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2015年12月

2015年12月30日 (水)

聖書は語る

Seisyo

  欧州カトリック系の国は赤字を抱え、プロテスタント系の国が経済的にうまくいってる。そう言うのは私ではなく池上彰さんの番組「世界を変えた本」聖書です。

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 もし読者にカトリック信者の方がありますれば、この先も笑って許していただきたい。欧州で経済的にアブないと言われるのはPIIGS、ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペインの5国、いずれもカトリックが主宗教になる。

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 カトリック教会は贖宥状を発行した。しょくゆうじょうと読むが、教会への功労に対し,犯した罪を赦免する免罪の証明書を出した。具体的には大聖堂を作る寄付金となった……つまり金さえ積めば天国は近くなる訳で、論理的に疑問というか矛盾がある。

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 ここに目をつけたのはマルチン・ルターという人で「九十五ヵ条の提題」とか教科書にも出てくる。この辺の内面を強調したのはプロテスタントで、宗教改革のさきがけとなる。欧州でカトリック系の教会は立派で、おおむねプロテスタント系の教会は質素です。

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 先だって友人が亡くなり私は葬式に行った。ある宗派の坊様が立派な袈裟を付けて葬式に来られた。客席からは一斉にワーとため息が出た。喪主が後でいうのに、あのお経は高かった。お経にも袈裟の価格の上乗せか……欧州の国政との関係が伺える。

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 極端な例だが……あのオウム真理教が信徒を募った時、全財産を寄進するよう言った。サテアン内でのポジションは外に働きに出て、その収入で買い取ることになった。また教祖は札束を抱いて隠し部屋にこもるなど……拝金主義、金権体質は徹底した。

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 ボッッタクリ麻原とローマ法王を同じにしてはあまりだが、何を持って生き、どう価値づけるか? それぞれ一人ひとり個人でなければならない。まあ、この辺の理屈になると聖書より「世界を変えた本」マックス・ヴェーバーに詳しい。ヴェーバーとは夏目漱石の師匠筋に当る。

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 別に私はプロテスタント信者ではない。カトリックにも良い所はあると思うが、今回の文面には出なかった。さらに宗教をまるっきり信じない訳ではないが、これも文面には出ない。八方美人の中立という考え方もあるが、私にはそういうのは書けない。理由は、身障者には神に見捨てられたと思う方があり、その気持ちはよく判るからです。

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 聖書やマックス・ヴェーバーは買えない価格ではないが、独りで読むのは楽ではない。持って回った表現とか、その他の理由がある……それで必ず自分の血肉になるかと言うと、実はよく判らない。自分には向かない本も多い。

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 世界を変えたかも知れないが、私には関係がなかった。世界にために本を読むのでなく、私自身のために読むのだから……それはムダになってしまう。そういう訳で池上さんの「世界を変えた本」十冊には期待してます。

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●世界を変えた本 聖書 https://www.youtube.com/watch?v=KP8d5XSHqn4

2015年12月25日 (金)

がん怖い

Gan

 ニセ医学は医学に属するか? 日経メディカルが「医師1000人に聞きました」の見出しで書いてます。ニセ医学の代表格はまず「ごしんじょう療法」という、例の金の棒祈祷です。

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 超医療とか奇跡の医療とか、補完代替医療とも……また単にヒーリング、癒しとも言う。病院では何が起こっているのか? ごしんじょうは御心情と書くが、あまり確かではない。御嶽教に元があるようでロッコンショウジョウを唱える。

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 これを試したいト医師に相談したガン患者がある。つまり病院としては治療が難しいト述べたらしい。若い医師は悔しさをにじませる。患者の力になれないばかりか、むざむざインチキに向う患者を止められない。

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 近藤誠医師のガンの放置療法も、医学界では悪評が極まったらしく、これと同じ感覚で受け止める。抗がん治療は辛いとの知れ渡り、抗がん治療は手付かずまんま断念される。昔の抗がんは辛かったが、最近の抗がん治療は進んだト医師はいう。

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 抗がん治療の現実を、一応私も見てはいるが、2~30年前、昔の話です。もはや実例とは言えないのかも……とまあ反省します。がん怖い、そしてその治療費は高い。との宣伝は行き渡っています。ごしんじょうでは施術もさる事ながら、金棒を売りつけます。

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 そういう意味では、がん専用保険が出来た「入らないか?」そういう趣旨で、私にも電話がかかって来ます。電話代は今安いらしくジワジワ、ちょっとのんびりと、しかし確実に不安を煽る内容になる。そして3000円台のがん保険が言われます……この辺と似た状況です。

