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2013年2月25日 (月)

乾いた花~俺は待ってるぜ 映画

Kawaita 「乾いた花」はギャンブル依存症の副主人公、冴子を意味する。(画像中央の加賀まりこさん)主人公は刑務所を出たばかりの村木という中堅ヤクザで、組のために人を殺し、出所するとまた殺しを請け負う。つまりヒットマンです。

 

単なるヒットマンにならないよう、重厚に仕上げた原作には石原慎太郎さん、監督には篠田正浩さん。映画はスタイリィシュでコッポラさんが例の映画で参考にしたとか……松竹の社風に合わないのでオクラになりかけたとか。

 

嘘かホントか、そういうエピソードに事欠かない1本です。これに昨日も出した「俺は待ってるぜ」は同じ慎太郎原作で、虚無的な二人の出会いを仕立て直して2つに分けている。敗戦で生き方を失ったカップル、同じネタと思います。

 

戦前のほとんどの若者は軍国少年であり軍国少女だった。それは正浩、慎太郎さんだけでなく、大島渚、田原総一郎さんみんなそうだったと言います。彼らは日本が負ける事を考えなかった。自分が生き残る事も計画になかった。

 

だが生き残り日本も負け残る。どうしていいか判らない。何も考えられない……退廃と虚無の漂う中を依存症になって、目的のなさを隠す。ヒットマンとして緩慢に自殺するしかない。それをそう描くと惨めなので、スタイリッシュに仕上げます。

 

「俺は待ってるぜ」の方は後半でギャングのボスの、二谷英明さんが仕組んだトリックを暴いてハッピーエンドにはします。しかし映画として失意の二人が、失意の故に心寄せ合う部分に、重点があります。

 

ついでに申し上げますと、私も身障児になる予定はない。が、ある日に身障児になってしまう。どうするなんて判りません……誰に聞きようもなく自分でどうしようもない。セコいとはいえ虚無と退廃の感覚がよく判る。

 

惨めでみっともない有様を、こんなにカッコよく描いちゃって……私としては自信を持って申し上げます。ヤクザ映画の基本はつまりこういう事です。むろん書いたような意味で嘘です。石原慎太郎さん嘘つきです。

 

それはまあいいとして、では何が本当か、どうしていいか判らないない。それで普通です。言い訳しない。出来れば何か新しい。今までと違う事を始めなければいけません。

 

組める相手とは組む、そうすれば一人とは違ってくる。出来る範囲で始めれば、前には判らない事も判ってくる。判らなくて、元々なんです。バクチ打ちはバクチ打つだけ、バーテンはバー経営するだけ、それでは明日は開けない。

 

そういう可能性が高い。見極めもあるかあ……カッコつけても意味がない。でも池部良、裕次郎さんの演技や感情の移し方を観ていると、それ自体をマネしたくなる。そういう感じも判ります。松竹では何ですが東映では、こういう映画が流行りました。

 

●乾いた花 - 1964 本編

 http://www.youtube.com/watch?v=xqtvXhW02uQ

 

●俺は待ってるぜ - 1957 本編

 http://www.youtube.com/watch?v=no72JndtDpA

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