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2013年11月 5日 (火)

藁の盾 映画

Wara説明の必要のないメジャー邦画、今、レンタル屋さんの店頭にこの映画が出ています。いえ、製作はワーナーで厳密には邦画ではない。私としては裏返された「天国と地獄」黒沢明と見比べてと説明しましょうか? 天国と地獄でも見えない犯人の見えない動機に、多くの警官が奔走しました。

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本作は設定が不自然で納得が行かない……それはそう。でも今の映画は全部そう、この映画だけがそうではない。映画だけでなく、現実に生きる目的なんて誰にもない、むろん最初から手錠かけて出て来る犯人に、それはない。ルールだって行き当りばったり、その場限り、どこが不自然か?

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その少女殺害犯を守るために次々と死んでいく刑事……今なお動機は見えないトまあ、要約できます。守るのが警察のお仕事……ただ大儀名文は、警察にも立たない。特に明確になったのは光市母子殺人あたりからで、被害者は犯人の死を願うだけ、他には何も考えられない。それだけの気持ちになる。

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イッちゃうとなぜ、こんな事をするか? その理解をあきらめ、殺したんなら死ね。被害家族だけでなく、一般市民も全部、そうとだけ思うようになります。米国映画、欧州映画はそうです。米国欧州そのものがそうだから……キリスト教の影響と思います。

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この映画では富豪が孫を殺された報復に10臆の賞金をつけます。すると金の金額に方に名分が立ってしまう。そういう意味では映画は生きる大儀を問おうとします。いや、まだ問い切れていない。もっと問うべきト思うのです。光市は母子殺人で、映画は連続少女殺人、内容は違ってますが……共通点は。

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なぜそうしたか。理解はないです。イッちゃって理解不能、あるいは不条理なそういう物として報道され、また描かれます。光市は少し出ましたが、暗黙に許されない物として報道された。私は古い人なので、その前の状況を知ります。罪を許す事が前にはありました。

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死刑ではなく無期に、私はそういう意味も感じました。なぜなら日本は実質は仏教国だったから……主人公、銘苅(メカリ)と護送される清丸が対決するシーンがあります。そこで清丸が、銘苅の信念を嘲笑うセリフがある。むろん銘苅は切り返すが、切り返しが足りない。

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清丸はイッてるという設定で、ハッタリだけ何もないニヒリストとの設定と、ここではっきり判ります。対立する銘刈は妻の言葉を背負った、いわばモラリストなのですが、その藁にも等しいモラルを告白する。そのセリフが立っていない。十分に立っていればタイトルの意味が2重に立ちます。

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このシーンと別な大舞台、さらに救いのエピローグが映画にはあります。そのどちらにも関係しますが、相手を許さないキリスト教国の映画は救いが浅い。イッってても理解不能でも、許せない人よりは、それでも許す人の方が強い。それでも理解を試み、それでも許そうとする人が輝く。

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切り返しの浅さに重ねて、この映画には品がない、輝きが足りない。だから下敷きにした「天国と地獄」にかなわない。前半で最初の刑事が死にます。ここは取り返しのつかない死として描かれる。後半になると雑になって、それでも許そうとの努力は無くなってしまう。

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死刑になる犯人を生かして送るとは、かけがえのない命を生かそうと思う。生きる意味はそこからしか輝かない。設定の不自然さもさることながら、それでも許す心が無くされた所から、物語はつまらなくなる。つまり私たちの心は、今なお、そういう物を求める訳です。 生きる動機って何ですか、やっぱり金ですか? それで満足しますか。

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違う映画のSP役、真木よう子さん、そっくりで出て来る松嶋さんがスゴイ。あの目、目線で真木さんをひっくり返し「菜々子あり」と堂々の名乗りを上げます。美人はトクだねえ。美男の藤原さ~ん、もう少しガンバらないと!

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●藁の盾予告 http://www.youtube.com/watch?v=zZwsdQblMuU

本編 http://www.gooddrama.net/japanese-movie/wara-no-tate-movie

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