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2014年11月22日 (土)

孤立死は悲劇か?

Obaa

 家族の留守中、80代のお祖母ちゃんが階段から落ちた。2階から10段弱の階段を、物を持って降りようとし、落ちて踊り場に止まる。肘と頭を打っており、しばらく動けなかったらしい。頭を打った自覚はあったが痛みは肘がヒドい。帰って来た娘さんの1人が救出というかベッドに運んだ。

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 だが、お祖母ちゃんは救急処置を固辞する。理由は前日、風呂に入っておらず下着が古いから……手は動き骨折ではないから。頭は冷やして対応したという。そういえばト娘さんは「近所のお祖母ちゃん(88)も階段から落ち、すぐ救急車で運ばれたが、脳内出血で亡くなった」と思い出す。

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 しかし本人が大丈夫という。それよりも医師を初め、知らない人に見られるのは嫌という。夜になって次の娘さんが帰って「頭が心配だから……」と、2対1の数の論理から、お祖母ちゃんは下着を変え、時間は経ったが救急を呼んだ。結論はむろん事なきを得る。

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 それで1人暮らしの場合の救出だが……トイレに倒れた女性をヤクルトレディが。台所に倒れた女性を自治会長が。同じく脳出血女性を新聞従業員がと、新聞にはこのところ4件ほど救出記事が並ぶ。高齢化は進んでいくのに、本人自身を含め、一人暮らしの対策は遅れ、具体的なところには至っていない。

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 身障者ケースに付いては、紙のかけはしにも書いてます。それを重ねては書きませんが、情緒的に暗く扱う必要はないのではないか。誰もが死ぬどこかで死ぬ、死んではいけないか? また病院のベッドならよく自室の布団なら悪いか? と逆の方向から疑問を出してみましょう。

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 一人暮らしは死ぬまでは快適であり、その快適の終わりというか。その人の勝手として許して上げても、いいではないか。対策は遅れているのでなく、出来ない事ではないのか? つまり本人を含め、誰も望んでいないのです。明晰な意図まではなく、しかし漠然とは思いが感じられる。

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 80代女性に聞くと、ここまで生きたのだから、どこで死んでもいい。90近くまで生かしてもらった。それで他人に迷惑をかけたりヒドい恥をかき、ヒドい痛みに耐えなければならない方が辛い。行った事のない所へは、もう行った。見たことのないものは、もう見た。不自由な目、耳、足を引きずって、まだ行きたいと思わない。

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 要約すればそうなります。私は、これが真実の声とは言わない。これも1つの声です。孤独死や孤立死を防ごうというのは、実際はもう少し若い人の声の気がする。死は悲しいかもしれないが死なない訳にはいかない。いつか必ず訪れる死に、それでもNOという訳には行かない、どの様に受け入れるか。

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 人生わずか50年と言いました。40代で終る人はざら……私なども11才で死ぬはずでした。66才で足りない。何がなんでも健常にもどらなければ……それが悪い訳はないが、あまりに浅ましい気もする……救出が悪いとか書いてませんよ。くれぐれも誤解なきよう。

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 こういう事が重なると、もう2階には行かないよう。1人で買物に出かけないよう。風呂も1人では入らないよう……高齢者の行動を制限して、しまい勝ちになる。あれも正解、これも正解、各人にその人の答えがあっていい。悲劇と考えるのは止めましょうト、それだけの提案でした。

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