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2013年3月

2013年3月21日 (木)

水抜き剤

Mizunuki何となくというか、どうもというか。クルマが不調です。年末には十八番のプラグ交換も考えます……しかし、そうでもないような気もする。デ結果からいきますと水抜き剤を入れたら持ち直した。

 

つまりガソリン自体が悪かった可能性もあるが、まあ時には水抜き剤も必要という所です。正月に不調が直って2月は水抜きを使わず、3月にまた使ってみる。また似たような傾向が感じられます。

 

タイヤ圧、プラグ磨き、プラグ締め(2012228記載)それに水抜き剤とチェック項目が増えました。目測もうちょっと余計に締めてみる……こうするとエンジン音は小さくなる傾向が判ります。

 

、水抜き剤とは関係ないか? ネット検索すると水抜き剤は否定派が大勢……これは三菱に聞いてみよう。

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2013年3月20日 (水)

幻の光 2

Maborosigpeg ついでですから子供を置いて死ぬ、つまり自殺に類する死に方は、ありやなしや。この問いかけを続けましょうか? 前に見た映画で「海猫」が、そういう設定になっていた。あれは谷村志穂さんの自伝的長編の映画化でしたっけ。

 

兄弟、両方から愛された主人公は、娘を二人置いて発作的な自殺をする。兄弟喧嘩が殺し合いの緊張感を帯びるとまあ、冷静なことも言えず、そういう事もあるか? 男はあるでしょうが女性はないのでは……子供が母を求める理由に……

 

子の側から思うと捨てられた事になる。親の理由の如何を問わず自分は捨てられたになります。自分で自分を捨てるが自殺なら、子も自殺を受け継ぐ。たとえば「それでも、生きてゆく」のテーマはそうでした。ドラマは何か事件をモチーフにしたと聞いてます。

 

間近に母の自殺を見た子供が、小さい頃から身近な人を殺してしまう。そういう話でした。自殺の反対は他殺いう訳です。この場合は動機としては同じになります。問題が難しくなると自分は死んじゃお、目の前の相手を殺しちゃお……いう事になる。

 

短絡的というか、問題の解決能力が低い。いや一般には難しい問題は考えない。考えられない事が判ってしまう。そうではなく一端は取り組む、でも解決が付けられない。間違った答案を出してしまう。「それ生き」も犯人像の造りには困った。

 

すごく絵が上手い。ある才能はあっても才能のバランスが悪くて解決する事が出来ない。そういう犯人像にしていました。基本的には母に捨てられた可愛そうな子供という造形です。狂気の殺人鬼ではない。

 

人間関係は母子関係に始まる。母子関係が父子関係に延長され、親戚や近所関係にも延長される。最初の母子関係につまずくと以後の関係も難しい物になっていくのは判ると思います。その後が多少、怪しくなる。どうしようもない殺人鬼になる分かれ目……

 

育ちの過程に分かれ目があるか。遺伝的な傾向なのか、それとも決定的な性格障害になのかどうか? その辺の事実はよく調べなければなりませんが……子供を置いて自殺できるかどうかも、そういう問題が絡んでいる訳です。

 

「幻の光」にもどれば、勇一は自分の自転車を盗まれた後、遠くの街に行って自分も他人の自転車を盗んで来る。つまり盗み返す訳です。ゆみ子は「あんたの自転車を盗んだ人も自分の自転車を盗まれたのかもしれんなあ」ト勇一を咎めません。

 盗まれたから盗み返す、では社会はまとまりません。恋人までならそれでもいいけど、いい父や母にはなれない……これは勇一が自殺をする伏線なのか。自転車盗む男女なら、子を置いて死んでも死なれてもお互い様か? 伏線として、さり気なさ過ぎる気もします。

2013年3月18日 (月)

満開?

