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2013年3月25日 (月)

音楽とのスタンス

Kobayashi小林亜星さんがコンサート宣伝にラジオに出られます。どういうコンサートか言うと童謡です。亜星さんの話では「童謡には普遍的な価値がある、それを見せるから来てくれ」簡単にいうとそういう発言に終始されます。

 

私は童謡は好きでない。先日、ある綜合病院に行ったら、突然、待合でミニコンサートが始まります。それは医学部の学生さんの発表会で、ほとんど童謡です。一部ニューミュージックも入るが、本命は童謡を弾くらしい。

 

私は童謡より亜星さんのCMの方がいい。日立の歌とかブリジストンの歌とか、あれはいいです。童謡は意味の判らない歌詞で馴染めません。医学部のそれは童謡を歌わない。クラシック弦楽器で演奏しました。

 

だから歌詞はない訳ですが、聞いていると呪文のような歌詞がまつわりついて来ます。ふるさととか、赤とんぼには、怨念や悪い状況が染み付いて聞こえます。メロディは似ているけれど亜星さんの、日立やブリジストンの歌に怨念はない。

 

亜星さんには悪いけれど子供に童謡なんて、聞かせるべきではない。そう思う私は間違っているでしょうか? でも楽器はクラシックのバイオリンとかチェロ、ビオラですから、バッハとかクラシックを弾くのが本筋でしょうネ。

 

「G線上のアリア」とか「主よ人の望みの喜びを」とかは難しいからだと思います。ちょっと聞きたかったが、殴られそうな気がして聞きせんでした。私たちの世代は、子供の頃には亜星さんのCMを聞きます。

 

大学生になった時に同世代音楽としてフォークやニューミュージックも聞きます。森田童子さんの「さよなら僕の友達」ユーミンの「私のフランソーワーズ」……そういうの聞くと宿題が出ます。

 

「さよなら僕の友達」に「君の居なくなった部屋にチャーリー・パーカー、見つけたよ」という詞があって、ジャズがどんな音楽か知らなければなりません。まあ、パーカーさんでもマイルスでもコルトレーンさんでもいいが、聞いてみない事には話にならない。

 

フランソーワーズはシャンソンです。フランソーワーズ・アルディさんのこと。まあ、これもジェーン・バーキンでもセルジュ・ゲンズブールさんでもいいが、何かそういう現代シャンソンを聞かない事には話にならない。

 そんなに色々聞いてどうするか? 気持ちに合わせて聞き分ける。ジャスを聞きたい気分と、シャンソンを聞きたい気分は違う。つまり今の気分のを見極め、聞く音楽を変える。心をコントロールする。それが私の、いえ私たちの音楽へのスタンスです。

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