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2015年12月14日 (月)

ゴールデンボーイ 映画

Golu

 ゴールデンボーイというタイトルに問題があったという……意味は優等生です。成績優秀、スポーツ万能、ルックス抜群、言い寄る女子校生を冷ややかに避ける。そういう高校生の意味です。

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 原作はスティーブン・キング、監督がブライアン・シンガーの心理サスペンス……面白そうでしょ? 主演のブラッド・レンフロはブラピの子供時代を演じた子役俳優上がりだったが、早くに亡くなった。

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 そのレンフロと演技合戦を演じるのが、あのイアン・マッケランです。特撮はなし、この映画は心理と心理、演技と演技が衝突する。トッドは授業にも同級生にも関心がない。

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 ホロコーストの虐殺、人を殺すとどんな気持ちがするかに興味があった。そして町で見かけた老人、クルトが元ナチスだった事を嗅ぎつける。嫌がるクルトを脅し、無理やり体験を聞き出す。この若者にリードされたクルトだが形勢を整え、やがて心理を逆転させる。

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 その方法が面白い。むろんトッドがクルトを追い詰めた方法も面白い。直接、利害のない二人がチェスでも指すように心理を追い合う。前半、二人だけの演技合戦は見ごたえがあります。人を殺した体験は、人の生き方を変えるものかが、検討をされる。

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 トッドはゴールデンボーイで満足できないと、すればトッドはどう満足するか。殺人では何か違い、悪魔的な悦楽があって、その快楽は満足を与えるのでは……問われているのは、そういう事です。だがクルトはそういった事は言おうとしない。

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 殺人の体験は私もないが、生き残った体験はある。朝、隣の部屋の人と話をして、その人はその午後に亡くなった。

「具合はどうです?」

「あんまり良くないねえ。食欲がなく朝は食べなかった。昼は少し食べたいが……」

「何とか食べましょう」とか何とか、そういう他愛ない話です。

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 生き残るというのも大袈裟な、それだけの会話で、翌日に朝食を食べていて、その人が亡くなったと聞いた。朝食を食べ止め、暫く食べられなかったが、その直後に湧き上がったのが優越の気持ちで、その感情は形のない自信につながった。

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 映画ではトッドがクルトに、ナチ制服を買い与えるシーンにそれが出る。自信を持つのがトッドか、クルトか、ここに書かない。成功体験がすんなり自信につながり、ステップアップが楽しい。そういう実感が得にくい……テストではAばかり取りBの体験がない。

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 女子には言寄られるばかりでモテない経験がない……すると生きている実感も無くなる。それで悪魔的な体験が欲しくなる。具体的には薬物に走ったり、博打に中毒したり……いえ、これは水泳中毒体験から感じます。

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 街では自分がただ一人、自分である実感は得られにくい。子役で成功した役者は大抵、薬に走る。そういうデータがあるそうな。俳優は演技を越えた実感を見せ……私は水泳に疲労困憊し、夕暮れの町を行き交う人ゴミに、ふと死んだ人を思い出します。

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 ゴールデンボーイは後半に別な展開がある。こういった体験がないとピンとこないのか、緻密な作りで興味深いのに、映画はヒットしなかった。この監督のヒット作はユージュアル・ サスペクツを待たねばならない。

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