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2013年4月24日 (水)

柔らかな頬 3

Yawaraka_2娯楽小説なので端々を突ついても何ですが、人買や人さらいについて前は色々あったものです。たとえば江戸川乱歩の「妖怪博士」では怪しい人物を町に見かけ、その跡をつけて行くうちに少年は行方不明になります。

 

明智探偵に小林少年率いる少年探偵団が召集される。まあ、そういう風な話があります。歌がドラマの主題歌に使われので有名になる。現役では地味だった歌手も、現役時には公演で、人買や人さらいの話をしました。

 

芝居を観に行った夜、控室に芸人に会いに行って、それぎり家には帰らなかった女性もあったとか?「柔らかな頬」の主人公は、人買や人さらいだか判らない怪しいスカウトの男に名刺をもらい、まるでお守りのように名刺を握りしめます。

 

そういう話を展開して桐野さんは話を作る訳で、リアリティがあるかないかとか、大袈裟な話にはなりません。人買人さらいがなりを潜めた昨今には原因があって、かなり田舎でも芸能プロからスカウトが行くようになった。

 

小学生でも中学生でも、むろんスカウトされる意味を理解します。それ所か、スカウトでもあろうものなら、親が大変で「何という芸能プロからのスカウトか?」ト当人より大騒ぎするので、とてもこの小説のようにはなりません。

 

江戸川乱歩の少年探偵団シリーズは今も文庫になって読まれているそうです。事実ウラの取れない話はそれはそれとしてあり、もう一方で事実から発想した小説、つまり事件をネタにした小説が出来ます。私はどっちでもいいト思う。

 

読んで気になったのは、このトリックが不味いというのではなく、桐野さんちょっとお人が悪いト、そう思える箇所があります。小説の登場人物が誰もかれも身勝手で、身勝手でないと話全体が成立しない。

 

最終的にも嫌な感じが付きまとう。「告白」「贖罪」で見ると湊はなえさん辺りも似た作風で、登場人物が自分の小さな損得ばかりを勘定している。道徳の教科書を読む訳ではないので人の悪い人がいてもいいが……

 

こう端から端まで誰も彼も人が悪く、相手を伸ばす為に少し自分が犠牲になっても構わない、そういう人が全く出て来ないとなるとリアリティにならない。唐突ですが最近、私が杖を落とす他人は拾ってくれます。男も女性も子供も、年寄も……

 

前はこんな事はなかった。私は杖を落とすと自分で拾ったもんでした。むろん自分で拾う素早さがあった、私も若かった頃と比較してる訳ですが……私の生きてる現実は、この小説のように嫌な感じではない。

 読んでる時に面白ければ、刺激的であればとよいいう意味です。読後感が悪くてもかまわない……そういう計算がある。作によっても少しは違うでしょうが、これに限らないでしょう。私などは、桐野さんはもういいかな。そういう感想になります。

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