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2012年7月

2012年7月31日 (火)

ポカリスエット・ジェネリック

Satoutosio毎日、暑いです。病院には熱中症にヤラれた、ヤラそうになった高齢者が来られているそうです。むろん私は病院には行っておりません。ポカリスエット等、スポーツドリンクが話題になります。

 

 

 

ポカリもジェネリックが出来ます。そういう情報はあり、砂糖と塩を適当に混ぜるんですね……配合が判らない。TVに出たラジオで聞いた。メモしようと思ったら消えた。忘れた……そういう流れで話になっています。

 

 

 

ネットで調べました。水が500ml~1Lに対して、

 

塩、小さじ4分の1、砂糖を大さじ2です。

 

あとは生レモン果汁、大さじ2、市販果汁では小さじ1、

 

クエン酸でも可……その辺は厳密ではなく、好みで調節ということ。

 

 

 熱中症にヤラれる前にお試し下さい。砂糖と塩、佐藤俊夫さん、なんちゃって。

2012年7月29日 (日)

エアコンの購入

Eakon私が買うんじゃありません。依頼人にエアコンを買って来てくれと頼まれます。暖房はあるので実質的にはクーラーでもよい。エアコンとクーラーでは価格が違いますから、経済的には絶対にクーラーです。

 

間取りは4畳半プラス6畳強という所、熱中症気味で体力的に自信が無くなった。出来るだけ急いでほしい……あとはお任せといった内容注文です。ただ趣旨には、つかめない部分もあります。

 

これまで辛抱して来たので高くともいい。良い品物であれば……という意味なのか? 私の消費主義にそっても構わないの意味なのか、その辺が判りません。

 

電気店に行くと「品質はダイキンがいい」というので高価な方の12畳エアコン、クーラーではない方を勧めるのです。価格にして12~15万円です。これがベストと自信の店員さん、これを仮にIさんとします。

 

同店のチラシを見るとダイキンではないが、6畳クーラーで5万円、これに現在の壊れたエアコン引取り料などを加えて6万円という所でしょう。ただこれはパワーとして足りない。圧倒的に足りない。

 

では4畳半にひとつ6畳強にひとつ、合計2つ付けたらどうだろうか? 私のアイデアを依頼者に聞こうとしますが、これをよく聞いてもらえない、ないしは理解が頂けない。

 

私としては電気店の言成りは気が進まない。それは評番で言えばダイキンの評判、つまり性能の優位は納得できます。ただ値段が高すぎる。依頼人が、そんな高級品を買う必要が判らない。しかし「それでいい」と依頼人はいう。

 

翌日午前中に店頭にIさんはいない。代わりにYさんが出てきます。YさんはIさんより少し若い、押し付けをしない主義らしく見えます。Iさんとも話の内容は変えなければ同じ結論になります。

 

で2つ案を出して見ます。Iさんは「料金は2つにした方が高くなります。ただ、あとで電気代で埋まる。どちらか? そうですねえ?」本当に悩んでるらしい顔になって「すいません、お役に立てません」

 

Yさんは結論が出ない事をいいます。私は依頼者に再度、なぜ急ぐのか。なぜ高くてもいいのかト聞きます。依頼者は家族の声をいうのです。そして依頼者は「私ならどれを買うか?」と聞かれる。

 

雑談に近い話から出て来たのですが、元々は旧エアコンは4畳半につけたのでなく、6畳にあったのを付け替えたという事でした。

 

――でしたら今、取り合えず4畳半に安いのを1つ取付けて、効きが悪いとなら、その後でも、来年でもいいでしょう。6畳には別なのを追加する。それでもいいんじゃないですか?

 

「うん、そっでよか」(ニコリ)と依頼者、やっと意思が通じます。話というのは難しいもんです「あたしゃ、あまり効き過ぎると……」少し不足するくらいでいいとまで言われる。

 

電気代が安くなるト称して、メーカーおよび電気店のおススメエアコンは高級化している。例えていえば電気自動車、ハイブリットカーなのです。Y店員はいいます。

 

私見を申し上げますが、3年後、5年後、その技術は間違いなく安価になります。もし日本で出来なければ韓国、台湾、中国が、必ずコストダウンを行う。その時、中国製は今の中国製にあらず、随分よくなっているでしょう。

 

消費税は上がるし「今が一番安い」とI店員のいう事も嘘ではありません。価格が上がったその時、日本はどうなっているか怖い気もしますが……その時はその時の話です。店員は電気店やメーカーの論理を言っている。

 確かに先のことは判りません。判らないから消費を広げる。そういう人もあるでしょう。でも消費しないのも賢い消費と思う。近未来の私たちを決めるのは政治なのか、外国なのか、代議士なのか、誰なのか? 私たち自身では、なぜないのか?

