« 60才以上無料 | メイン | 恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ »

2012年7月25日 (水)

八日目の蝉 映画

8hi 「八日目の蝉」について、女性に聞くと最初は覚めてるそうですが、段々のめり込んで行く……何故かは判りません。むろん男でもそういう人はいるでしょうが、映画版では冒頭に雨が降ります。

 

 

 

女性が雨を見てないので、映画ではなくTVを見ている事が判ります……雨が降ったかどうか覚えていない。あのどしゃぶりの雨は、永作博美さんの押さえ切れない犯意を暗示する。偶然やたまたまではなく……

 

 

 

ただ、タイミングが悪いことに熊本では今月初め、ひどい雨が降っています。保障つき30年以上も、これまで降った事のない大雨。映画の雨は現実にはかないません。避難指示も出た、あのヒドイ雨に印象が強い。

 

 

 

映画の雨は消えかける。なのに秋山夫妻は、森口瑤子田中哲司さんは、赤ちゃんを置いて外出します。玄関にはカギも掛けないで……考えられない。永作さんは何ら犯意もなく、赤ちゃんの前に立ったように見えます。

 

 

 

犯意はないのか? 殺意を雨で暗示し、象徴で誘拐が行われる。特に森口さんへの憎悪、殺意を込めた犯行です。母ならば生きていられない。そう言って過言ではない。原作ではどうなっているか知りませんが、こうも冷ややかに殺意を込めた誘拐はない。

 

 

 

つまり殺意の誘拐だから、のめり込める。実際の犯罪はもっと考えて計画を練りタイミングを計り、強い行動力を必要とします。それが物語では、とても楽に行われる。安易というか簡単すぎる。それは誘拐シーンだけではないです。

 

 

 

成長した娘を井上真央さんが演じます。生みの親と育ての親の間で、予め引き裂かれた存在……これは漱石の陥った運命と同じです。たとえば三四郎と「こころ」を足した作品になります。道具立ては同じと言ってもいいでしょ。

 

 

 

三四郎については「何を書いてるのか判らん」そういう評価です。こころについては「お嬢さんの気持ちはどうだったの。そこは何にも書いてない。信じられない」……さように評価されます。

 

 

 

最初は覚めてるが段々のめり込んで行く……それは、なぜなのか。漱石が書けなかった事を、すんなり書けたんでしょうか? 女性が誘い込まれた場所は、同じでしょうか。違うんでしょうか?

 

 

 

角田光代さんは、ついに漱石を超えたのか。冒頭シーンの雨の謎は深まります。これ原作に当たってみようと思います。噂では監督の演技の注文が難しく、小池栄子、森口瑤子さんは苦労したそうです。

 

 

 いつになるか? ともかく解決篇は原作を読んでから、覚えてる人が一人も、いなかったりして……

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/394232/29427057

八日目の蝉 映画を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