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2014年5月20日 (火)

三島文学と裏付け

Kinkaku

伊藤洋一さんが古典の推薦を求められ、三島由紀夫の「春の雪」を推します。そして2番目は潮騒です。理由は文章の美しさ……三島入門の著作として、私も全く異儀がありません。では三島の一番、重大な著作は何か、それは春の雪や潮騒とどういう関係にあるのか。

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「潮騒」は三島が地中海を旅行し、ギリシャ彫刻に着想した作品とされる。地中海を瀬戸内海に置き換え、理想的な若い男女の関係性を探します。三島自身の事実はご存知のように、同性愛にセンスがあった。事実と小説では違います。

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春の雪は「豊饒の海」四部作の初作で、これは正に美文なのです。しかし続く3作の評価は低い。豊饒全体で何を書こうとしたか読み取れない人まである。そもそも三島文学は主張内容から何だったのか。そういう疑問を想起させる。

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その意味で次の重要作は「金閣寺」です。これは放火事件をモチーフにした小説で、潮騒のように事実との類似と違いが隣合います。主人公、三島は自己のこれまでの外側を溝口に反映させ、もう内面を柏木に反映させる。そして理想的な鶴川青年を配置する。

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金閣寺の執筆前から、三島はボディビルを始めており、これまでの貧弱な体からの脱皮に成功している。ボディビルの成功から剣道への着手、剣道の成果は居合へと展開される。金閣寺にはそういった成功、あるいは予感に裏打ちされた自信によって書かれます。

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金閣寺に比べれば、潮騒は表面的でアイデアの域を出てない。瀬戸内海を取材したそうです。つまり金閣寺は題材と別に、自己内面を3人の青年に分けて作り変える。手の込んだ手法に成功します。あまり間を置かず書き連ねる。

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地中海を瀬戸内に置き換えたのもある意味でのドキュメンタリなら、これは別な意味のドキュメンタリになります。潮騒ほどの美文には、金閣寺がなってないとすると、その原因は金閣寺は現在進行形で書かれ、そこまで美文に整える余裕がなかったからでしょう。

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現実の犯人は自殺しようとして失敗するのだが、三島は小説の主人公に「生きてみよう」と思わせる。まだ自分は成功の途中にあると考えた、三島の率直な声だろう。裏づけは事実を持って来てもいいし、理論や哲学や、もっと曖昧な教えであってもいい。

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ただ教えはあいまいで試している間に失効もする。ボディビルや剣道は三島の身体を作り変えはしたが、生き方や信念には結びつかなかった。今、考えれば当り前だが、それは最近、判った事です。中近東に飛んだサヨク青年もあれば、北朝鮮にあこがれた青年もあった。

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それは時代の限界です。三島も全学連の集会にゲスト参加している。彼らと共に……とは思えないが、ウヨクもサヨクも、思われるほど違いはない。春の雪の美文は、三島の裏づけが伴わなかった事を意味し、豊饒全体の失敗は、その美文さえも力尽きた事を意味する。つまり「生きてみよう」とさえ思わなくなった。

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三島はボディビルや剣道の向うに何を、いえ三島文学は何を求めて展開していたか。三島文学のドコに、それはどのように前ぶれされているか? 興味深いと思いませんか。それを書くには私もまだ準備不足です。いつか書きたいとは思うのですが……








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