鬼火 映画

Onibi「鬼火」これもアルコール依存症の話です。前に上げた「酔いがさめたら、おうちへ帰ろう。」と対比が出来ます。「酔い」では依存症には心に穴があるト、体験的に断言しました。ウラは取れました。

 

ここでも依存症はそういう扱いになる。病院でアルコール気を抜いて退院するが、どこに行ったか奥さんが見つからない。そこで主人公アランはコップに手を出し、病院に逆もどり……との物語は進行します。

 

退院したばっかりなのにバックアップして上げなかった奥さんが悪い。そういう見方もあると思います。悪いと判っていて手を出す本人が悪い。もちろんそういう見方も出来ます……ここで奥さんは出て来ません。

 

前の、若い時からの友人はいっぱい出て来ます。ある友人は突き放して見え、ある友人はここにいろと引き止める。本人が逃げるように先を急ぐ。止められても本人が、そこでは意義をみつけられない。

 

あの人もダメこの人もダメ、そして最後の友のようにアルコールに行き着く。主人公アランが彷徨うように街を行く、Eサティの音楽が包むように流れます。モノクロですが映像はきれいでパリの街は美しい。

 

古くはあるがファッションも素晴らしく、映像は今見ても新鮮です。モーリス・ロネはアラン・ドロンのようにハンサムで、今も言寄る女性はあるが……主人公は、救済を見出せない。それは贅沢ではないか?

 

金があっても女性がいても空しい人生は空しいし、そもそも宗教や哲学や道徳で支え切れない。18才から30才までとのセリフがあります。若ければ幸せか? そこで迷うのですが、やっぱり関係ない。

 

結論は動かない。心の穴があるのではないかト、映画もそう問いかけて見える。そう取ると、映画はよく出来て見えます。成熟したか否かの意味もそれほど違わない。ダメを詰めるとでもいうように主人公は先を急いでいます。

 

主人公は「周囲が引止められなかった」かのような遺書を残して拳銃自殺を遂げますから、遺書の額面では周囲に何か求めた形になります。ただ自分に何もない、可能性が見えなくなっての自殺と大きく違わない。

 

三島さんはこの世を見切ってあの世に期待した訳ですが、本当は来世にも期待しなかったカモ……かも知れません。見切っても見切られても風が吹く。あとは風が吹くだけかもしれません。

 

ちょっと甘いニヒリズムが漂う。そういう映画です。Eサティを聞きながら仏蘭西の感触をファッショナブルに楽しめます。でも自分を変える。その際のエネルギーでもって、他人をも変えるぞ……そういう人には足りない。

 ●鬼火冒頭部分 http://www.youtube.com/watch?v=c56AgOM578Y&feature=fvwrel

2012年7月28日 (土)

グローバル社会の中で生き残るために~台湾からみた日本の経済、文化、その気質~

 台湾菎山技術大学教授の石橋妙子教授の講演を聞きます。データで中国、台湾、日本経済の比較から始まります。バラバラには聞いたことがありますが、まとめて聞くのは初めてです。

 

見たとおりの小さな島国、日本との共通点は多く、同じような感じはあります。ただシャープ、ホンハイに出てきた「意思決定」の違い……と教授は言います。ここは結局、判りませんでした。

 

ニュースでも最初判らず、シャープがホンハイに買収された印象があって、ニュース自体が混乱した部分も。(以下で教授の表現そのまま)

 

日本:用意周到で全てが決まってからしか物事が始動しないが、ある程度決定事項は、関係者間で共有されている。

 

台湾:決断は非常に早いが、最新情報は、必ずしも関係者全てに伝わってはいない。その他、事後的なつじつま合わせが多い。

 

……ではなぜ、台湾では決断が早いか? なぜまた日本は判断が遅いのか? そこに疑問があります。文面では見えませんが、石橋教授の口調は台湾側によってはいないと思われます。(以下は教授の論旨)

 

「痒い所に手が届くというコトワザがありますが、痒くない所を掻いてくれる。そういう感じがあります」家を借りたのですが駐車場はサギにあった「住みやすいという程ではない」

 

どうも車検制度自体がないらしい。停車ライトが左右共に付かない。バイクで2台並んで停車するなど……大雑把な交通マナーが気になる。私から、はっきり言うと台湾は後進国なんだ、そういう表現と思われます。

 

読めないカタカナを(日本語にあこがれがある?)意味が判らないのにファッション感覚で書いている。講演後半で、石橋教授は台湾に批判的なのに気がつきます。教授の日本語には英語なまり(?)があります。

 

日本はもっと台湾に出て行くべき、中でも九州は地の利もある先頭を切って出て行って下さい……というのが教授の主張になります。ただねえ、なぜシャープは戸惑ったのか?

