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2015年3月 3日 (火)

移動祝祭日 本

Idou_2  映画「シティ・オブ・エンジェル」の冒頭では小さな子が死ぬ。熱を出し病院に行くが助からない……なぜというに、求めても理由はない。私の発病もそんな風だったし無論それに納得します。
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 現実の物事には理由はなく、時はそんな風に過ぎていく。生まれた年から順番に死ぬとか、病院の受付やスーパーのレジを待つようには、現実はならない。
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 あの映画が面白いのは、そのままそれを再現し……ただ天使の仕事に見せかける。主人公の仕事内容は、むしろ死神だが、そうは言わないのがミソです。
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 生ものは死ぬ。理由をつけるとすれば、死ぬまでを必死に生きる……そういう風になる。ダラダラ長くならないように世代間の交代は急ぐようトカ。命題は以外に簡単なものです。
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 文句をいうなら、この始まり方に文句を言うべきだろう。映画はこの始まりに決定された、あらかじめ用意された結末に向け、映画は物語を押し流していく。
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 物語は図書館が重要な場所になる。本は人の遺書のようなモノで、生きる決意であり、それは死ぬ決意にも重なりますが……ヘミングウェイの「移動祝祭日」がその代表とされます。ヘミングウェイは「ミッドナイトインパリ」にも出てきます。
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 移動祝祭日は遇然ではなく、意図した最後の一冊です。ヘミングウェイは最初の妻に宛て、作家デビューの妻との日々を書き、そしてその後に猟銃自殺を遂げます。この本かなりのところまで明確に遺書じゃないか。
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 シティは移動祝祭日については描きませんから、ヘミングウェイに関心のない人には何がナンだか判りませんが……この意味を悟るのは難しい。しかし天使が自殺すると、人間としての人生が始る。映画の進行とは重なります。
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「ミッドナイトインパリ」のウッディ・アレン監督は自殺しないが、明らかに行詰って、何本撮っても同じですから、何で自殺しないんだろ……そういう風に見るとあの映画も面白い。どこまで生きても君は同じ、何で自殺しない……ウッデイは観客にそう問うんです。
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「シティ」は何でハッピーエンドじゃないんだ、そう怒る人もありますが、ハッピーエンドの映画は「めぐり逢えたら」ですでに撮ってある。娯楽映画じゃなくって、生きる意味とか死ぬ意味を問い直す。哲学的というか、もっとアーティスティックにやろう。
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 だから「めぐり逢えたら」はシティの下敷きで、段取りは全く同じ、見比べるとおっかしいほど。私も小さな子の時に死ぬはずだった。熱を出し病院にいき、何とか間にあった。間に合わなかった部分は死んで障害として残る……そう了解するのです。
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 誰でも死ぬ。順番じゃなく死ぬ、何時にとか老人だからとか、そういう理由はない。文句を言っても仕方がない。出来ることは生きてる間を必死に生きるだけ……すっきり理解とは行きませんが、この辺の納得は書いたとおりです。

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