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2016年9月18日 (日)

夏の終り 映画

Mitusima

「夏の終り」は欲望の翳りを意味します。主人公(満島ひかり)は父親のような夫と、息子のような男と同時に関係している。ただ夫が先か、男が先かの時間軸は壊れている。
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 原作は瀬戸内寂聴さん女性だが、映画化は熊切監督で男なので、あまり感性の根拠にならない。この映画では女性の不倫がテーマになる。
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 主人公にいろんな服を着せては舐めるように撮る。いわれる不倫は流行語で、あれは男の不倫を指している。つまり女性の不快を言う。不倫は文化ではなく、本能という人もいる。
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 生き残れる、強い子が欲しい思うのは女性で、限られた子の数から逆算すると、この子とあの子で違う男の子供が欲しい……そして生存率を上げたいのだ。
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 ダとすると、不倫の流行とは欧米化、キリスト教の影響との仮説ができる。男が不倫しなければ女性は幸福になれるのでは? 出ずっぱり満島の濃い顔には遺憾がない。
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 不倫願望の根拠は女性の根深い欲にある……という、むろん仮説に過ぎないが、なるほどと男にも納得がいく。(大人の「不倫学」森川友義)
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 韓国ではそこそこのクリスチャン率が上がったが、日本でキリスト教は布教に失敗した。いや失敗ではなく、そこそこ洗脳は上手く行ったのかもしれない。
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 たとえばディズニー映画を通してカトリック化は進み、若いお母さんはミッキーマウスの耳のついた乳母車を買う。その前に仏前や神前でなく、教会で式を上げたがる。
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 タイトルの意味、若くない瀬戸内は深い欲望を持て余し、そして仏門に帰依したのか? 家に訪ねて来た男に夫が出て、場面は夢のように途切れる。瀬戸内の中の時間軸は、男との時間が先になる。
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 夫に見えた小林薫さんには、実は正妻があって、本の間から出て来た手紙が、主人公の夢を現実に引き戻す。つまり映画は夢の中にある。家にいる女子高生は、主人公と夫の共有の夢に過ぎない。
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 瀬戸内は娘が欲しかったらしい。本当の娘は本当の夫が連れ去ったのか、それとも夢、幻影だったのか? 不倫は罪か、罪でないのか? その説明もないまま映画は終わってしまう。

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