 

判断力の遅さの理由は何なのか。判りません。仮説としては台湾を含め一般に大勢90%が傾くと、話を決める。日本は99%の大勢が決まらないと話が決まらない。モラトリアムが長すぎる……のではないか?

 

講演の演目は国際経済に生き残ることが上がりますが、だとすれば日本は生き残れないと思われます。

 

 

 ●第3回熊本元気塾 8月22日 18:00 山田貴司 熊本県立美術館学芸員 ℡096・377・2091流通情報会館での要予約

2012年7月26日 (木)

恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

Koino前から再見したかった「恋のゆくえ」です。これ面白いですよ。兄弟でのデュエットピアノ演奏家が、女性歌手を雇うという話です。何でそれが恋なのか、そう嘘っぽいネ?

 

ピアノデュエットは私も回数数えるくらいしか見てません。相性のいいピアノを2台揃えなければならない。そこが面倒な割に効果は上がりません。それは女性ボーカル入れた方が、客は喜びます。

 

映画はDグルーシンさんというジャズ系の作曲家が重い役割を担い、前提としてジャズピアノを聞かせる映画なのです。ポピュラー系音楽を重視した映画ならフェノミナン、シティ・オブ・エンジェルなどがあります。

 

ジャズはCイーストウッド監督にはあったような……ただ、あの人はヤボな所があって、私としては今一です。恋のゆくえという位ですから、こっちは粋です。物語もジャズメロディのように進行します。

 

お兄さんは現実主義で、歌手を雇おういうのも兄の意見です。弟は芸術家肌で何だかはっきりしない所がある。演奏内容もポピュラー風の選曲をする兄、タッチやアドリブが玄人受けする弟と、分野が分かれます。

 

さあ女性ならどっちを選ぶ。恋人なら弟、夫なら兄の方、両方一緒にゴチャゴチャとなりたいですか? それもいいけど今回はダメ、どっちの料理ショーいうのが昔、TVでありましたヨネ。あんな感じで選んで頂きます。

 

そうして応募してきた歌手を、Mファイファーが演じます。私はこの人を見るとなぜか中谷美紀さんを連想します。これより美人はいっぱいいるけど、いいよねえ。え、私は選ぶ必要ないでしょ? 両方、観ます。

 

今回もグランドピアノの上でのクネクネダンスというか、体のいいストリップでしょう? これは印象に残ります。ダンス見物の特等席はピアニストになる訳で、イコール求愛ダンスになります。(youtubeにありました)

 

誰が考えたか知りませんが、この映画以降にコピーされてない。ちょっと珍しい……これ名シーンです。ただjブリッジスさんが、ヤボったい気もしますが、実際にピアノ弾いてるのはDグルーシンさんですからねえ。

 

jブリッジスさん俯いて弾くマネする。演技としては面白くないです。キース・ジャレットを持ち出すまでもなく、ジャズのアドリブはあんな風に暗くはなりません。

 

ただチェーンスモークする男を、現代は必要としなくなった。そう言う事でしょう。部屋も体臭も灰皿のような匂いがする。弟を指し、まるで全否定するように兄は言い放ちます。

 

この辺りは昨日の「八日目の蝉」のテーマとも重なります。連日のビデオ三昧、さて明日は何を借りましょうか?

