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2015年6月11日 (木)

ツイッターの終焉

Tu

「フェイスブックの終焉」との見出しがあり、記事を読みます。その終焉は5年以上先という。当り前です。ネット関係の3年先は判らない。5年も先が判るはずがない。

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 これでは何も言わないのと同じ……こういう記事はよくあり、しかし広い意味でのSNSには、どんな意味があるのか? 私は漠然と考え込んでしまう。ネットでの疑問の多くは、ヒントも含めネットで解決します。下記に参考例。

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 私に解るのはツイッターだけで、他は知らない。そのツイッターも初期と今では違っていて、それが少しではなくかなり大きく違う。例えば昨日今日と、このところ毎日、新人が追認を求めて来ます。

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 そうでなくともツイッター本体から、この人どうですか的な、紹介メールが来ます。過剰に情報が入る、つまりウットウシイ、はっきり言えばうるさい。だが一般にはそう思わないらしい。

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 追認を求める人のよくあるケース、千から万というフォロー、フォロワーを持っています。私のフォロー相手は80弱、そのコメントの、すでに全部は読み切れず……ましてや誠実な対応は取れない。

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 たかがツイッター、期待されてないのか? 当初はひどく簡単だったが、そのうち画像も出せるようになり、社側は画像をもっと出せ。もっと広い拡散をと勧めるので、その経過に伴い、使い勝手も複雑化する。

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 私のツイッターの目的は小さなニュースを知ることです。次に私のブログ更新のお知らせ、宣伝です。誰にもそういう所はあって、ツイッター本体が大きく育ち、売りに出されるさだめにあるト……そのように言われる。

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 宣伝とは商業活動だが、結局、ツイッターのメディア自体もフェイスブックのように、いつか商品化される運命にある訳です。無料メディアとして出発したので、そう見えない見せかけ。すると千から万というフォローする人の意味も、当然と筋が立ちます。

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 宣伝にはもう1つあり、目立ちたい。ナルシズムですねえ。ナルシズムの強い人は百人単位では満足できない……最初から自分を見て欲しいので、他人を見る。読む気は全くないので、私はフォローしない事にします……あまりこれは明遼化しすぎるのも何ですがネ。

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 フェイスブックが終焉するように、ツイッターもやがては終焉します。いよいよ終焉前には私もツイッターを止めるト思う。あまりに意味が大きく変ると、付いて行けない。それはすぐ3年先かも判らない。5年も先では判るはずがない。

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●みんながやってるSNSって…… http://enjoy.sso.biglobe.ne.jp/archives/sns/

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