« 2012年12月 | メイン | 2013年2月 »

2013年1月

2013年1月31日 (木)

キリコを読む ~大原美術館展3~

Kiri 大原美術館展シリーズの視聴率は高い、ありがとう御座います。予想がつくとは思いますが、3回目は講演では取り上げが薄かったキリコです。「ヘクトールとアンドロマケの別れ」は何を意味するか。ネットでも判らないと言われてます。

 

 

 

まず一般論として現代芸術は、不安を大きく取り上げます。それは見通しにくい将来を意味します。キリコの時代でも1915年に第一次世界大戦が起きます。桁違いに大きな戦争は一次から二次につながり、そして現代に至ります。

 

 

 

「……の別れ」は一作だけではなく、25年くらいに、絵にも彫刻にも何度も繰り返される。感じると思うがキリコは最初、シュールレアリズムの仲間には入るが、後に決別している。シュールの他の画家より重いというか、苦しい。

 

 

 

キリコがいた所は北イタリア、フェッラーラという町で、ここには繊維工場があって、麻を煮た空気の麻薬効果は住民に及んだとされる。キリコが描いている不安は、大戦前の平和な町はなくなり戻らない……個人ではむろん、一国でも止められない流れにある。

 

 

 

大きな流れに不安の根がある。そして切迫した雰囲気も漂う……ギリシャ神話でトロイとか、トロイア戦争といいますが、へクトールはその戦争で死んだ英雄です。アンドロマケは奥さんで、夫の死後、複雑な経過を生きた女性です。

 

 

 

画材としては珍しくないが、なぜロボットの扮装をしているか?  生身の人間は戦争で死んだりケガをする。だが体が人工、つまりロボットだったら手足を部品で変えればいい……私の身体障害も治らない。それは生身だから、そう解釈します。

 

 

 

戦争は近く、公害も消えない町、深く傷つきたくない。目にサングラス、顔に仮面、体をロボット化したい……どれも同じ衝動というか現代的なの思いになる。ヤクザや暗殺者はサングラスしました。目を見られたくない。同じく強盗は仮面で顔を隠す。

 

 

 

仮面をペルソナといい、パーソナリティ性格を意味する。戦場に向うヨロイも、個人は行きたくはないが要請に従う仮面の意味……ロボットアニメなら何でもいいが、エヴァンゲリオンのロボットスーツは、トロイの木馬のギリシャ神話ともつながります。

 

 

 

エヴァ新作の試写会会場で自衛隊がコーナーを作りデモをやった。使徒との戦いは、そういえば近隣国との戦争をイメージさせます。初号機は性能がよいのかシンジ君はケガしませんが、零号機のレイは、よく眼帯をして包帯を巻いてます。

 

 

 

私は死んだへクトールを連想する……シンジも初号機に乗るのを嫌がります。もし近隣国と戦争が始まったら、あなたは自衛隊に入りますか? 自衛隊では女性もむろん入れます。夫の死後、アンドロマケがどうなったかネットで調べてみて下さい。

 

 

 

絵の不安は今も存在し確実に具体化している。昨日の国会でも言ってたでしょう。今度、自衛隊の予算を増やします。つまり使徒との決戦は近い、この絵のようにあなたは誰かと別れの挨拶をしなくていいのか?

 

 

私? 私は身障者ですからヨロイはつけられません。仮面の告白もいたしません……記載が何だか判らない表現になって来ましたので、もう止めますが、私はそういう不安をこの絵から受けます。

2013年1月30日 (水)

偏頭痛

Zutu偏頭痛については五木寛之さんの講演会で、氏自身の話を聞きました。周辺で「実は私も……」という方があり、私自身については反射神経痛があった話はしました。偏頭痛は知りません。

 

 

 

今週に入って下記のようなニュースは入っています。画像は偏頭痛でなく、頭痛のツボ。

 

 

 

●片頭痛は慢性化し得る、早期診断・治療が重要http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201301/528713.html

 

 

 

●片頭痛の原因となる食べ物 

 http://blogs.yahoo.co.jp/yokohama7738/34635838.html

2013年1月29日 (火)

Mother ドラマ

Motherドラマ「Mother」が漢字幕つきでyoutubeに出ています。脚本の坂元裕二さんって「それでも、生きてゆく」を書いた人で、2年連続のドラマアカデミー賞なんだ……ぐっと暗めの内容は確かに共通します。