 

●恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

 http://www.youtube.com/watch?v=hwzZ6kb3u9k&feature=related

2012年7月25日 (水)

八日目の蝉 映画

8hi 「八日目の蝉」について、女性に聞くと最初は覚めてるそうですが、段々のめり込んで行く……何故かは判りません。むろん男でもそういう人はいるでしょうが、映画版では冒頭に雨が降ります。

 

 

 

女性が雨を見てないので、映画ではなくTVを見ている事が判ります……雨が降ったかどうか覚えていない。あのどしゃぶりの雨は、永作博美さんの押さえ切れない犯意を暗示する。偶然やたまたまではなく……

 

 

 

ただ、タイミングが悪いことに熊本では今月初め、ひどい雨が降っています。保障つき30年以上も、これまで降った事のない大雨。映画の雨は現実にはかないません。避難指示も出た、あのヒドイ雨に印象が強い。

 

 

 

映画の雨は消えかける。なのに秋山夫妻は、森口瑤子田中哲司さんは、赤ちゃんを置いて外出します。玄関にはカギも掛けないで……考えられない。永作さんは何ら犯意もなく、赤ちゃんの前に立ったように見えます。

 

 

 

犯意はないのか? 殺意を雨で暗示し、象徴で誘拐が行われる。特に森口さんへの憎悪、殺意を込めた犯行です。母ならば生きていられない。そう言って過言ではない。原作ではどうなっているか知りませんが、こうも冷ややかに殺意を込めた誘拐はない。

 

 

 

つまり殺意の誘拐だから、のめり込める。実際の犯罪はもっと考えて計画を練りタイミングを計り、強い行動力を必要とします。それが物語では、とても楽に行われる。安易というか簡単すぎる。それは誘拐シーンだけではないです。

 

 

 

成長した娘を井上真央さんが演じます。生みの親と育ての親の間で、予め引き裂かれた存在……これは漱石の陥った運命と同じです。たとえば三四郎と「こころ」を足した作品になります。道具立ては同じと言ってもいいでしょ。

 

 

 

三四郎については「何を書いてるのか判らん」そういう評価です。こころについては「お嬢さんの気持ちはどうだったの。そこは何にも書いてない。信じられない」……さように評価されます。

 

 

 

最初は覚めてるが段々のめり込んで行く……それは、なぜなのか。漱石が書けなかった事を、すんなり書けたんでしょうか? 女性が誘い込まれた場所は、同じでしょうか。違うんでしょうか?

 

 

 

角田光代さんは、ついに漱石を超えたのか。冒頭シーンの雨の謎は深まります。これ原作に当たってみようと思います。噂では監督の演技の注文が難しく、小池栄子、森口瑤子さんは苦労したそうです。

 

 

 いつになるか? ともかく解決篇は原作を読んでから、覚えてる人が一人も、いなかったりして……

2012年7月24日 (火)

60才以上無料

Tsutayaツタヤが60才以上、1日1本旧作無料というキャンペーンで、私は連日のDVD三昧という事になってます。前のレンタル場所は主にゲオでして商品は若干違っています。

 

フリー対象が旧作に限られるので、ゲオでは新作・準新作だった物が。ツタヤでは旧作扱いの棚にあります。それで「八日目の蝉」「告白」といった所が、今後の執筆予定になります。

 

それは昨日取り上げた「キャタピラー」もそうです。あれはゲオでは在庫自体がなく、マニア過ぎて儲からないとの判断と思われます。乱歩にインスパイアされてる低予算DVDというと、見たいような、ないような……

 

そういう作品もフリーだと、60代としては先んじて見る訳です。ツタヤとしても、60代以上はDVDは借りに来ない世代、商売にならない対象でした。この夏枯れに市場調査も兼ねてキャンペーンを張ってみるか?

 

キャンペーンは、そういう趣旨の試みでしょう。カードだけでなくチェック票が作られ、その票を受け取ると、

 

「毎日、借りに来て下さい」と窓口に言われます。いくら何でも毎日は……と思うのですが、結局、借りに行きます。

 

Rアッテンボロー、大脱走に出演してコーラスラインを監督した人です。その伝説的な映画「素晴らしき戦争」があったり、シェルブールの雨傘はないのだろうか? つい思いますネエ。そこは肯定的に面白い試みと思う。

 

ただツタヤカードはデータから、薬、ドラッグの購入暦を分析し、カード所持者に不都合な情報も出すという。不都合な情報を持っていればネ……そういう使用も断っているという。

 

ゲオは違うか。似たようなモンでしょう。前にゲオでセカンドストリートの使用券を貰いました。中古品屋の500円券です。セカンドストリートに行って使い方を聞くと「たとえば500円商品なら、フリーになります」トいう。

 500円ジャストのDVDと交換して来ました。使わなければ損、使えばそれなり紐がつく……今の所ナンともありません。少なくともその覚悟はしなければなりません。使おうという方は、その辺りは厳密に考えて判断下さい。