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 1泊ディナー付き10数万のガンドッグもあれば、病院でさえない血液検査……郵送で行うガン検査もある。会社を休む必要もなければ、一滴の血を自分で郵便ポストに出せばよく、4000円と安っぽい割りに確かなそうな……ネット記載の検査がある。ガン管理だけでも、これだけバラけてます。

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 つまり何を信じたらいいのか? 町内の医院が使ってる腫瘍マーカー検査も、最後に書いた検査と変らないのでは? 別にお勧めする訳ではないが、郵送検査に異常が出てから病院に行ってもいい……との考えなら判る。何の検査もしないで、ある日突然の宣告もがんなのだから。

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 厚労省が病院や薬局に厳しくなると、製薬会社もネットで手っ取り早いバイトを始める……いや、がん検査は近所のドラッグストアでも受ける。私が見ているチラシは島町のドラッグイレブンのもの、eセルフチェッカーというが……がんの二セ医療に走った女優もあるなら、とりあえずのセカンドオピニオンと使える訳で。

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 がんは怖い、怖がる自分をちょっとだけナダメる。日経メディカルが書くように、全部ナダメていたら不景気のおり、いくら金があっても足りない。恐怖心を手ごろな不安に縮小できれば良しとする……もし明日がんになっても納得は行こうという物……ではないか?

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●腫瘍マーカーとは血液中に放出されたがん組織由来のたんぱく質などを抗体により判定する。

2015年12月18日 (金)

記憶に残る

  他人の記憶に残るにはどうすればいいのか? 私の答えは実に簡単です。何もしなくていい、身障者なので嫌でも目立つ……私は間違いなく深く、他人の記憶に残っています。

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 だから判ります。若い人は、自分が人の記憶に残れなくて、ただ風のような移ろいに感じられる。そしてそれは空しく思えるのだろうト。

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 最近は若い人に限らず、自分の好みや執着からではなく、誰でもカッコいい事に水準を置く。20~30年前ならキザと思われ、避けられた事が、今はどんどん取り込まれる。

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 好きなことではなく、カッコいい事をしたい。少しくらい自分に合わなくても構わない。気障だからとか恥ずかしいから嫌と思わない……それも時代の流れなのでしょうネ。

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 三島を好きといえばウヨクチックで、安部公房を読んでいるのはサヨク的……私は後者を選択しましたが、実は両方を読んでました。昔はどっちの立場を取るのか、選択した方が理解されました。

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 今も三島のように筋トレし、公房のようにパソコンで書いてます。むろん今や、筋トレもパソコンも珍しくなく、ごく普通の事になりました。ただ身障者としては、両方やるのは珍しく、ほんの少しカッコいいかも……

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 昔、キザは否定的な意味合いが多く……たとえば白スーツの三つ揃いに靴まで白というと、カッコいいと今は言う。「いや、やり過ぎてキザなんです」年配者なら答える。

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 程よく周囲から離れ、自己主張する。どこまでなら許され「やり過ぎてないか」のモノサシがあった訳です。洗練というか体験からというか。今は先にやったモン勝ち、昔のようにキザと笑われる事はなくなります。

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 他人の印象に残るには、反発を買わない程度に周囲から距離を取る。ある意味では周囲を知り、理解計算しなくてはならない。記憶に残る事がイイ事か悪い事なのか……自分が好きを優先した。つまりオタクより目立つが、それほどイイことか……まだ判らない。

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 女性同士の嫉妬より、男同士の嫉妬は大きいト、たとえば下記ニュースも出ています。 .

●イケメンは就職には不利 http://mogumogunews.com/2015/04/topic_11309/

2015年12月14日 (月)

ゴールデンボーイ 映画

Golu

 ゴールデンボーイというタイトルに問題があったという……意味は優等生です。成績優秀、スポーツ万能、ルックス抜群、言い寄る女子校生を冷ややかに避ける。そういう高校生の意味です。

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 原作はスティーブン・キング、監督がブライアン・シンガーの心理サスペンス……面白そうでしょ? 主演のブラッド・レンフロはブラピの子供時代を演じた子役俳優上がりだったが、早くに亡くなった。

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 そのレンフロと演技合戦を演じるのが、あのイアン・マッケランです。特撮はなし、この映画は心理と心理、演技と演技が衝突する。トッドは授業にも同級生にも関心がない。

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 ホロコーストの虐殺、人を殺すとどんな気持ちがするかに興味があった。そして町で見かけた老人、クルトが元ナチスだった事を嗅ぎつける。嫌がるクルトを脅し、無理やり体験を聞き出す。この若者にリードされたクルトだが形勢を整え、やがて心理を逆転させる。

