« すみれの句 | メイン | ジェトロの講演会 »

2016年9月15日 (木)

在宅医療

Ohashi

 週刊ポスト9・16号が「在宅医療」に一石を投じます。誰でも病院よりは家がいい。しかし家では済まないから入院する……仮住まいの不自由を別にしても病院は好きになれない。
.
 結論から言うと、まだ死にたくないなら病院に留まるべき、家に帰ってはいけない。死ぬ覚悟が出来たら家に帰っていい。だが死ぬのは多少なりとも痛い。チクっとするくらいでは済まない時もあります。
.
 大橋巨泉さんケースの詳細が少し判る。同記事によると11年のガン闘病があって大橋さんはいったん家に帰るが……書いてないが担当医は離れ、おそらく入院病院から在宅医を紹介した。
.
 この在宅医はもともと皮膚科で、モルヒネの扱いは専門ではなかった。家に帰って5か月目、大橋さんは背中の痛みを訴える。そして意識障害を起こす量のモルヒネ投与が行われた。
.
 つまり病院から帰るべきではなかった。あるいはそこそこ専門医のいる、家に近い病院とかに折り合いはあるにしても、麻酔に知識の深い在宅医は、まず無理というものだろう。
.
 ところが記事は大橋ケースが特別ではないとする。夜に往診を頼んだら、酒の匂いをさせて来た在宅医とか、じゅくそうの対処が出来なかった在宅医とかの実例が上がる。
.
 医師も人の子であり看護師の領分にも詳しくない。在宅医いうより救急車シーンに見える例もある。書いてある在宅医の欠点とは、裏返せば患者側の医師の使いこなしが悪い例なのです。
.
 医療物の映画とかTVドラマとかで判る基本知識が足りないのでは? そう思える所もある。むろん記事は在宅医療、患者側に寄る形でまとめられる。おおむね私も賛成だが、問題はこれで解決しない。
.
 大橋ケースで82才、ほぼ日本人の平均寿命に等しい。確かに対処がもっと良ければ大橋さんは、もっと生きられた。ほぼ満足すべき線ではないか? 他人の事にとやかく言いたくないが、こういう例が実は多いという。
.
 さて私はコーヒーを好物とする。缶コーヒーではなく自分で入れないと満足できません。入院した時、午前と午後、日に2回の点滴を必要としました。近所の病院でも出来ない訳ではない。
.
「どっちにする」主治医は私に聞きました。点滴の間違い等が怖いト私は入院を選びました。もう一面で病院脇の販売機にあるマズい缶コーヒーを選び、自分のコーヒーを断念します。
.
 いえね。反省をせざる得ない。私も今年68才になったが、まだ覚悟は付かない。家が良くても痛いのが嫌でも、そろそろ死に生を見出さなくてはならない。生き方とは死に方です。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/394232/33937555

在宅医療を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