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2015年8月17日 (月)

解夏 映画

Gege

 視覚障害者になりそこね、あわてた事がある。あわててもなくても失明は失明……そうなったら仕方がないが、視覚を失うトいうコトは、不安より恐怖に近く……これって、前にも書きました?

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 この映画の「解夏」はその意味をいう。失明の不安を描いた映画とは知らずに観ます。ベーチェット病は眼底に異常が起こり、やがて視力を失うこともある。遺伝性などの原因は目下、解明中です。

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 解夏は少し古く、その段階で取材が及ばなかったかと思われる。失明不安はきれいに消える……ようなセリフがある。確かに不安は消えるが、不自由が具体的に始る。他人に悟られなければ、不自由ではない……そういうコトでもない。

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 日夜、誰かにサポートされたとしても見えない現実は変らない……解夏には首を傾げる。そこで取材不足の感が残る。では具体的に、失明前の隆之は、黒田という先輩に失明体験を聞きます。

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 黒田はここを語るだけで、ドラマ全体の進展には関係しない。柄本明さんが演じる。激励の意味とも取れる内容だが、失明してしまえば後は楽という。下肢障害の私は唖然を通りこし、失礼ながら笑ってしまう。

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 走れないのも困るが歩けないのはなお困る。走らなければいい、歩かなければいい……いう人もあるが実用はそうもいかない。失明は暗闇ではなく霧に包まれる状態ト黒田はいう。

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 闇でも霧でも、見えなくて困るコトには変りはなく……言い回しの問題ではない。また、あなたの目になるト文学的な意見表明でも解決はない。後の松村達夫さん演じる林の言葉にも、理はありそうだが実はない。

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 なぜならフォローされ助けられればいいのではなく、フォローする。他者を助けることでしか、自己は救われない。失明すれば他人の目になれないコトが悲しい。黒田はソコには気がついていない。黒田だけでなく登場人物すべて、映画監督も脚本家も原作のさだまさしさんも、気がつかない。

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……で観客も気がつかない。いや、そういう人もあるらしく、いとも簡単に感動する。そうすれば簡単にかたずくからだろう。この浅さの原因は原作者の取材先、宮﨑康平氏の言動にあるのではないか?ト私は思う。

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 ここには二人いるのではない。黒田は宮崎氏の分身であり、隆之もまた宮崎氏の分身です。それで失明に対し、まったく同じ対処をする訳です。だから取材が浅い、私には意義アリ。なぜなら人間はもっと多様な顔をしている。

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 フォローされるコトでは人は満足できない。誰かをフォローするコトでしか、本当に満足できない……心の研究は、ここ数年でまた進みました。この映画って古いヨ……まあ幾分おせっかいな、私の性格にもよりますがネ。

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