Img_01372013/3/18 13:00頃

世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

世の中に桜がなかったら、春をのどかに過ごせるものを 出典は古今和歌集

幻の光 映画

Maborosigpegアテにならない事はあるもんで、最後の最後に飛んでもない事になる。たとえば原稿の締め切りに書けないト、親が死んだとか言い出す人もある。母を殺し父を殺し連れ合いを殺し、最後に自分が死んだ事にする。

 

子供を電話口に出し「俺は死んだと言え」という。よくしたもので子供は「お父さんが死んだと言えト申しております」出版社の係にそういうが……宮本輝さんの講演会で聞いた話です。ウソか本当かは知りません。

 

何で宮本さんがそういう話をされたかと言うと、演題の内容が予定と変わった。すでに書いた小説の話の予定が、これから書く長編の話に変わった。遠大な話なのでレジメを出すべきだが、理由があってレジメが出せない。

 

このレジメの話のマクラに原稿が遅れた話がふられ、そしてレジメが出せない理由に話に移る。それで見当も付くと思うが、レジメが出ない理由は客観的に成立しない。もう詳しく書かないが、宮本さんはウソと断って嘘のいい訳をされる。

 

宣伝といえば具合がいいが、これはネタ割りです。本人がいいのだから口頭でのネタ割はいいが、書面のネタ割りはやはり困る。本人がそう気がつかれたか、出版から誰かが言ったのか? それで予定が修正された……ト私は思う。

 

講演は長時間になります。小説に関してだけと思うが宮本さんは、そういう人です。失踪癖のお祖母ちゃんが金も持たずに家を出る話は、あるかも知れない……率直に私は思います。3ヶ月の赤子を残して自殺する父は、信じません。

 

そんな事はない、ありえない。率直にいって宮本さんの作り話と思う。約束をしたらそれ守るでしょう? 宮本さんだって、もう少し時間を伸ばしてもらって原稿を書かれる……奇想天外に見せかける為に自殺男を作るにしろ……ネ。

 

嘘を書くというのは裏の取れない事を書く訳ですが、たとえば夢の中に見たことのない女が出て来た。夢の女と私とのやり取りを書く……すると夢は大抵、落ちがありませんから、適当なオチを作る。それからマクラを振る。

 

それで小説の一丁上がりとなります。死への誘惑は強く、たとえば3ヶ月児や3才児を置いていきたいような物かどうか……この映画を見た女性は全部、男性不信になるでしょうよ。2度も結婚なんて出来ませんもん。

 

そこまで飛躍しないとしても明日の準備もしないで夕方になったから酒を呑み、酔ったからそのまま寝てしまう。明日、仕事場で咎められたら酒を呑んだので早寝したので、そういい訳が出来るか、出来ないでしょう。

 

見知らぬ女と暮らしていると、私は女と昔、いつか何処かで会った気がしてきます。しかし何処だったか誰だったかは思い出せない。ただの錯覚かも知れません。でも女の寝顔を見ていて、私は思い出すのです。

 

寝ている女をゆすり起こして私は言う。いえ別に女が目を覚ますのを待っても、そこはそれでもいいのですが。「ああ、お前はあの時の君だったのか」そういう小説の方が、私は好きなのですが……そう思いつく切掛けは、つまりその、難しいですね

 ●「幻の光」本編 http://www.youtube.com/watch?v=i9BXgJuwzoc

2013年3月17日 (日)

セルフメディケーション

Serumede私の水泳や筋トレは、自分でリハビリと言います。むろん健常者のそれはリハビリとは言わない、言わないとは知ってましたが何と言うかは知らない。知らなかったが健常者もそういう事を指す、言い方がありました。

 

セルフメディケーション(Self-medication)とは、自分自身で健康を管理し、あるいは疾病を治療すること。 WHOでは、「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調、マイナーエルメント(minor ailments)は自分で手当てすること」と定義している。(ウイッキペデア)

 

事柄を漢字に翻案すると健康管理から自己治療に当たる。いくら日本人を誇ってみても日本語だけでは意味が通らない。リハビリやセルメデとこれは米語か、自己治療や健康管理と中国語にしないと手も足も出ない。

 

理解が行かないで中国は嫌い米国はけしからん。そう口先だけの攘夷論ではないか……カタカナ英語と擬似中国語へ依存、漱石が生きていたら言いそうな世情であります……なんて私もコトーユーミンを気取っている場合ではない。

 

先日、病院に行ったら、副甲状腺機能亢進症という病気が増えました。腫瘍の切り取りをしなければならない。理屈は判りませんが結果としては胸の上、首筋を切る。局部じゃなく全身麻酔でやる、だから厄介か。最近よく手術は裁判になるんで厄介なのか?

 

手術は短時間なのに、前の話し合いが長く、それで大変です。私だからでhなく一般にもこうなると事です。なぜそんな事をしなければならないか? 納得が行かない。リハビリだのセルメデだの、用もないのに何でプールで30分も歩かなければならないか?

