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2014年1月10日 (金)

礼服と平服

Homeresイメージは大切です。だが、もっと大切なのは、何のイメージを誰のために使って、何を伝えようとしているか? 左の写真のモデルは、役者や職業モデルではなく、英国における現役ホームレスらしい。

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英国写真家ロージー・ホルトムさんの写真展による。ユニクロやH&MのCMではない。幾分あざとい写真の主は、本物のホームレスという。つまりロージーさんの、巧妙なイメージの勝利なのです。アルマーニのスーツではなく、そこそこの生活着メーカー風というか、ある種、着こなすと立派な主張になる。

Hm

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もはやマネキンに着せた服イメージはダメで、次の写真で出したH&Mスポーツ服のCMには主張があります。もっと言えばヨソ行きや晴着ではなく、日常着に予算を使うほうが、その主張もよく出ます。昔は晴着に金をかけました。むろんお金持は両方にかけた訳で、一般には日常を節約しました。

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いつ逆転したかは私にも判らない。だが郡部の祖父祖母は、今も昔も同じと思っています。彼らに、しまむらとH&Mの違いは判らない。「同じじゃないの。安い方がいいよ」とか言います。こういう人が主導権を持っていると、若い人の自己実現は出来ない。

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服で自己実現が出来ないとは、他の自己実現できない。端的には、その可能性が高い。つまり一事が万事になる。儒教倫理はむろんいい所もあるが、感性のある人がない人のいいなり、みすみす悪い選択に陥る。老いては子に……も儒教のはずですが、いい意味が引き出されにくい。

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昔は時の流れが遅かったので、それでも良かったが、今時は早くなりミスは尾を引きます。今日、明日の服の印象が悪いと、年に一度の晴着では打ち消せない。親戚の結婚式に出るのに礼服を作ったら、私はスポーツウェアにお金が回らなくなります。

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平服は近くの他人に見せる。遠い親戚の結婚は来年も一件あるかないか? それまで礼服はタンスのこやしでしょ? 親戚中に目にモノ見せたい、祖父や祖母の見得も判らないではないが、まあ遠い親戚の誰がナンと思おうと、私はほとんど関わらない。そうじゃありません?

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昔のホームレスといえば、たとえば酒とマリファナに人生を見失った人、象徴的に自業自得を意味しました。映画ダークナイトライジングあたりで観ると、新自由主義は、どうもそうではない。写真家ロージーさんの主張は、私たちもいつホームレスになるか? そういう主張にあります。

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身障者のイメージも、これに無関係とは言えない。障害と挫折に打ちのめされ、人生も目的も何もかも見失った人という見方が、まるでないではない。つまり有る。そういう意味で少し見栄を張れ、田舎の祖父の意見はそういう意味でなら、判らないではない。

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そろそろ冬物バーゲンの時期になります。予算からは、しまむらかリサイクルショップに行きたい気がするがイメージは……結婚式はサボっても、やはり平服をユニクロにした方がいいのだろうか? 

●ホームレス写真展 http://news.livedoor.com/article/detail/8414927/

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