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2016年2月14日 (日)

坊ちゃんは誰か?

Bottyan

 漱石の「坊ちゃん」は奇妙な小説で、こういう事が実際にあったと読むと、坊ちゃんの人間像に納得がいかない。あまりにハチャメチャです。

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 だが坊ちゃんのモデルは漱石自身と思われる。漱石には母がなかった。養母は母ではないト知っていましたから、戯画化した自分としてなら、坊ちゃんはありえます。母のない子はハチャメチャいう意味になります。

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 戯画化のための戯画と読んでも、この小説は割り切れません。特に何のために小説は書かれたか思うと、さっぱり判らない。草枕と比較すると、あれは漢文の素養のある人の俳句論です。虞美人草も漢文素養のひけらかし、どうだ立派な文章だろう……悪くいうとそうです。

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 坊ちゃんはそうではない。坊ちゃんは赤シャツを討つ、全体は仇討ちの話です。赤シャツもむろん漱石がモデルになる。若い漱石は坊ちゃんでそれで、少し中年化した漱石を討つ話です。一人二役いうか二人一役ですね。

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 ではマドンナは誰で、清のモデルは誰でしょう? これも二人一役、鏡子夫人です。キヨとキョウですから音が同じ、キヨのエピソードは鏡子夫人のものト半藤一利さんが言われる。

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 マドンナは噂話に出て来るだけで、実際の登場はない。いわば清の影でしょうねえ。同じ構造は「こころ」でも使われる。軍人の妻だった奥さん、そのお嬢さんは意思表示がなく、まるで奥さんの影のような存在です。

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 お嬢さんは先生の妻になった後も、近代的な意志のある女ではなく、お人形のように「私」に渡される。つまり清は、坊ちゃんの母のように扱われる。そういう女中さんが漱石にはあったかに言われる。

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「お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向こびなたの養源寺にある。」女中さんと雇い主が、同じ墓に入ることはありえない。

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 実際にはそういう人ない。つまり夫人の影が清です。職はしくじったが私にはキヨがいるから幸せだよ、漱石はそう言っている。留学を中途でしくじり大学講師もしくじって、漱石は記者扱いで新聞に入社します。

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 朝日新聞社もしくじらないか。そこが心配な漱石は、鏡子夫人がいるから大丈夫と書く。そうしないと安心できなかった。半藤一利さんはそうは言われないが、これと矛盾しない、近い講演はされてます。一般にも坊ちゃんは夫人へのラブレターという説はあります。

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