●1千万人以上が利用する日本最大の共通ポイントサービス「Tポイント」が、ドラッグストアで会員が買った医薬品の商品名をデータとして取得し、会員に十分な説明をしないまま販促活動などに使っていることがわかりました。
医薬品の購買履歴には、本人が他人に明らかにしたくない情報が含まれることが多々あります。
購入履歴集約は、情報漏洩にあたるのでしょうか?
今後、何気なくTポイントを使い続けるであろう私たちは何を心配すればいいのでしょうか?

http://www.tfm.co.jp/timeline/?itemid=53814&catid=1165

2012年7月23日 (月)

キャタピラー 映画

Kyata 両手両足を失う話は、たとえば映画の「ジョニーは戦場へ行った」江戸川乱歩の短編「芋虫」マンガでは山上たつひこ「光る風」あるいは「五体不満足」乙武洋匡さんご本人……と例が上がります。

 

まあ最後のご本人は、この手の映画を一気にぶっ飛ばす力がこもります。両手両足という身体障害は聞いただけで、健常者を不安の底に突き落とす力があるようです。

 

戦争で障害を負った設定で、前3編は、いわば反戦力を買われての作品化となります。この映画「キャタピラー」は再度、障害をダシに反戦か?……そういう訳で映画として工夫が足りない言うか。安易な気もしますが、まあいいでしょう。

 

両手両足の障害は拘禁反応を伴います。乙武さんのように車椅子でクルマに乗り込み、パソコンを操作すれば何でも出来ますので、拘禁病には当たりません。普通はそうは行きません。

 

今は安定剤を飲み、薬からの副作用で幻覚を伴う場合もあります。そうすると病室や刑務所の収監室も似たような感じになります。締め切った部屋に居れば、慣れて来て最後には大丈夫になるというか。

 

落ち着くのは落ち着きますが幻覚ではないものの、深刻さがないものの、ある種の可笑しさが残らないとは言えない。私たちは、その辺を病院ボケと言いました。この映画では時代が違うし、のんびりとも出来ない。

 

キャタピラーでは、主人公が生きた神様から、不都合な記憶からインポテンツに陥り、出来なくなるシーンがある。これが拘禁病なのか。それとも戦争での最後の体験によるか定かではない。因果関係をはっきりさせず、だから戦争は怖いと見せます。

 

つまり医学考証はないのでは? 適当に書いた台本で適当に作った映画に見えます。戦争中の設定なのにクマさん篠原勝之さんが出てますが、太り過ぎ。戦争中にあんなに太った人はいません。この辺に裏づけがない。

 

それを言うと、寺島しのぶさんの太り具合も微妙にはNGです。これを言ったら役者全員ダメなので、映画にならなくなります。家庭内暴力の夫が、妻に主導権を取られて……そういう話もズルズルと出てくる。

 

それもまあ、別な話といえば別な話です。若松孝二監督、これねえホンがきっちり詰まってないです。昔は話の裏を取らなくてもよかったけれど、今は取れる裏は取る。必須事項になります。まあ安い予算で作ってるから割引して見ますがネエ。

 

あまりリアリティを求めてはとも思うのですが、どちらにしろ細部が埋まりません。映画のように元気な女性、大人しい身障男性のカップルも現実でも見てるのですが、見た限りでは奥さん、外弁慶のうちナメクジでしたねえ……そこはこんなもんです。

 

2012年7月22日 (日)

イジメの光景 2

016048 イジメは子と子が競い合うことから生まれます。たとえば兄弟は親の愛情を取り合って競争します。だが異性を取り合うとなると、もう一つの進化になります……すると進化途中にある競争もありえますな。

 

 

 

渡辺真由子さんはネット社会が、イジメを深刻にしたと言われます。漠然とではありますが異性に認められたい。競争と欲求はネットの前から基本的には変らない。舞台が変るだけ、そういう側面も押さえなくてはならない。

 

 

 

つまり目立つヤツを引きずり降ろすか? 競う相手をどう引き離すか……大人社会で商売仇と仲良くなんてしません。いえ問題は今のところ恋仇、恋仇よりセンスをみがくか、新しい靴を買うか? 中2イジメも基本的にはそういう世界にあって……

 

 

 

競争に負けたト思った。身障者の挫折は、健常者に負けたこと、どうすれば勝てるか? 勝算の立たないこと。異性を競い合い、獲得できるか。夏目漱石の「こころ」で先生は、ライバルに卑怯な手を打ったと自殺します。

 

 

 