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 その方法が面白い。むろんトッドがクルトを追い詰めた方法も面白い。直接、利害のない二人がチェスでも指すように心理を追い合う。前半、二人だけの演技合戦は見ごたえがあります。人を殺した体験は、人の生き方を変えるものかが、検討をされる。

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 トッドはゴールデンボーイで満足できないと、すればトッドはどう満足するか。殺人では何か違い、悪魔的な悦楽があって、その快楽は満足を与えるのでは……問われているのは、そういう事です。だがクルトはそういった事は言おうとしない。

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 殺人の体験は私もないが、生き残った体験はある。朝、隣の部屋の人と話をして、その人はその午後に亡くなった。

「具合はどうです?」

「あんまり良くないねえ。食欲がなく朝は食べなかった。昼は少し食べたいが……」

「何とか食べましょう」とか何とか、そういう他愛ない話です。

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 生き残るというのも大袈裟な、それだけの会話で、翌日に朝食を食べていて、その人が亡くなったと聞いた。朝食を食べ止め、暫く食べられなかったが、その直後に湧き上がったのが優越の気持ちで、その感情は形のない自信につながった。

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 映画ではトッドがクルトに、ナチ制服を買い与えるシーンにそれが出る。自信を持つのがトッドか、クルトか、ここに書かない。成功体験がすんなり自信につながり、ステップアップが楽しい。そういう実感が得にくい……テストではAばかり取りBの体験がない。

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 女子には言寄られるばかりでモテない経験がない……すると生きている実感も無くなる。それで悪魔的な体験が欲しくなる。具体的には薬物に走ったり、博打に中毒したり……いえ、これは水泳中毒体験から感じます。

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 街では自分がただ一人、自分である実感は得られにくい。子役で成功した役者は大抵、薬に走る。そういうデータがあるそうな。俳優は演技を越えた実感を見せ……私は水泳に疲労困憊し、夕暮れの町を行き交う人ゴミに、ふと死んだ人を思い出します。

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 ゴールデンボーイは後半に別な展開がある。こういった体験がないとピンとこないのか、緻密な作りで興味深いのに、映画はヒットしなかった。この監督のヒット作はユージュアル・ サスペクツを待たねばならない。

2015年12月11日 (金)

紀里谷さんの黒い服

Kiriya

 「服は4着しか持たない」という。ラストナイトの宣伝で、紀里谷和明さんのTV出演が重なり、このような面白い発言があった。

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 でその4着の話を取るが、夏冬で黒服がすでに2着を占める。どこのTVに出る時も、同じ黒の揃いだから……多分、嘘ではないでしょう。

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 いろいろ考え「このパターンにしたんです」紀里谷さんはいう。ただし黒の着回しは古いと、ファッションチェックのドン小西さんはいっている。ある国の大統領の服装を評し、そう言った。報復が怖く、私はその国名は書けない。

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 TVに出るからにはオシャレでなければ……そういう決まりはない訳で着たきり雀でも服は服、私は思う……が、私なんかの思いでは説得力がない。同じく評論家のピーコさんは言う「カッコいい人は何を着たってカッコいいのよ」

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 紀里谷さんは背が高く、首が長く肩の線がよく出る……ここはポイントで、これだけでカッコいい……つまり水準を上回れる。極論すればファッションチェックの必要がない。

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 同じ番組に出た藤本順一さんが「紀里谷さんのような服が着たい」と言っている。黒で揃えるのは一応基本で、誰でもそこそこは似合う。昔は私も黒服をやったことはある。

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 その、そこそこで止めた所に紀里谷さんのセンスがある。センスのない人は黒から、ああでもないこうでもないトつまり自分を見失う。そしていう、私は何を着ても似合わない。

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 悪いが藤本さんは、紀里谷さんのようには黒服が映えない。理由は書いたように条件が違うからです。そこら辺を飛ばし、オレだって同じようにとは、思ってはいけない……つい思ってしまう心は、私にもよく判る。

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 黒にも許容量の限界がある。いうなれば、ドン小西さんの言う意味です。黒の揃えは、まず自分の気が滅入る。ついで人の気も……ラストナイトの宣伝とは、行く先々で映画の名刺を配ることだった。その仕事にも黒服はちょっと暗かった、かも。

●紀里谷和明監督作品 CASSHERN http://gyao.yahoo.co.jp/player/00460/v12546/v1000000000000000913/?list_id=2031943&bplay=1&tab=1