 

よく言われてます。私は1時間半ほど泳ぐ。いっそ私のように泳ぎませんかト聞きますト。「あなたはプールの縁で休まず続け、レンチャンで泳ぐ。あれは……」出来ないという意味が点々になります。

 

寿命が長くなっている。50代の初めで死ねばセルメデもリハビリも要りません。30才から計算して20年も経つと筋肉が衰えます。その分には脂肪が付く。見かけは変わらないが脂肪は筋肉の代わりにならない。前にあった筋肉を戻す必要があります。

 

外見では同じに見えると、必要に納得がいきません。歩くのもクルマに乗るのも同じに感じる。なぜ歩く必要がと証明を必要とされる。私から泳いでも同じというと屁理屈に聞こえます。私は障害があるので歩けない。

 

それで泳ぐのですが、それも屁理屈に聞こえます。女性が言われるのに「筋肉はいい、脂肪を落としたい」おそらく、筋肉も脂肪も等しく体重と思われている。筋肉をつけるのはプラスで、脂肪だけマイナスと理解がない。

 

で、筋肉はいいトいう発言になる、そう思います。体重計に出にくい励みにもならない。そういう話は嫌いで、脂肪だけ落としたい発言になる。そうは行かないと思うが……私の担当ではありません。

 この所、副甲状腺機能亢進症に頭が痛く、調べる気にもなりません。

2013年3月16日 (土)

東日本震災と身障者

Sinnsai_2 東日本震災から2年という事で、マスコミではイベント番組、特集がありました。そこで言われたのは復興の遅れとバラつきでした。理由が分析がされるというと、津波そして原発事故があった事が言われる。

 

地震と津波で担当が分かれたり、そもそも津波は行政では想定に入らず担当外だったが、何といっても原発事故が今回の状況を難しくした、張本人と指摘されます。私は想定外と言われ「ああ、アレだな」とピンときます。

 

私がそうであり、大抵の人はそうだろうと思う。健常者は誰も身障者になる予定は立てません。しかし事故や病気はあって、誰がなるかは判りませんが、一定割合で身障者になります。言い方は悪いが必ずなる。

 

必ずなります。20代30代で起きるのは大抵、事故で、これで身障者になります。40代50代になると病気原因が加わって来ます。そうなって見ると本人が、なぜ自分がとか、この歳になってからとか、納得が行かないトか言われます。

 

津波は宮沢賢治の生まれる前に起きており、童話の不吉事は反映という。だが間隔の間が遠いと行政は想定しない。つまり大雑っぱで楽観的、そこまで考えません。電力会社も原発を管理される方も都合の良い方に考え、悪い事は考えない。

 

竹取物語によると昔は、富士山も活火山で平安時代には煙が出ていたらしい。私がそういうと電力会社の人は目を白黒します……富士山が明日からまた火を噴くとは言いませんが、ずーっと先に爆発しないとはとても言えない。

 

自分が生きてる間の事しか関心がない……とも言います。国債や一万円札をうんと発行すれば景気はよくなる。原発も次を作れば電気が安く使えるような事を言います。景気のツケは次世代、子や孫、ひ孫の代に回ります。

 

60代や70代になると人は誰でも身障者になったり、やがては死ぬ事も当り前の事と納得します。すると階段に手すりをつける、駅に車椅子用のエレベータをつけるのにも反対しなくなる。30年前まで手すりもエレベータもなかったのです。

 

原発事故が今起こった事は、これからも起こる訳ですが、納得しない人はいます……それは今の原発事故も本当には納得しない人です。この事故がなければとは都合のいい方には考えるが、現実でも不都合は考えたくない。

 

例えはわるいが若くて元気に溢れてる人に、あなたも身障者になったりやがて死ぬことになる。もっとリアルに考えなさいト言っているような物です。若い人は不必要にクルマを飛ばして、食い放題の焼肉に行きます。

 

事故で死んだり身障者になったり、肉の食過ぎでガンになったり、糖尿病になったり肝臓が悪くなったり、最後には死んだり……そういう不都合は考えたくない。原発を止めるよりは景気回復の政治をと聞きます。

 

東日本震災から2年というと何か厳粛な気もするが、私が聞いていると厳粛でもない。被害者に早く救済をという声は低く、仕方がなかったという声の方が高い。もっと露骨には棄民という話も聞こえます。

 

健常だった昔は忘れるようにして、私はリハビリに勤めます。若い時うんと元気だった同級生が、最近はプールで歩く状態になったとか、先に亡くなった話もちらほら聞きます。東日本震災と障害の自分を重ねるのは不謹慎かも知れませんが、似たような気がします。 

 

2013年3月15日 (金)

飛車角~儀式 映画

Gisiki ヤクザ映画はその前からあったが大枠が決ったのは1963年の「飛車角」からトいえます。歌「人生劇場」も前からあったが歌謡曲としてヒットしたのは村田英雄さんの物からです。小説原作に忠実とは言えない飛車角がなぜヒットしたか?

