋に落ちる。恋に落ちる理由は書いてありませんが、もう少し必要でしょうネ。
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 大抵の男はモテません。だから青春期に恋愛体験が薄い、10人中6~7人の男は体験が十分でない。漱石もそういう人でした。だから一目見て鏡子さんに降参した。それもひとつの恋ですが、女性のいうようにあまり面白くはない。
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 上手く行った、たった一つの体験ではなく、こうすればチャンスといったコミュニケート術が知りたい。マニュアルが要求される。秋葉さんは渡部にある失礼をして、その埋め合わせを提案します。
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 ところが渡部は提案よりも謝れと怒る。つまり謝れば許す度量を示す。それで秋葉は参ってしまう。ファザコンの秋葉ちゃんとしては、そんな男に会いたかった。青春を失くした男と、父を求める娘の間に関係が生じます。
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 道ならぬ恋、不倫はいけない。良いか悪いかでいえば誰がどう考えても悪い訳ですが、失なった物を取りもどしたい。もどせないまでも懐かしみ、心の傷を癒せ……るかどうか? 私も詳しくは知りませんが、そんなに悪いか。
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 渡部には家庭があって妻があって、だから不倫なのですが、この妻も反省すれば許す度量を示します。この不倫話の始まりと終わりに、いつもの東野ミステリーが入ります。東野さんって教訓的ですよね。
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 いいのですが必ずキリスト教的な教訓で、回教や仏教ではない。その意味ではバランスを欠く、つまり度量を欠いて感じられる……私はキリスト教者ではないので気になります。別に仏教者でもなく回教では特にありませんが……
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 おかしな風に見えます。生理学的に卵子は古くなると奇形率が高くなる。精子は古く成り難いそうです。20才女性を1とすると40才女性は15倍の高い確立で、ダウン症の赤ちゃんが出来ることになる。
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 私が作る訳ではなく、子供を作るのは各自の勝手です。浮気症あるいは不倫いうのは、医学的にいえば合理的いう場合も、場合もあります。回教では若い4人目の妻を持つのも合法で……キリスト教だけが正しいかどうかは?

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