 

 

 

実際の子供はこのドラマのようには動かない、ト私は思うのですが、しかし現実ばかり言ってもドラマが成立しません。3度3度めし作ればいいけど、菓子だかめしだか判らない。お気楽ジャンクフードを一食、入れてみても悪い訳じゃない。二人ならネ。

 

 

 

昨日、私はラーメン丸とかそういう物は食ってません、本当です。男はウソつきというけれど、それって女性のウソです……家庭って女性のため、男のためにある訳ではなく……生まれてくる子供のためでしょう。子供には、あの辛いジャンクフードは食べさせられない。

 

 

 

面倒でも3度のめしを作る必要がある……理屈はそういう事になります。家庭なんて面倒じゃないか、コーヒー入れてドラマを見る。腹が減ったらお菓子を食べて、夜が明けた頃、眠りにつく。身障者も例えばですが、そういう事です。

 

 

 

無論いっぱい子供作った身障者もいます。松雪泰子さんって、男も作らず渡り鳥を追いかける女とか、演じさせると妙に板に付きます。私はあんまり好きじゃない……近親嫌悪か。誰かさんも原田泰治さんよりロートレック分析させると板につきますからねえ。

 

 

 

第8話で尾野真千子さんが演じる母が、存分に描写される。松雪泰子さんに限らず、尾野お母さんもまだ母と遊び足りない。居なくなった母を男に求め甘えるだけト……男はゲームに熱中するけど、ゲームにはどこか母の構造があるんでしょう?

 

 

マザコン男はイヤだなんていう人がいますが、女性のマザコンってありますよ。女性にとって重荷は男にとっても重荷、政治や行政にとっても……例えばお母さんに電話しないと料理が出来ない人って男を評する権利はない。

 

 

ロートレックの絵もあの角度、ヘアスタイルはマルセルという若い娼婦です。ほとんど同じ絵があります。じゃあ、マルトⅩ夫人イコール、マルセルか? そうは行きません。あれ、ロートレックのお母さん無論、心理的な意味でト私は思います。

 

 

現代の子供は色んな事を早くクリアして早く大人にならなければならない。母も父も、仕事は忙しく給料は安いんですもんね。「お母さん、お母さん」と呼ばれても「お父さん、お父さん」と呼ばれても、ロクに答えられない。それが現実でしょう?

 

 

そういう意味では女性も男もみなマザコン、あまり他人をバカに出来ないと思います……脱線しました。元にもどしてト……自分を置いて行ってしまった母は、呼んでも帰らない渡り鳥に感じられる。そういう意味でしょ?

 

 

三途の川の渡しから地獄には行かず、この世に舞い戻ったのが身障者。だからこの世がこの世に見えない。あの川の向こうから一瞬、透かし見た、違うこの世が見えるだけ……このドラマ、いい画質でまた見たいような、もう見たくないような。

 

 

 

このキャスティングは映画でもないくらい凝ってる。DVDでもう一回みてもいい。たとえば松雪さん、田中裕子さんの悲愴な演技を見てると、何だかこういう文章を書きつけたくなる。あ~あ、私って困ったもんです。

 

 

 mother 第一集-part-7/1 http://www.youtube.com/watch?v=gSgu8wQoJ68

2013年1月28日 (月)

ベビースターラーメン丸 辛口チキン味

Eva1「初号機、覚醒!」トいうのはキャッチコピーで、おやつカンパニー エヴァンゲリオン ベビースターラーメン丸 辛口チキン味59g138円、ただし賞味期限まぢかにつき19円で買います。「お湯を入れずに……」と但し書きがある。お湯をいれても美味しそう。ただ、辛いなあ。

2013年1月27日 (日)

ロートレックを読む~大原美術館展2~

Mx 何の絵を描きましょうか? 今、一枚描くとしたら何を描き、昔、そうですね20才だったら何の絵を描いたか、それも考えて下さい。それから何時とは言いませんが死ぬ直前に、一枚描いて下さい……それは何の絵でしょうか?

