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2012年10月21日 (日)

味千ラーメンの世界出店

Sigemitu 重光悦枝(よしえ)さんは、初対面なのに前に会った気がする。ただしロマティックな気分ではない。ラジオキャスターの経歴からと最初は思った。講演ぶりは金美齢さんに似ておられる。

 

 

 

お父さんつまり初代は台湾出身という。大きくは華僑といっていいだろう。ただ本人は和僑の会に属される。そういう会があり、女子会もあるという。だいぶその宣伝もあり書いた方がいいでしょう。

 

 

 

身障者も会を作る。身障者の場合、孤立感が深く情報が不足する。いや情報が不足するので会を作り、入るのです。そういう現実を自覚する身障者もあり、しないで会にだけ入る身障者もあります。

 

 

 

仲間からの情報をかみくだき自分の物とする。そうすれば自分を広げられる。だが集まる仲間は似たような者で、特別な情報はない……ような気がする。会を宣伝し仲間を増やさなければトいう事になる。

 

 

 

華僑でも和僑でも、その辺りは似てるかも知れない。今思うと先代の奥さん、つまり悦枝さんのお母さんは台湾人だったか、ご主人の出身も重ねて聞いたら良かった。そう思う。講演ではそこはなかった。

 

 

 

先代の重光さんは麺製造を起業し、失敗される。その借金を背負いながら「ラーメン屋をやろう。ラーメン屋なら出来るよ」と言い出されたのは奥さんで重光さん本人ではない。

 

 

 

「石橋を叩いて、それでも渡らんとよ、この人は」ト言葉があるので多分、奥さんも台湾人と私は推測する。ある意味でだが先代は、日本人のような台湾人であった。そういう推測も成り立つ。

 

 

 

海外出店の第1号にも実は失敗される。第1出店は台湾だった。台湾に麺造りのメーカーがあって、そこと合弁会社を作ろうとする。台湾店では客が入らないとスープの味を変えた。

 

 

 

重光さんは失敗から学べとし、味を変えたのを敗因とする。そうかも知れないが、台湾店のプロデュース権が提携相手だったのではないか? ト私は推測する。今の代、2代目になってからまた提携話が持ち上がる。

 

 

 

リッキー・チェンという。有名らしいが私は知らない。チェンさんは若い27才の香港企業家だった。年齢の関係から今度のプロデュース権は重光さんに来た……のではないか? 土地代の価格など問題はあったがクリアできた。

 

 

 

そこを質問してないので判らない。香港を拠点にアジア、中国を中心に味千粒麺は海外出店を展開して行く。成功の原因は華僑、和僑どちらでもいいが、この最初のコネ、提携先があったトモいえる。何もない日本人には難しいだろう。

 

 

 

ここでの起業問題は、身障者の仲間づくりに似た問題をはらむ。健常者の群れの中で孤立する身障者は、ある意味で重光さんたちと似ている。同じような身障者が何人ツルんでも、あまり意味がないのでは。

 

 

 

重光さん達がしたことは日本と台湾の提携、あるいは台湾と香港の提携だった。そこを海外ではなく「アジアの内需として捉える」という言葉が悦枝さんから出ている。私の推測ではない。

 

 

 

●参考にしたのはご主人克昭さんの記事

 http://diamond.jp/articles/-/9737

 

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