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2012年10月26日 (金)

みなさん、さようなら 映画

Minasan それはニンジンのように鼻先にぶら下がっていて、それでいいように持って行かれる。20代まで、いや30代も似たようなもんだし40代でも基本は変わらない。ふと自分に疑問を感じるのは50代ではないか?

 

これは昨日の続きではなく仏映画「みなさん、さようなら」の話です。物語はレミが、末期ガンでいよいよ行けなくなる所から始まる。その前のレミは恋愛好き、色事には大っぴらで、今も隠そうとしない。

 

タバコ呑みがタバコを呑むように、酒呑みが酒呑むように、レミは愛人を愛した。仏人のいう愛はどうもそういう所がある。太った歴史学者、元は教授だったらしいが学者として成功はしていないのだろうか。

 

独哲学のハイディガーも似たような線だったらしい。人生には、たとえ何も見つからなくてもセックスは……失礼、愛です愛はある。だから素晴らしい……レミがそう言う訳ではないが、映画にはそういう印象がある。

 

生活保護を取って、何する訳でもなくセッセと、沢山の子供を作って成人させた身障者もあった。あれも人生、これも人生。いい悪いではなく生活に追われ、結局そうなって行く。社会的な所での存在の意味とか、そういう事はいってられないのだろう。

 

私が思うのは、レミにはモデルがあるのではなく、これはある意味、監督自身の自画像だろうトいう事です。太って不細工なレミとスマートで優男の監督では、違うようでいて……キレイに重なっていく。

 

レミの息子は英国で金融トレーダーをやっており、やり手である。父に本当に末期と知ると、入院はさせるが抗がん治療はさせず、麻薬を手配する。日本でも行政は医師会や薬品会社とツルむ。有態には業者肥やしの側面を否定できない。

 

医療、ガンへの対策ではなく、利を上げる仕組みとして機能するト、意味の事を田原総一郎さんがいう。患者のための医療ではないからだ。田原さんは最初の奥さん2番目の奥さんもガンで亡くされている。

 

自分が末期がんと知れば、自分に何が出来るか考え、小さな町の公園を作る。映画「生きる」を連想します。今の時代には、小さな公園も作れないでしょう。麻薬を吸ってさようならを言うのも、暑苦しくなく気が効いている。

 

監督の生き方なのか。それともフランス人がそうなのだろうか。こういう尊厳死なら私も納得が出来る。実存主義的な意味での割切りが感じられる。老いれば性に距離を置いて生きる。思い出が切ないなんて言っていられない。

 

エンドタイトルはピアフでもモンタンでもなくフランソワーズ・アルディです。(youtube下記引用にL’amitieは出て来る)ラストに向けて拍車をかけなければ人生は完成しません。そういう意味で老いは最後の自由です。

 

●みなさん、さようなら エンド部分

 http://www.youtube.com/watch?v=L18dQ89joMM

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