 

今日また、大原美術館展に行きました。村上哲主幹の話を聞いたのですが、そのまま原稿化しても仕方がない。村上さんの原稿は熊本日々新聞に出ているので、そちらの方をご参照ください。私の意識を書くと冒頭のようになる。

 

今回の絵画群の中で、一番高価なのはロートレックの「マルトⅩ夫人」という。今までに県立美術館に来た絵ではモディリアーニなどが最高額で、その3倍という……それであの絵がチラシ、ポスターになっているのか。

 

絵を金額で評価してはいけません。それでⅩ夫人は誰なのか、肖像画としては何を描こうとしたのか、判らない。晩年のロートリックが、何をどう頼まれたのか? それも判らない……すべて謎に包まれるという。

 

Ⅹ夫人は、ほぼ逆光の中で本を読んでいる。光源と本の関係はこれが正確です。この位置だと本に影が射さない。でもこんな顔の見え難い構図を、なぜ選んだか。そう考えると私は最初の問題を思い浮べるのです。

 

私が好きと言ったキリコは、夫婦が生き別れるシーンだそうです。この他、中村ツネの「頭蓋骨を持てる自画像」などが迫る死、その不安を題材とします。ロートレックもそうではないか。

 

自分の死を直視し、たとえば葉はしおれる。嵐が来れば枝は折れる。じゃまになると根からヘシ折られる。明確な意識を持った人も、その意識通りには生きられない。それであらかじめ予測可能な現実を見てしまう。

 

ロートレックには、近親結婚を繰り返した故に弱った血の因果があった。弱る体を肌色の補色、緑の反映の中に描いた。肌色は血色であり、その陰りは緑色。緑カビが生えたように見えますが……そういう関係にある。いま生は人からカビに乗っ取られようとしている。

 

Ⅹ夫人は元気には見えない。それは描いているロートレックの肉体状況をも反映している。捕色ではっきり死期の近さを示す。しかもロートレック個人死ばかりでなく、貴族一族の死、あるいあはヨーロッパの死さえ暗示する。

 

本は歴史を暗示する。読んでいる本から目を上げ、今現実を見た時、欧州が終ろうとして見えた。表情のない暗い眼差しをそう解釈しなければ、どう解釈出来るのか? ひとつ、おバカな心理ゲームで遊んでみませんか?

 

何の絵を描きましょうか? 今、一枚描くとしたら何を描き、昔だったら何の絵を描いたか、それも考えて下さい。それから何時とは言いません、死ぬ直前に一枚描いて下さい。それは何の絵でしょうか? その絵、近いのでかまいません。その絵を壁にかけて見ませんか?

  

●「マルトX夫人-ボルト」ロートレック、死の前年、南仏ボルドーでの作。飲酒は関節を痛めるとされ、ひばりさんの股関節も同例という。緑の椅子の女は陰が深い油彩、肖像画としては不自然な角度だが、コピー画も人気がある。

●大原美術館展の初回は12・15に書いてます。

 ●シュブルールの色彩調和から対比 色相対比の調和 補色の調和、彩度差も大きい調和

2013年1月26日 (土)

白夜行 映画

Byakuya白夜行も前提として貧富の差をモチーフにします。事件の発端は1980年、日本はバブルの最中にあった。質屋がどういう所か、その店主が殺される象徴的な意味など、もう判らないだろう。いや日本はまたそういう時代にあるのか?

 

豊かさの象徴はクルマであり、当時、クルマの意味はスピードとスマートにありました……今は安全と燃費、節約性能です。豊かさに乗った者が勝者で、違えた者は敗者になる。人間の価値はそこで決ってしまう。

 

主人公、雪穂は間違いなく敗者になる所を、遠縁を辿り友人を操り、勝者の側へと割り込んでいく。汚れた牛乳ビンに汚水をくんで飲ませる……イジメの光景が出てます。主筋とは関係ないが、これも競争の反映です。

 

例の事件では、教師は毎日、主将の顔を数十発なぐったという。主将を変えなければ部の優勝が怪しい。主将にしてみれば意地でもやりたかった……か、どうかは知りません。やるやらないの競争だったのでしょう。

 

犯行動機は雪穂にあったTV版から、映画では虐待からの脱却と、意味合いを変えます。TV版では綾瀬はるかさん、映画版では堀北真希さんが演じる……なるほどね。清張さんは中年の犯行を書いたように、圭吾ミステリは青春の犯行を書く。

 

その「白夜行」がYoutubeで見られます。漢字の字幕が付いてるから香港あたりからアップしているらしい。もっと面白いのは韓国版の「白夜行」も出ていて、これも面白い。韓国では貧しさをどう思うかが見えてきます。

 

日本映画で豊かさは、貴族のイメージです。私の頃、クルマの代名詞はポルシェでした。もはやポルシェはやり過ぎでアウディにリアリティがあるのか? 大型車はスーパーや銀行の駐車場に入れるのも大変で、そういう意味ではどうなのか?