 

親分の小金が暗殺され、跡目をついだのは弟分の奈良平……からくりに気がついた宮川は単身なぐり込み、殺されてしまう。残された飛車角としては仇を取らない事には、義理が立たない。そういう典型図式がひとつ書かれます。

 

もうひとつの図式は三角関係です。飛車角は遊女おとよと駆け落ちして、小金の世話で隠れ住んでいるので、小金の対抗相手を刺しに行く。刑に服する間に知らない宮川はおとよと出来てしまう。飛車角は二人を許し、自分は流れ行く訳です。

 

良い親分、悪い親分、中堅ヤクザの関係も三角といえば言えます。2つの三角関係の重ね方で様々な構図、バリエーションも成り立つ。観客としては判り易い、その類型性がヤクザ映画のいい所になります。

 

これと基本的には同じなのが大島渚監督の「儀式 71」で、これは判り難い。父は同じ、腹違いの3人の兄妹の生死、それぞれの戦後という話です。戦後の日本が実質、米国化で空洞となった事を言いたいらしい。

 

桜田家の祖父(佐藤慶)は名目上は祖父だが3人の息子の嫁との間に(息子はいづれも戦死)それぞれ子供があった。その一人の息子嫁、小山明子は賀来敦子の母で、自殺願望がある。名目夫が戦死した後は一家の嫁とされる。

 

 

 

小山は佐藤の孫の一人と(河原崎建三)関係を持ちたいと思っている。だが佐藤に見破られた小山は、さらに状況を見破った(中村敦夫)と関係を持ち、その翌朝に死ぬ。意味不明だが佐藤に殺されたようにも解釈できる。

 

 

密かな反乱を演ずる小山明子さんは妖しいまでに美しい。書いたような意味で映画は難解です。監督は予算のなさをボヤいていたというが……社会の矛盾と不合理、気持ち悪さを突いてはいるがヒットしませんでした。

 

実際に特攻の生き残りであった鶴田浩二さんは、悪い親分と刺し違えて死ぬ役を、思い入れたっぷりに演じました。それは古木に日本刀で磔の、儀式の小山さんと一脈通じるように、私には写ります。

 

●飛車角予告 http://www.youtube.com/watch?v=pXUXlrlm6uk

 ●「儀式」本編 http://www.youtube.com/watch?v=yR-2Slku-ME

2013年3月13日 (水)

開花

Askura2013・3・13 11:00頃

お引越し 映画

Ohikkoshi例によってyoutubeで古い映画を観てます。相米慎二監督の「お引越し」は面白く引込まれる。漆場一家3人が離婚して、ケンイチが出て行く。11才のレンコを演じるのは田畑智子さん、ナズナに引き取られます。

 

実はレンコはケンイチになついている。ボクシングの指導など(ケンカのためと思われる)ケンイチはレンコを大人扱いをしており、繊細な配慮が感じられる。人間性が高い。そうでないナズナの離婚の理由とは何か?

 

一言で言えばナズナは出産後、出世して収入も高く自信を持ったらしい。具体的な描写はないが何事にも高飛車で、鼻持ちならない感じを桜田淳子さんが絶妙に演じる。

 

この段階で相米監督もそれほどの経歴はなく、失礼ながら女性体験も少ないはずでは? この部分の女性描写には優秀なアドバイザーがあったかト私は思う。このお手柄は脚本の奥寺佐渡子さんでした。

 

奥寺佐渡子さんの最近作は「八日目の蝉」で知られる。これがデビュー作です。つまり同性の子供一人くらい何とでもなる。高をくくったいうか人をナメてかかる感じの描写が絶妙です。が、これは男描写の裏返しです。

 

その癖、妊娠時にそうされた旦那への恨みは、未だに許せない。つまり始末に悪い。そんなナズナは二人になると徹夜でレンコとの契約書を作り、居間の壁に張り出す……実にナズナからレンコへの、一方的な契約ですね。

 

レンコは、当然ながら機嫌が悪くなる。ケンイチが恋しくなる。運びが極端、これは奥寺さんが主体となってナズナに悪役を振った映画です。教訓としては経済だけでは自立は出来ない。レンコの成長を待つより救済はない。

 

ケンイチが見せた繊細な配慮は一代に成ったように見え、先代の配慮や先々代の配慮の重なった物だろう。つまり親にボクシングの心得があれば、子もボクシングの指導が受けられる。女の子もそういう現実を抱えるのが現代か?

