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2016年5月15日 (日)

諸田由利子ピアノ・リサイタル

Morota

 諸田由利子さんのピアノ音は一発で判る。最初の一音と次の一音に有機的な結びつき、つながりが強く、音の連なりは次の音までも重なる。

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 ピアノ音のひとつづつが、単語か文章になりそうな勢いで起き上がる。だが音には単語のような輪郭、形象はない。音と音が絡みあって木になったり動物の影や、人の感情になったり出来ない。当り前です。

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 シューベルトの音は恋愛感情を超え、人の命の限りを表現し、たとえばだが自分の運命を予感し、何か予め判っていたらしい……それは言語を超えた言葉で語らねばならなく簡単ではない。

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 私は今度の震災で2度、家具の下から這い出した。深い傷はなく命の危機も無論なく、ただ無意味に無事だった。そういう意味では諸田の演奏の方が随分とシューベルトの晩年を感じさせる。

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 死に損なった体験にはシューベルトはよく写る。「魔王」とか「冬の旅」とか「死と乙女」の表題が、不吉に絡むせいなのか。もう冗談も言わなくていい開放感からか……シューベルトは予め何か知っていたと思う他はない。

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 諸田に似たピアニストを知っている。あのピアニストのピアニズムも有機性が高い。ピアニストは元声楽家だった。若い頃に転向し、声楽の素養から書いたような言語力を会得したか……以降はピアノをやるのだが、先日YOUTUBEで彼女を見て驚いた。

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 内田光子さんは今、タクト、指揮棒を持ってオケを指揮している。昔「芸術劇場」で、内田は延々と自己演奏の解説をやった。30分近く、もう演奏やらないかと思った時、演奏に入った。録音で内田の解説を何度も聞いたが、意味はさっぱり判らなかった。

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 去年のクラシックコンサートで一楽章と二楽章の間で拍手が起った。そして三楽章の前にも……コンサートの聞き方のレベルが低下した。クラシック演奏家がトークで客をリードするのも、らしくないと言えなくなった。

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 諸田も長い解説を行った。ストレプトマイシンにやられた私の耳は殆ど聞こえない。曲目と解説はさらにプログラムでも念入りに行われており、誤解も出来ない強い調子の内田にやはり似ていた。

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 諸田本人に聞いた。新しいCDは出ていない。あの勢いではCDの録音の前に、音楽論かピアノ論か作曲家論の著作を出しそうに見えた。たとえば死ぬ前のシューベルトは何を予感したかトカ? ホラー・シューベルトの執筆にさえ乗り出しそうな……

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 今夜の地震は3から4にかける。すっかり地震恐怖症、および地震不眠症です。ラジオで確認しなくても体感で震度が計れる。だが明け方近い時間に、今だけはせめて眠りたい気がする。

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 話が妄想じみてきた。この稿もそろそろオチにしたい。諸田もいつかタクトを持ちオーケストラを従えるように、ピアノコンチェルトを弾くのだろうか。女性は怖い、男の誰も出来ない演奏形態を実現させる。

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教育委員会は熊本地震で被災した子供の心身への影響を調べるため、市立小中学校でアンケート調査し、心のケアを必要と認めた。そのような児童・生徒は3・5%に上ると発表している。ケアとはカウンセリングのみか、あるいは薬物の処方を伴うのか、私は知らない。もし薬物治療がありうるとすれば、音楽療法もありうる訳で、シューベルトの楽曲の効果も考えられます。

●ピアノソナタ 第20番  D.959 イ長調 https://www.youtube.com/watch?v=EClFYa3APA8

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