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2014年2月14日 (金)

サイケデリック

Saike性が生きる意味の大きな部分を占める。そして、その後の子育てになる。大きな宗教の根はひとつで、諸悪の根源を性に見ています。ただ仏教は別で、仏教は性より生に根源を見るのか?

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盗むな殺すなという原則的な悪も、理由を問うと性につながる。カネがあれば自分も、もう少しモテるかもトカ。それを理由に泥棒にトカ、お金持ちを殺したとか、そういった事件になります。

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先の大戦後、聖書に書いてある事は違うんではないかト、言われます。ベトナム戦争で米国が負けますしね。男は女性より偉いとか、白人は黒人より偉いとか、これまでの常識が変わります。

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深く宗教を信じていても、運悪く病気になったり、事故に会うことがあります。何のために教会に行くか、そういう不幸に会いたくない……信心の理由と現実の不合理も明確化して。これを不条理といいます。

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ちなみに11才の私は、あまり信仰していません。病気から身障者になりました。私の若い担当医は、それで不条理を感じたようです。神と人間の合理的な関係が問われるようになります。

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時代の風潮は時々で変わりますが、この流れ、方向は変わらず逆流はない。その中で私は、流れの生き証人になった気がする。信仰を否定した訳ではないが、あまり積極的に信ずる気にはなりません。

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町を歩いていくと人がいいます。あなたが悪かったから、そういう事になったのだ。信仰しなさい。子供が私を見ます。お母さんが子供にいいます「見ちゃいけません」ト、私には世の中が、しっくり来ません。

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身体障害は死にかけ、その死にかけた跡が残った。そう言っていいでしょう。ある意味で死後の形になります。しかし一度も死にかけた事のない人は、死をそういう風には見たくない。 これは仏教も含みます。

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その人なりの違う考えがある。性は妄想を伴ないます。妄想は罪悪感の元となり、聖書では人間の罪をここに置く。著作のネタとしている……2千年の時代が下って色んな事が判ってくると矛盾も出てきた。

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どんなあの世も妄想なら、神との決りも妄想ではないか? そういった考え方が出ます。夢や麻薬からの妄想とこの世界は、根本的に同じではないか。極端にいうとそうなります。

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そういう考え方を、サイケデリックとかシュールレアリズムと呼びます。無意識という意味です。実現してみせると差し障りますので、絵や文学や映画に作品として出す訳です。これは身障の私には合ってました。

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親のような神がいて、子供のような人々を、いつか何処かで公平に裁く。あるいは安らかな死後に導く、そういう世界観から見ると、これらの作品は訳が判らない。まるで性の妄想のように、世界を不思議へ導いてしまう。

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お母さんが子供にいいます「見ちゃいけません」ト、私には世の中が、しっくり来ません。

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