 

大型車は持ってるだけで遊べないクルマになっている。実際の幸福感はどこにあるか。TV版は恋愛に幸福感があったが、映画版ではセックスにも幸福感がない。貴族生活は具体的には書かれないが、これは薬でもやってる設定かな。

 

画像からは判らないが原作本コピーは「愛することが、罪だった。会えないことが、罰だった。」TV版を引っ張ったコピーで、分厚いけど文庫は一冊本……いつもは本を読まない人が買うと見られる。TVからの追体験が幸福か、どうか。

 

 

韓国版は冒頭シーン、強制なんだろうけど一種、幸福にも見える。結局、タバコが一番好きみたい。日本版では刑事は仕事中毒で、退官後も事件を追う。もし職場から要請があったら、この上ない幸福な訳です。そういう生きがいが見えます。

 

●漢字訳付き白夜行 http://www.youtube.com/watch?v=qoLa4RzBhSA

 ●韓国版白夜行 http://www.youtube.com/watch?v=ddj8EaRCn6o

2013年1月25日 (金)

素晴らしき哉、人生! 映画

Suba 貧富の差をいけないとは捕らえるが決定的に悪いとは思わない。主人公ジョージには学歴もない。ごく軽いが身体障害もある……あらかじめ越えるハードルと設定される。ライバルのポッターも車椅子を使うが、障害は越えるべき物と見る。

 

おぼれた弟を助け冷水に飛び込む……で熱を出し障害を負う。このエピソードはなくても物語は成り立つ。ジョージの立派さを証明する話として取り込まれ、それで不自由してる話はない。うっかり大金を失くす別な人はある。聞こえない不自由は書かれない。

 

まだ子供のジョージはメアリーにココナツの説明をする。遠い国から来た味と言う。それはメアリーの好きなチョコ味だって同じでは?……雑誌での独学の強調? その前からメアリーはジョージに思いを寄せる。このように意味不明の描写になる。

 

映画の原型は長かったらしいが短くなって残っている。チグハグは刈り込まれた可能性もある。(米国版で見たが一部見れず)それでなくとも状態は悪い。昔はクリスマスの度にTVで掛けたトいう。そういう教訓映画、道徳映画の側面もある。

 

青年ジョージには夢もあった。いざという場面に上手く行かず夢は断念せざる得なかった。運命のせいで、貧乏のせいではない……と話を運ぶ、ように見える。お前が身障者でヒネくれているからト言われそうです。実際ポッターはそうです。

 

可能性もチャンスも裕福な方に多いと私は思う。学歴はあった方が知識も増えると私は思う。リベラルは不利と思う、少なくとも今の日本はウヨクな言動の方が無難です。貧富の差についてジョージはリベラルだが、その本気度は疑わしい。

 

映画は格調高く、娯楽映画風ではない。だが本当の芸術性があるか……そういわれると怪しいと思う。聴力障害や車椅子を使う事がどういう事か、本当には理解せず、一種の格調へ変えている……ではないか? その疑念は消えない。

 

とは言え、ここで取り込まれる天使の魔術は、今でいうパラレルワールドであり、人間臭い2級天使の造形といい、優れて映像的です。ありふれた娯楽映画では追随は許さない。今でこそ平易に見えるが、当時は難解な部類だったのかも……

 

製作は、チャップリンで言えば「モダンタイムス」から「独裁者」にかけた時代に当たる。両作は共産主義を容認したと避難され、チャップリンは米国を追われる。当時はこういう風でないとダメだったのか? その辺も判らないが、何だか窮屈な気がする。

 

健常者があって障害者がいる、その逆もあり、私は障害があるために自由にはこだわる。映画ではジョージが、長い足で何度も垣根を飛び越える。このように出来れば自由に振舞いたい。リベラルから見える世界がありウヨクから見える世界もある。

 両方を理解し初めて自分が決まる。前提のウヨク、あらかじめリベラルでは自分も育たない。見えない判らないは、あらかじめの断念と同じになる……その本人がどう思おうと、時代と状況のバイアスはかかっている。

2013年1月24日 (木)

飛行船

Img_0128ブンブンとペラの音がした。こんなに近く見たのは初めて、降りて来るのかと思いました。

整体ストレッチ、マッサージ?