 

女の子といえどケンカに負けてはナメられる。家庭ではなく学校の教室で、人間としての立場を失う事になりかねない。離婚は夫婦に原因がある訳だが、遅れて自立するナズナの方にその理由は大きい。

 

言ってしまえば子供なのです。「セーラー服と機関銃」をヒットさせた相米監督ですが、いつまでも子供映画を撮っている訳にも行かない。映画を大人に向け変える。自分を大人にお引越しする意欲作だった。

 ●「お引越し」本編 http://www.youtube.com/watch?v=3poAsfBWSQ0

2013年3月12日 (火)

ネタバレ

Netabarejpeg 映画の話にはネタバレという事がある。多少なりとも話し運びには神経を使う。事にもよるが予備知識がない方が新鮮な感動が出来る。すると主体的な見方が出来るようト配慮する。だが読解力には個人差があって、ない人は聞いとかないと判らない。

 

そういわれる。確かに難解な映画、敬遠される映画、取り付き難い映画があるもんで、お勧めする側に立つと、予備知識うんぬんも言っていられない。それに何よりここの映画評は、私の備忘録の意味が先です。

 

TBSラジオ土曜21:30に「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」という番組があり、宇多丸さんは21:00あたりから映画評をやっておられる。番組でネタバレの是非が話題に出ます……宇多丸さんも44才か? もう、お兄さんとも言えない年齢ですねえ。

 

私も読まれる通り、多少の読解力があって、30代くらいから友人に解説まがいの映画ネタを話してました。ネタバレしていいのではないか? ある程度のネタバレではなく、ほぼ全面のネタバレしてもいいのではないか?

 

トいうのが番組若手スッタフの提言でした。宇多丸さん個人は無論、疑問を持ちつつも肯定的という所か?……その程度は置くとして、難しい等の理由でその映画は見ない。見ない前提の人も批評は聞きたい。ネタバレを聞きたい。

 

聞きたい要求の人の方が多い。映画も不況がいわれて久しい。ただ話題の切口が映画がからという、そういう状況は変化がない。つまり映画を見なくとも映画の知識は欲しい……との映画ファンを作っている。

 

宇多丸さんは番組に載せるために、同じ映画を2回見るそうです。評論解説の為もあるが、2回目の方が面白いトも言う。昔の映画は入れ替えがなかったので時間さえあれば、2回でも3回でも見られました。今はそうも行かず、チケット代が大変です。

 

映画ではないが初デイトに際しロケハンをやった人を知っています。有名なので書きます。小椋佳さんです。初体験で恥を掻きたくない。恥を掻くことで体験は意味を深めるのは判るが、教訓主義はもういい。時代も忙しい、活用から入りたい。

 

つまり、そういう需要もあると思います。映画は作品として鑑賞されるものでなく、いわばマニュアル、教則本としての意味に重点がかかっている。良し悪しではなく、こういう意味での時代変化が著しい……ト私は思います。

 

私はともかく、宇多丸さんの特に青春映画、アクション映画における分析は著しい訳です。先例のように恋愛の仕方はマニュアルがないと判らない。宇多丸さんに骨頂を聞かない事には、視聴者としては明日の話題、一般常識に差し障る。

 

ネタバレかどうかは関係ないから教えろ……簡単にいうとそういう欲求が多いし、それでいいかもしれない。恋愛もマニュアルでする。結婚後は子育てもマニュアル本、マニュアル映画があるだろう。恋愛と子育ては同じ……ナンテ、難しい事をいうな。

 そういう論法も成り立つ。別に私も備忘録代わりに書いているだけで、めんどうな配慮は必要がないいわれりゃソラ、配慮する必要も感じません……淋しいようなうれしいような、ウン、そういう時代なのか?