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2016年5月26日 (木)

避難生活

Zisin

 昨日は確かに地震で目が冷めます。今日もそうだった……朝から地震で揺れたというが私は覚ていない。

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 もう震度1や2では驚かないが震度3近くなると、身体が勝手に反応する。震度4になると手触りのある物を手が求めにいく。テーブルの下に行くように安全地帯を探しているが、むろんそんな所は根本ではない。

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 潜在意識か、近い部分で考えている。半ばに根拠はあるが、もう半ばにはない。家具の下から抜けだした体験から、こんな動きが身についたト思われる。当たり前だが地震そのものにも、うんざり感はある。出来れば地震のない所に行きたい。

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 隣人は用で九州外に行ったが、地震は夢になって追いかけて来たトいう。チラリと見た。いや確かに見過ぎて骨にしみた。そして地震のない世界がなくなった。つまり隣人によるとだが、安心できる場所はもう幻想らしい。

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 避難所では、困ってはいるが本当のことは言えない。言いたくない。家には片付ける物がある。その家に立入り禁止の赤札が貼られた。その意味では家は怖い所だ。それでも昼間は家を片付け、夕方、避難所に帰る……そういう人がいる。

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 その避難所で、責任ある位置には立たされた。だが本当は判らない。知らない、だが状況を掴めないなんて言えない。言えるワケがない……市も県も熊本地震の被害について調査アンケートは何もやっていない。出来る余裕は少なかった。

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 そして双方すくんでは立ち尽くす。避難民、避難者とそれを受け入れる者とが、根本的に違う訳ではない。いく分か余裕のある者が、ない者を看ている……言い切ればだが、それだけの違いでしかない。だが看られる側と看る側とでは大きく離れる。

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 炊出し係の男が切れた。炊出しを求めて並ぶ列に向かって「いつまで来っとか。エエ加減にせ」そこまで私も聞いたが後は怒りが、係の言葉の意味を消した。係の怒りの感情は激しく行列の人々を罵り続けた。行列の中からは場所を離れ、学校内や家に帰る人が多くなった。

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 避難所には大型TVがあって、音声は消したまま終日NHKを写した。この映像は1時間ほどの循環する同じ物で、内容に大きな変化はなかった。民放の地元ニュースやラジオでも多少の違いはあるものの大差ないといえば、それは違わなかった。

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 たとえば熊本市内の風景、町が変わらない訳ではなかった。791というシティFMは熊本市の臨時局になって24時間生放送を始めた。余震について、地震酔いと言われためまいについて、身体の不調やその解消法について、話続けた。

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 避難所になった小学校で校長は、この大型TVを緊急物資として要求したと聞く。停電でも電源がなくても聞けるラジオ、私の体験では、ワイドFMに対応した小型ラジオが緊急時には重要です。ではラジオにどんな情報が流れたのか。それは、また……

●分配は市町村の要請を受けて県が送る「プル型」。県が避難者数から必要量を見積もり、要請がなくても送る「プッシュ型」に比べ、プル型はどうしてもニーズと支援に時間差が生じるが、県は今も「プル型」を続けている。

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