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2015年3月16日 (月)

リアリティが見える時

Sannin_2 マンガからアニメにかけてのリアルは、小説や映画とは違うらしい。1q84には小説の最初からクラシック音楽がかかるが、マンガはアニメ化されて音楽がつく。

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「風立ちぬ」の主題歌がユーミンなのは、監督が演歌が嫌いだからト想像はつく。演歌に比べれば和製フォークは新しかったが、ニューミュージックはもっと新しかった。

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 では和製ロックは新しくないか?……ロックとなると少し演歌にもどらないか? 微妙です。よくよく聞かないと判らない。鬼平犯科帳のTV化ではフラメンコの主題歌がつく。

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 鬼平のリアリティは判らないが、宮崎監督は自分が死ぬ時のリアリティをユーミンに求めた。「ひこうき雲」歌詞の主題は少年の死です。渋谷陽一「日本の3人の演出家」で、宮崎監督は意識する事としない事、その境を話しています。

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 それによると普通映画は見ないそうで、映画館やDVDは意図的には見ない。TVでかかったり他人が勧めて置いて行ったら見る程度だ……そうです。私はかなり観ます。

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 学生時代から映画解説めいた話をしてました。文章化より先に絵が浮かび、その絵を元に文章を書く時もあるかも知れません。あげく朗読してもらって、それに音楽を付け、聞いてもらう事もやりました。つまり文章の読者との共有化には関心があります。

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 何かしようと思い立つ、あるいは行動を止めて仕舞える感覚には、意図出来ること出来ないことがある。書く部分は書かない部分を伴い、意図できない部分も伴う……ここは共有化しなければならない。

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 宮崎監督の場合、風が立ち風が止まる。その経過は抜き差しならない動機となるらしい。内的動機というのか、庵野監督にはそういう場面は……私の登場人物が行動し始める描写は、いわば宮崎監督に似る。

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 1q48で、青豆さんがハイヤーに乗り込み、FM音楽を聞くシーンは、どうか?ト考えてみる。だが青豆さんにはそこまで主体的な感じはない。初めてアイスピックを使うシーンでも、そうです。ここで村上さんの曲の指定はなく、だからといって勝手に仕掛人風に、ジプシーキングスはないでしょう。

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 一概にも言えないが、曲が当たらないのはリアリティがないからと思う。共有化の意図がない、少なくとも差し迫ったモノではない。宮崎監督は共有化しようとしても、上手く行かないト言います。むろん本当だろうと思うのです。庵野監督や村上さんは、どこに意図があるのか判らない。

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 別に音楽にだけがリアリティでもない。創り手の勝手といえばそれまでですが気になりました。私の小説「野良犬」は6・6・25~29に、3回に分け飛び飛び記載してます。この時の音楽はライブ・ギターで「明日にかける橋」など、「前半はマイナーコードの曲からラストにかけてはメジャーコードの曲を」ト演出しました。

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