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2014年2月15日 (土)

織作峰子さん

Orisaku織作峰子さんは美人カメラマンです。それは女性は誰でもそれぞれに美人といった、軽い意味ではなく、撮影モデルのほとんどを食べてしまう。写真は、ある意味でカメラマンの自画像だが、あれではセルフポートレートでも取る他に、自画像も出来なかろうト……そう思える美人です。

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昔、その織作さんの講演を聞いて引掛った。で、何に引掛ったか考えたが、さっぱり判らない。織作さんの師匠という、大竹省二講演会にも出かけてみます。大竹さんには、それはそれで納得しますが、命題は解けません。画像は大竹さんと織作さん。

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それで命題を諦め、どこかで織作さんの最初の傑作という、アクビ美人を見ます。それで「ああ、こういう事か」と納得します。あくび美人というのはモデル撮影会のあらかた終った。で、疲れたモデルがアクビした、その一瞬を捕らえたものです。

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これはアクビが出る前にカメラを構えた構図の準備、モデルの疲れに共感した感性と、偶然を反射的に捕らえる運動神経が必要になる。つまりカメラを学習して写した写真ではない。謎はひとつ解けると次の謎になって行きますが、織作さんはなぜ、そんな配慮を知っているのか?

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人が配慮を知るのは幸福からではなく自らの不幸からト……誰かそんな警句を言った。だが誰かは忘れます。面倒なことは忘れるに限る。講演は終ったし、幾ら美人でも、もう知ったことではない。そして何十年も経った先日、ラジオで織作インタビューを聞きます。

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晴天の霹靂、織作さんは投槍の体育少女である前に、美術少女だったという。近所に画家が住んでおり、その画家に習ったと言う。通知表で絵は評価5だったそうな……つまり絵筆をカメラに持ち替えただけ、構図の作り方も判っていた。

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ひとつ解けた謎は、また次の謎になっていく。この人はなぜ、そんなに美術が好きになったのか? 傍証になりますがミスユニバースに応募したのは友人でした。本人も了解してのことですが、まさか受かると思わなかったので、そう理由付けされている。

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それは前から言われ、私はよくある謙遜と思っていました。織作さんは体も大きく声もよく、それがいかにも美人のそれ……なのに自分が美人とは思われなかった……不自然です。まだ引掛かる。またそれで考えるが、さっぱり判らない。

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ト、話はここまでです。この先はない。もし先があるとすれば、ですが……織作さんは幼い時に、何かあったのではないか。例えばですがお母さんが亡くなられたとか、良くないことが何かあった。そんな気がします。

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発表の写真を見ると子供のほかに……女性は誰でも子供を撮るのが上手い。ほかにお祖母ちゃんの写真に特色が出る気がします。織作さんの近作は桜、山の中に1本だけ咲く桜とか……つまり一種のお祖母ちゃん写真です。どうなのでしょうか?

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