設定が甘い気もしますが「こころ」の中で、お嬢さんを獲得したのは先生で、袖にされたのはKです。ブランドの靴を競う、その鼻先には異性の香りがする。本当の異性を前に、中2生とイジメ3人組は競争の予選会をやった……

 

 

 

生きる意味なんて判らない。生きてていい意味なんて知らない。それが判るのは、親に誉められた時、異性に誉められた時……どこの誰だか判らん人に。何を言われても関係ないト思う。

 

 

 

イジメ自殺事件では3人組は、中2生に死んだ虫、あるいはスズメを口に押し込んだという話です。確かではない。情報はネットによるらしい。裏ネットかもしれない……3人の意図は、スズメを食べさせることではなかった。

 

 

 

中2生が生き残れないことを思い知らせる事だった。なぜそんな事をしたか? イジメ3人組も不安、恐怖の中であったから……と考えます。だからこそイジメが陰惨になった。自殺は3人組だったかもしれない。

 

 

 

ネット社会がイジメを加速させ、どうも今回は書き込みが証拠として残った面もあるようです……裏ネットとか見ることは出来ません。当事者の動きはそう解釈しないと理解できません。

 

 

 

イジメは明治の頃から、そのずっと前からあります。漱石は英国留学の体験をもって東大に行った。東大ではイジメられたらしい。「こころ」はそういう意味で坊ちゃんのバリエーションです。

 

 

 

中2生の自殺を決定的に止める者があるトすれば、そういう訳でガールフレンドの存在でしょう。たとえば、

 

「命に代えてもの自信はないけど、私でよければ味方になってあげる」

 

 

 

●このブログ10.2.5~6「渡辺真由子」

 ●このブログ12・7・13「イジメの光景」

2012年7月21日 (土)

叫 映画

Sakebi 前日に見た「酔いがさめたら、おうちへ帰ろう。」の対極にある映画です。端的にいえばですが、アルコール依存症の人は家族よりも酒を愛している。可愛そうだから許して上げようネ……それが奥さんの気持ちでした。

 

もっと一般化すると男は身勝手なもの。女性は……そうですねえ。子供を生むために身勝手になるものですか? その意味で名分は女性の方が優位に立ちます。

 

どちらにしても自分の為に、相手の都合は忘れてしまう。生まれりゃ罪作り、生きてりゃ罪作り。死ぬ時もまた罪作りなんで……死んだ後々もやっぱり罪は消えないか。

 

こう書いても意味は通じないでしょ。映画「叫」のネタを、バラさないで書くとコウなります。先日、スーパーの入口で同性に、私は声をかけられます。

 

「センセイ、タバコ吸われますか?」そう言われてピンと来るもんですか? これはモライタバコの常習犯のお声かけです。私は吸わないとクルマに乗る。

 

フロントガラスの向こうで、男はやってきた別の男に声をかける。クルマのドアをしめると、声と声のやり取りは聞こえず、リベラのCDが、ガラスの向こうをスクリーンのように見せます。

 

くわえタバコで来た男は、モライタバコを拒否してスーパーの入口に向かいます。タバコを吸いたいが買う金もない。それでも続ける喫煙をどう思うか? これを機会に止めようと考える。それでも続ける、こんな風に……

 

ちなみにアルコール依存症は、ほとんど同情されないという。私は昔、「身障者は同情されるから、まだいい。私など顔が悪いが同情されない」手の込んだ激励を受けました。

 

人である事自体に悲劇がある。どんな人間も身勝手であるがゆえに相手を忘れる。相手がなぜその時、自分に都合をつけてくれたか。正確には判らないで済ます。

 

昨日、アル中の入院費はどこから出ているかト言いました。他人の愛情は借用書のない借金のような所があります。返すメドが立たなければ借りてはならない……いえ、こんな時代ですからモライタバコもありふれた風景でしょうか?

 

無償の愛とは言いますが、無償もあまりかさむと最後に取り立てを食うかも知れません。そう、今日の私はスーパーの出口で女性に声をかけられます。

「ちょっとあなた、あの……」

 

60代半ばの身障者に、どんなご用もあるはずもない。私に愛なんてありません。ごめんなすって……この映画の後半を見た人には、これでも判るんです。

 

 

 ●リベラ ほぼサウスロンドン在住者で構成される少年合唱団。7-18歳までの男子だが人数やメンバーの詳細は公表されない。この所、なぜかこのCDをよく聞いる。http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=o7ZvX5rz8bA