Emaスーパー銭湯なら手近なところで新町に出来たそうです。いや銭湯は関係なくその帰りに、整体ストレッチをやった人の体験談が載っている。いやマッサージか? ……話なので、その辺はよく判らない。

 

 

 

椅子に座ったままの姿勢で足を湯につけ、足の甲から指、その裏までほぐした後、タオルでていねいに拭き、それがまず気持ちいいという。そして受動態になり、なりきる。

 

 

 

聞いてないが流れから裸になった……のだろう。うつ伏せに寝るとふくらはぎ足、手から腕、肩から首を……指の腹や手のひらでゆっくり押され、つまりマッサージになる。眠ってしまう程、心地よいという。

 

 

 

仰向けになってストレッチが始まるが、ストレッチと言ってもとにかく、横になって全身を委ねるだけ、凝り固まった身体が伸ばされ、ほぐされていくのを実感するという。随分まえにそういう小説が、外交官夫人のエマニュエル・アルサンさん?(画像)

 

 

 

同性なのか異性なのかも気になるが、これは書いても大丈夫だろうか?「膝を立てて仰向けになった施術者」の上に仰向けに載せられて全身ストレッチの後は達成感まで味わってしまう。気持ちがいい……その女性はいう。

 

 

 いえ、身障者ですから歪みは毎日蓄積します。一息ついてもひと眠りしても、そんなもので解消する気配はない。私は我流の怪しいストレッチを考案、そしてあべこべ体操を取り込んだりはします。能動態になる、なりきれるか?

2013年1月23日 (水)

マイルス・デビス

マイルス・デビスは映画「死刑台のエレベーター」の前から知られていた。ただそれはジャズが好きな人たちに限られていて、そもそもジャズをどのように聞けばいいのか? 一般には知られていなかった。

 

ルイ・マル監督の映画の中でモーリス・ロネが不安を抱えて動き回る。好きになった女性には夫があって、その男を殺さなければ女性は自分の物にならない。女性と共謀して夫を殺してしまう。犯罪計画は不安を伴ない、いや恐怖に近い。

 

病院に入院しても病気は治ると限らない。今、生きている事は明日を保障する事ではない……現代には、そういう面があるトいう映画です。男女の行動は予定、打ち合わせと食い違っていく。ほんの小さな行動のズレは犯罪の発覚、死刑につながる。

 

11才で死を実感を持って感じた私は、緊張の意味が判った。演奏者マイルス個人も不安な体験があったという。不安が恐怖となって凍りつく。ズバリそういう表現をした音楽はマイルスの他になかった。

 

クラシックはのんびりし過ぎ、ロックは嘘っぽく、歌謡曲は空々しく演歌では話にならない。「死刑台」を見た後でマイルスのトランペットってそういう意味だったのか、判りました。自分が犯罪者になる……あるいはされる。可能性を知りました。

 

当時、私はレギュラーで見ている悪夢があって、病院から通知が来る。病院に行くと強制入院させられるという内容です。入試に合格した人は、落ちる夢を見るそうですが、似ています。そして強制手術は失敗に終り……そこで目が覚める。

 

それから、カーステレオでジャズを聞くのが流行ります。クルマの中で何を聞こうといいではないか……確かにそうですが、悪夢を見たこともなく自分の死は考えられない。それが私からは信じられません。

 

ユーミンが荒井由美時代に「ひこうき雲」という死者への共感を題材に詞を書きます。だが歌は書いたような意味ではない。アルジェリア事件の報道を聞いていると……私はどうも、そういう事を考えてしまう。

 

私らの世代は大抵、ギターを弾いて歌を歌う。フォーク世代ですが無論、歌謡曲の方が好きな人もいます。のんびりした演歌が好きというと、不条理とか一寸先の闇が、実感では判らない。侵入者に問答無用で撃たれ、被害者になる。そういう現実です。

 悲しいが、そういう国はあります。世界は日本のように平和ではない。銃を持った人が憎しみを抱えて対立する。大きな声を上げて目を覚ます。そういう恐怖もある……最近、私は悪夢を見なくなりました。しかしニュースを聞いた、今夜はどうか?