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2014年11月28日 (金)

サード・パーソン 映画

Kim

「サード・パーソン」は三人称を意味します。私やあなたではなく「彼」の意味で、小説での人称をいう。パリのホテルで執筆するマイケルだが、リーダム・ニーソン演じる作家の存在を暗示している。映画には色々とトリックがある。

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 たとえば最初の方にチラと出て、それきり中間部まで出て来ないキム・ベイシンガー(画像)の役どころは、マイケルの妻です。あとイタリア、米国に1組づつ主役級の男女がいるが、彼らは直接マイケルと会うことはない。だが無関係ではない。

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 そんな事がありえるか? つまり映画は判り難い。SFでもサスペンスでもなく、主役級の中年男女優が6、7人と出てきて関係を展開するが、いわゆる恋愛映画でもない。「クラッシュ」という群像映画を観た人なら、想像もつくと思うが、あのポール・ハギス監督の作品です。

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 私はギャオで字幕で観たが、若い人には向かない。作りが複雑で複数回の鑑賞か、吹き替えで見ないと理解不能と思われる。ただホームページを見るとネタバレ記載になっている。それに習い、少し私もバラしたが……理解がいけば興味も引くのだが、とても娯楽映画とは言えない。

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 作家志望の女性がマイケルの部屋をたずね、やがて彼女は愛人関係へ展開します。納得できるような出来ないような進行です。作家とか志望同士の人は、おむね最初から立ち入った話をします。それはいいが、でも何か変、キムの存在があるのにマイケルは……たとえば村上春樹ファン同士でもそうです。

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 いきなり「ノルウェイの森」と「1q84」どっちが好きか? そういうのパッと言いますネ。もっと立ち入って……自殺しようと思ったことがあるとか、ないかトカ。初対面で話したりします。親にも言わないことを話したりします。長い会話をして、それでスッキリしたりします。

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 切れ切れの、どのエピソードにも、進行には割り切れない何か残る。一般映画のストーリーは筋に沿った過不足ない描写であって、それ以上でもそれ以下でもない。逆に私たちの日常は、ドラマのようには時間が流れない。意味のあるようなないような、のっぺりした時間です。この映画で流れる時間は、その中間であるような……

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 パリ、ローマ、ニューヨーク観光気味に見てもいい3都市、ミデはあります。ただし、どこがどこなのかさっぱり判らない気味にはある。外国には憧れ、行きたがる人にはいい。でもフランスとイタリアの区別のつかない人は混乱する。そういう風に、この映画は初心者用ではない。

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 映画はラストに向け、それでも少しずつ収斂される。その収斂にたっぷり2時間、その後ラスト20分で決着します。この大落ちに若い人には納得できないト、私は思う……どうでしょうか? 殺人はない。むろん犯人もいない。だがそういう意味で一種のミステリーにはなります。

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 彼らは米国人なので、日本人とは違う。感覚や考え方に、ピンとこない所も多い。それを何でも2行でまとめる字幕に限界はありますしネ。私はDVDは字幕優先、後で吹き替えで観ました。最近は字幕のまま、吹き替えにします。そのどっちにしたもんか? 音声がdtsとか高音質だと迷いますネ。

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