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2016年1月29日 (金)

ベビーカー

Bebicar

 車椅子身障者がバスや電車に乗ると、時間を取り空間も取る。乗り合わせた人、健常者にとっては迷惑なことになる。先進国米国でさえ、それは言われた……だが日本では迷惑論、指摘はそれほどなかった。


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 ところが妊婦が、乳母車ベビーカーをバスに持ち込むとそうはいかない。迷惑論は声高に響く。ラッシュアワー時に何の用があってバスに乗るのか? もっと空いた時間ならともかくケシカラン。

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 車椅子一人がはいる空間に何人健常者が立てるか? 3人か4人か? そういう声は米国では出たものだ。ベビーカー迷惑という日本の声は、これとは質が違う。

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 声の主は男より女性、特に同行動が思うに任せなかった、前世代の女性から上がる。私が出来なかった事をスイスイ行い涼しい顔をされるのでは腹が立つ、気に食わない。つまり嫉妬がからむ。

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 だから便、不便、迷惑論には主体がない。私も苦労したんだから若い人にも同じ苦労をして欲しい……ノダそうです。不便よりも嫉妬が先に立っている。男にもありますな。オレが出来ないことをなぜアイツがやる、これは肥後の引き倒しという現象です。

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 出来ない人の心にも、本当はしたい気持ちが渦巻いていて、一杯いっぱいで自分は出来ない。誰かやって見せて、自分に指導して欲しい気持ちがある。だが実際に他人にやられると、自分にも教えてくれと頭を下げられない。ヤツより自分は劣ると思いたくないから……

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 たった5年、10年過ぎただけなのに現代は変わります。深い所ではともかく表面では男女同権は行き渡り、ベビーカーを押せば知らない男がチヤホヤするようにすら見える。狭く暗い惨めさ、その悪い循環は自分だけに染みこんで、そう思える。

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 今から赤ちゃんを産む訳にも行かない人もあろうが、今時の独身のような自立なら、既婚でも高齢でも出来ないわけではない。嫉妬感情をほどほどに、今から何かを始める。ヒガんでは何も生み出せない。それより一歩を踏み出すほうがいい。

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 熊本は保守的で、すぐに嫉妬心を表出てる傾向にある。比較して鹿児島は先進性を「薩摩の芋づる」いきがかりより未来への一歩に重点をかける。引き倒したい気持ちは熊本だけではなく、芋づるも鹿児島だけにあるのではない。全国に似た心、気持ちはある。だが意思をもって一歩に重点をかける。

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 トなれば状況を変えるのは簡単。自分もそうしたい。それって何処で買ったの? 使い方はどこで教えるのか? そう聞けばいいだけ。よくない連鎖は止まり、したい事が始まるだけ……ではありませんか?

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●私の参考記事 肥後の引き倒し 2011・12・19
●画像はフードに耳の付いたベビーカー。ミッキーマウスを連想する。たとえば、お母さんになっても独身時代が全て終った訳ではないト、自分を納得させる生き方は、若いお母さんの自由です。しかしお祖母ちゃんたちは正にそこに嫉妬、反発する。

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